第320話:お手紙の内容。

 最近、学院でちょいちょいと声を掛けられてはいたけれど、行動が一気にランクアップしてくるなんて……。二学期当初に臥せったフリをしていた時に、雨の最中子爵邸の門の前で花束を持ったままずぶ濡れで佇んでいたと聞いているけれど、一体何の意味があったのか。

 ストーカーでもなさそうだし、病んでいる気配は感じられないけれど、第四王子殿下の行動は突飛過ぎてドン引き案件となっている。

 手紙に何を書かれているのか不安だったけれど、まあマシな方なのだろうか。友人宛てに送られた、同じ文字列を何度も何度も何度も繰り返している狂気の手紙を見たことがあるので、第四王子殿下の手紙を普通に感じてしまう自分が居る。けれど非常にポエムな内容となっていた。


――劇を観に行きませんか?


 ヴァンディリア王国第四王子殿下から頂いた手紙の内容は、挨拶の定型文もろもろは読み飛ばし、ポエムな部分は見なかったことにして要約するとその一言に尽きた。


 「…………いや、まずいのでは」


 手紙を読んでしばらくした私の第一声がコレである。警備の問題もあるのだから、劇場にとって邪魔にしかならない気がする。

 大きい所なら貴賓席があるだろうけれど、せめてそっちを選んでくれるのだろうか。一国の王子さまなのだから、お金をケチるなんてことはないだろうし、そういう席でしか観劇したことないだろうし。

 

 「あまりよろしくはないな。警備の問題もあるし、他の客もナイが居ると分かれば騒ぎになるだろうし……」


 ソフィーアさまが深々と息を吐く。その前に演劇に興味がないのだけれども。あまり長いと寝てしまいそうで怖い。第四王子殿下は好意――下心はあるのだろうが――で誘ってくれているのだろうけれど。


 「女性と劇を観に行くなんて、他の方々への牽制とも見て取れますが。口説くにしても、もう少しスマートな方法がありましょうに」


 鈍い私でも、ああもあからさまだと口説かれていることは気付いている。他国の王子さまだし、なにか裏がありそうで怖いとソフィーアさまとセレスティアさまには相談した。もちろんお二人やジークとリンを通して王国上層部や公爵家に辺境伯家とラウ男爵にも報告済み。

 皆さまの反応は『隣国のボンボン王子に黒髪の聖女の横をタダで任せる訳ないだろう』と見解一致して一蹴されてた。ただ私の気持ちが第四王子殿下に靡いたら別の話となるそうだ。婿に入る気があるなら致し方ないとのこと。

 

 第四王子殿下は私との挨拶の時に『貴方のお婿さん』云々は口にしたので、婿入りする気はあるようだけれど、相手である私に全く恋愛感情が湧いてこない。諦めて欲しいけれど、隣国の王子さまということで無下には出来ない相手である。扱いが難しいなと頭を抱えているのに、割と遠慮なく向こうは声を掛けてくる。


 おはようの挨拶から、昼休みに昼食を一緒に食べないかとか、放課後はニコニコと笑顔を浮かべてまた明日と告げてくるし。特進科クラスのフリーの女性陣の一部は、私を口説こうとしている第四王子さまを見て黄色い声を上げている。

 まあ自分に降りかかったら嬉しい案件なのだろう。国内の有力貴族よりも魅力的な他国の王子さまだ。実家はホクホク顔になるだろうし、自分もイケメンを侍らせて嬉しいだろうから。

 特進科一年生のクラスがそんな状態なので、誰か第四王子殿下を狙ってくれないかと願っているものの手を出そうとする猛者が居ない。こういう時にヒロインちゃんが居れば、魔眼の力で落としてくれただろうけれど彼女は居ない。

 

 どうにか乗り切るしかないよなあと、遠い目になる。


 「で、受けるのか受けないのか?」


 首を少し傾げてソフィーアさまが私に問いかける。正直断ってしまいたいが、どうしたものか。


 「正直、面倒なだけなので受けたくはないです。ただ断った後にアプローチが酷くなりそうで怖いですね」


 単純に私の力か後ろ盾が狙いなら余計に怖い気もする。恋愛感情ならはっきりと断れば諦めてくれるだろうけれど、権力やお金目的ならばそう簡単に諦められるものではない気も。


