第318話:殿下の護衛のぼやき。

 部屋に沈黙が訪れる。原因は我が国の第四王子アクセル・ディ・ヴァンディリア殿下が仰られた発言が原因なのは言うまでもない。


 ――何故、この人は諦めないのだろうか。


 留学初日に目的の黒髪黒目の聖女に接触した――権力を振りかざした強引なものであったが――ことまでは良かった。

 問題はあのキザな演出を演じたことである。まさか跪き相手の手をとって口づけもどきを敢行するとは。夢見がちな貴族のご令嬢ならばまだ芽があった可能性があるが、相手は他国の貴族の女性と言えど、平民からの成り上がりである。

 

 竜の死骸の浄化を施した後に卵となった魔石と事態報告も兼ね、亜人連合国へ即座に使節団を編成し向かわせたアルバトロス王も流石であるが、使節団の長を務めた黒髪黒目の聖女が齎した功績は誰もが羨むものだ。

 亜人連合国との繋がりを築き上げ、孵った幼竜の世話を仰せつかるなど、にわかに信じられない。だが黒髪黒目の聖女の肩に乗っている小さな竜と、彼女の専属護衛騎士が帯刀しているあの剣は亜人連合国内でしか出回らない物だ。騎士として、護衛騎士が佩いている剣に興味があるが、第四王子殿下の護衛である私にそんな立派なものが得られるはずもなく。


 そんな人物を国が手放す訳はなく、一代限りの法衣子爵位をアルバトロス王は黒髪の聖女へ与えた。


 その後も彼女はアルバトロス王国教会上層部が使い込んでいた聖女の金問題を解決した上に、聖王国に乗り込み兼ねてから問題視されていた教皇一派を追い詰め、大聖女に教会改革を迫る。

 リーム王国からの依頼で聖樹への魔力補填を執り行った後に枯らしたそうだが、何故かリーム王国の第三王子殿下はアルバトロス王国の王立学院へ留学したままなので遺恨は残っていないようだ。現在リーム王が臥せってしまい、国王代理として王太子殿下が担っている。

 聖樹に頼り切りだったあの国で堂々と聖樹は枯れたと宣言し、国民への聖樹脱却宣言や各国への協力要請を行いアルバトロス王国が一番に名乗り出た。黒髪の聖女や自国の聖女の価値を落としたくなかったのだろう。素早いものである。


 黒髪の聖女は小柄で幼い顔をしている為に、幼女趣味があると疑われても仕方ない気がするが殿下は良いのだろうか。

 彼女に声を掛ける理由は何かしらあるのだろうが、私たちには聞かされていない。理由が分かれば多少なりとも協力しようという気が湧くのかもしれないが、殿下は私たちに教えるつもりはないようで。

 

 母国では第四王子妃の座を狙う色んな女性に言い寄られていたが、靡く気配が全くなく男色家なのだろうかとあと少しの所で噂が立つ所だった。すんでの所でアルバトロス王国への留学話が持ち上がったので、帰国する頃には噂は沈静化しているだろう。


 それを考えるとやはり幼女趣味……。黒髪の聖女と殿下の年齢を考えると同い年なのだから問題はないのだが、身長差と彼女の童顔でバランスの悪い組み合わせとなる。男色の次は幼女趣味の噂が立つのかと不安になってくるが、黒髪の聖女と縁を持てたならヴァンディリア王国にとって悪い話ではない。


 彼女の後ろには亜人連合国も控えているのだから、上手くいけばヴァンディアリア王国にも何か益があるかもしれないのだ。だからこそ我が国の陛下も、殿下の釣書を黒髪の聖女の下へと送り、留学までさせているのだから。

 

 アルバトロス王国の王城、国賓用の部屋が殿下に割り当てられていた。先程殿下が『黒髪の聖女を落とす方法』を我々に聞いてきたが良い方法など思いつくはずもなく。

 一応、私以外の者が金、名誉、ヴァンディリア王国からの後ろ盾と呟いていたが、黒髪の聖女は既に地位も金も名誉も手に入れているし、後ろ盾も亜人連合国で十分賄える。ハッキリ言って殿下が望んでいる展開にはならない気がする。それこそ奇跡でも起こらない限り。


