第317話:トウモロコシの味。

 男爵領の視察で頂いてきた、家畜用のトウモロコシ。懐かしさに惹かれて頂いてきたのだけれど、食べられるだろうか。流石にこれを料理長さんに手渡す訳にはいかないので、自分で茹でて食べてみる為、食堂の一角を借りている所。

 ソフィーアさまとセレスティアさまは、家畜用のトウモロコシを食べようと試みる私を馬車の中で何度か止めたが、私の興味が上回っていることを悟って子爵邸に戻ると後はもう諦めた様子だった。


 料理長さんにも渋い顔をされたが押し切った。だって食べたいから。茹でたトウモロコシ美味しいから。ジークとリンも興味があるのか厨房に立つ私の側で見守っている。深めの鍋にお水を張って塩を適量入れ、皮を剥き薄皮を数枚残した実を沸騰した鍋の中へと沈める。そうして待つこと十分少々。お湯を捨てつつザルへ移動したトウモロコシの薄皮を取り、待ちきれなかったので熱いまま実を毟り取って口の中へと放り込んだ。


 「あ、美味しい。普通に食べられるよ」


 味は前世で食べたトウモロコシと同じ味。甘くて身もしっかりしているので、どうやら当たりを引いたようだ。お腹を壊すかどうかはまだ分からないけれど、壊した時は壊した時だなと割り切って、まだ熱いトウモロコシを適当なサイズに切り分けた。


 「私も食べていい?」


 リンが私の後ろに立ったまま声を掛けてきた。面白そうに見ていたので、興味があるようだ。


 「ん。まだ熱いから気を付けてね」


 そう伝えてリンにお皿を差し出すと『熱いね』と言って苦笑いしたので、私もほらみたことかと笑い返す。

 

 「美味しい」


 何度か息を吹きかけて覚ました後、トウモロコシに齧りついたリンの感想だった。どうやらリンも問題なく食べられたようで安心。これでお腹が痛くなれば私が魔術を施せば良いし、私がお腹を壊したならお手洗いの住人と化すだけ。


 「ジークは食べる?」


 「ああ」


 こくりと頷いたジークも切り分けたトウモロコシをお皿から取って、豪快に齧りつく。一口が大きいし噛み切る力が強そうだなあと、トウモロコシを咀嚼するジークを見つつ、どうと問いかけた。


 「普通に食べられるな」


 「ね」


 美味しいのにどうして家畜用の餌扱いなのか不満なのだけれど。彩りが良くなるし、料理に使われていそうだけれど、家畜用として食べられているのが本当に意外だ。


 「よっ。なにしてるんだ、こんな所で」


 「本当に。貴族のご当主さまが調理場に居るだなんて」


 調理場に居た私たち三人に声を掛けたのは、クレイグとサフィールだった。クレイグは面白そうな顔を浮かべ、サフィールは困ったような顔をしている。

 たまたま休憩時間が重なったようで、暇だから二人で子爵邸内をウロウロしていたのだそうだ。取りあえず、賜った男爵領へ視察に行った際にトウモロコシを見つけ、欲しかったので頂こうとしたら家畜用だと教えられたことを伝える。


 「え……、人間が食うもんじゃねえのか?」


 普通に食ってたろ俺たち、と困惑顔のクレイグ。まあこっそり家畜用の餌を拝借していたこともあるから、そう思って当然だよね。ぱさぱさだから飲み物が必要で、あまり大量に食べられないのが難点だったけれど。あ、だからこそお腹壊さなかった可能性も。家畜用だし虫が居てもあまり気を使わない可能性もあるしなあ。この辺りは本当に孤児時代の私たちの運が良かったのだろう。


 「そういえばトウモロコシが売っている所を見たことないし、食事で出されたこともないよね」


 思い返せば王都の市場や商店で売っていた所を見たことがない。キュウリやトマトにピーマン、キャベツにレタス。前世で見ていた野菜はほぼ揃っていたので、あまり気にしたことがなかった。

 単純に王都にはないだけかとも考えていたのだけれど、まさか家畜用途のみだとは。本当に不思議だよねえと目を細めつつ、こんなに美味しいのに食べないのは勿体ない気がするし、料理長さんに伝えて彼にも味見をしていただこう。

 

 「俺も食って良いか?」


 「あ、僕も食べたい。味、違うのかな?」


 「はい。――お腹壊したら教えてね。治癒魔術掛けるから」


 お前はどうするんだと言うクレイグの問い掛けに、苦笑いを浮かべながらその時はお手洗いの住人になると伝えると『馬鹿だなあ』と手厳しい一言が。食の追求なんてそんなものだろう。フグの毒とかも誰かが犠牲にならなければ分からなかっただろうし、草にしか見えない野菜を食べようと思いついた人は偉大だ。

 

夜になってもトウモロコシを食べた五人にお腹の変化は訪れず、次の日料理長さんに茹でたトウモロコシを味見して頂いた。家畜用と知っている所為で怪訝な顔をしていたけれど、私たちが食べたことは知っていたので口を付けてくれる。


 「甘い……これを家畜用の餌にしておくのは勿体ないですな」

 

 料理長さんの言葉に安堵しつつ、バターコーンを作りたいと提案してみた。美味しそうですなあという言葉を頂き、今度作ってみましょうという話になった。数日後、私のお願いを叶えてくれた料理長さんが慌てて私の下へとやって来る。


 「お館さま、作ってみたのですが……味がありませんし、実の皮が厚くて堅いです」

 

 これを食事として提供する訳にはいかないと、残念そうな顔をしていた。私も凄く落ち込んで『バターコーン……』とその日は何度も呟いていた。

 ソフィーアさまとセレスティアさまが一体何事という顔をしていたけれど、バターコーンの所為で全然気にならない。原因究明をと思い男爵領へ向かおうとする私にソフィーアさまが、口にした台詞が今でも頭の中に残っている。


 ――お前が食べたいと願ったからじゃないか?


 そんな馬鹿なと否定しつつ、否定しきれない自分が居ることに気付き。うーん、家畜用の餌だから皮が堅かったし味がしなかったのか。

 あれ、皮が堅いならポップコーンが出来るのじゃないかと、記憶の引き出しが開かれる。流石にあのトウモロコシに魔力を注ぎ込むのは駄目だろう。でも試してみたいことが一つある。次に男爵領へ視察に行った際にでも、焚火の中にでも放り込んでみようと決意するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る