 「ならば、余計にはっきりと断るべきでは。――有耶無耶な態度が相手に対して酷く失礼かと」


 「やはり、断る方がお互いの為ですよね」


 陛下や公爵さま方に相談した上で、きっぱり断るのが筋か。恋愛に発展する可能性に期待を持たせても可哀そうなだけ。

 だったらセレスティアさまが言うように、はっきりと断るべきなのだろう。取りあえずは陛下方に相談案件なので、手紙と報告書を出しておこう。恐らく優先的にどう動けば良いか決めてくれるはず。今後どうするべきかをソフィーアさまとセレスティアさまへ告げると、お二人もそれが良いだろうと頷いてくれた。


 ――夜。


 面倒な相談事も終わって、仲間たちと共に私の部屋で集まっていた。今日起きたことを仕事をしていた為に知らないクレイグとサフィールへ説明を終えた所だ。


 「お前が口説かれるなんざ、世も末だな」


 「クレイグ、言い過ぎだよ」


 にやにやと笑みを浮かべながら私を見ているクレイグにサフィールが苦言を呈す。気にしていないし、彼なりの雰囲気づくりだというのは理解しているので止めはしない。むしろこうして扱ってくれる方が、言いたいことを言えるので気が楽である。

 ジークとリンはいつものように椅子に座って私たちの様子を見ているだけで、必要な時以外は喋ろうとはしない。助けてくれるかなあと期待しても、この面子では笑って終わりだろう。


 「でも何で私を狙うんだろう。自分の国のお貴族さまを狙った方が良くない?」


 本当に。マジで。第四王子妃の椅子を狙っているお嬢さまは沢山居そうだし、容姿も悪くない上に態度も紳士的。私からすれば演技みたいで、ちょっと気持ち悪さを覚えるけれど、合う人には合うはずだ。


 「ナイが価値のある奴だから、これに尽きるな」


 「他国に留学してまでやること?」


 自分の価値を完全に理解しているかと言えば謎だけれど、重用されているのは分かる。でも一国の王子さまが他国に来て口説き落とすのはアリなのだろうか。

 それなら自国の公爵令嬢さまでも落とせば良いのにと考えてしまう。第四王子殿下の面子を守れるだろうし、適当に公爵家が所持している爵位を頂いて運営していけば良いのに、と。


 「んー……それを言われると反論し辛い。けど、お前の価値が他国にも認められてるってことだろう。恋愛感情なんて別だろうし、小さいお前を狙うなんざ特殊な奴だけだろうし」


 腕を組んで考えるしぐさを見せるクレイグが、しれっと禁句を言った。リンに言われるのはまだ許せるんだけれど、何故か彼に言われるのは癪に障るというか。


 「クレイグ、それは言わないで」


 「おい、魔力を練るなっ! 怖えからっ!!」


 「っと、ごめん。――チビは禁句ね」


 無意識で魔力を練って漏れていたらしい。若干脅しに使った気がしなくもないが、無意識だと言い張っておこう。

 アクロアイトさまがここぞとばかりに魔力を吸収しているので、この部屋の魔素量が多くなることはないので安心だ。飾られている花とかが奇跡を起こして喋りはじめたら、私は問答無用で切り落とす。怖いし。


 「言ってねえだろうがっ!」


 「小さいって言ったっ、一緒でしょっ!!」


 クレイグと私のやり取りに、サフィールとジークにリンが苦笑いしていると、不意にジークが私に問いかけた。


 「ナイ。結局、観劇に誘われたのは受けるのか?」


 「陛下や上層部の返事が遅ければ受けることになりそうだよね……断ると失礼だし、どうしようもないというか」


 タイミングが悪ければ受けることになりそう。一応、国には報告書へ記載して送った所だけれど、すぐさま返事が届くとは思えない。で、明日も学院へ行かなければならないので、そこで声を掛けられれば断り辛い訳で。

 うーん、はっきりと態度を示した方が良いけれど子爵位でしかない私が、他国の王子さまの誘いを断ったとあればやはり問題だ。粘ってはみるものの、目的があるのだから諦めるはずはないだろう。学院へ行くのが気が重いなあと苦笑いを浮かべると、一同微妙な顔を浮かべるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る