 「アクセル殿下、もう諦めては如何でしょうか?」


 私が殿下へと声を掛けたが、あまり聞く耳は持っていそうもない。黒髪の聖女は殿下の事を歯牙にもかけていない筈である。二学期初日のあの行為に惹かれているならば、彼に近づこうとするはずだ。それが全くない。


 あの日の出来事を全くなかったように振舞っている。浮かれた女性ならば『第四王子殿下に求められた』と吹聴しそうなものだが、噂にすらなっていないのだ。


 恐らくあの部屋に居た者たちに緘口令を敷いたのだろう。黒髪の聖女が嫌がっているならば、愚行として広まってもおかしくはない。噂で立場を悪くした殿下はアルバトロス王国の王立学院に留学することが不可能となってしまう。それがないという事は、我々を慮ってくれているという証拠だろうに。殿下は気付いているのだろうか。

 

 「いや、僕はまだ諦めていない。きっとどこかで機会があるはずだ……そう、諦めてはいけないんだ」


 ぶつぶつと親指の爪を噛みながらそんなことを言った殿下。幼い頃からの癖が未だに抜けないのは如何なものか。一応身内ばかりなので構わないが、癖がつくとあっさりと露見してしまいそうで怖い。


 見目が凄く良く、学力も悪くない為にヴァンディリア王国内では第四王子殿下を狙う貴族のご令嬢が沢山居たが。

 そんな彼女たちに呆れ果てていたというのに、アルバトロス王国の黒髪の聖女を本気で口説き落とそうとしている。父王であるヴァンディリア王からも、聖女が『不快』を示さなければ口説き落としても構わないとは告げられているから国公認。

 

 あの時の様子を見る限りあまり良いように思われていない気もするが、大丈夫だろうか。黒髪の聖女の怒りを買えば、第四王子殿下は元よりヴァンディリア王国も危ない気がするのだ。だから決して余計な事をして下さるなと願うが、現状の殿下を見るに難しそうだと頭を抱えたくなる。


 「皆、済まないが協力してくれ。黒髪の聖女を僕は必ず手に入れたい」


 その言葉を聞くとどうしても幼女趣味を疑ってしまう。十五歳を迎えているというのにあの小柄な背丈に幼い顔つき。周りの同年代の女性たちと比べるとどうしても幼く見えてしまう。だが、言動を見る限りは立派なものだろう。聖女として四年前から働き、討伐遠征や治癒院への参加も積極的だったようだし、孤児院へ定期的に少額の寄付をしているそうだ。


 今は子爵となったから増額されているだろうが、定期的に少額を寄付していたのは横領や使い込みを懸念してだろう。そこまで考えられるのに、教会上層部の使い込みに気が付かなかったのだから、間抜けと言えば間抜けである。


 どこか憎めない、しかし怒らせれば国を簡単に落とせてしまいそうな後ろ盾を持っている。そして尋常ではない魔力量の保持者。黒髪の聖女が治癒魔術と防御系の魔術に強化魔術しか使えないことに違和感がある。

 恐らく国と教会は彼女に攻撃系魔術を仕込むことを危惧しているのだろう。でなければ、既に習得している筈である。

 

 「プレゼントなどは如何でしょう。女性ならば宝石や花は喜ばれるのでは?」


 「デートに誘うとかは……」


 「思いを込めた手紙を認めては如何でしょうか」


 護衛や側近が意見を述べる。いや、その前に彼女との接触を図り、殿下の個人的な所を知って頂くことから始めるのが常道ではと考えるが決して口にしない。どうせ一蹴されるのが関の山だ。嗚呼、国へ早く帰りたいと、誰にも露見しないように部屋の天井を見上げるのだった。

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