第316話:男爵領視察。

 学院に通いつつ、ちょっと時間の捻出が出来たので、代官さまに任せっきりだった男爵領の視察へ赴いた。前男爵さまが課していた税金が高く領民は疲弊していたそうで、代官さまは兎にも角にも領地の規模に合わせた平均的なものにして喜ばれた。しかし今度は聖女さまのお金で美味しい思いをしていた男爵領の領民という風評被害に合う。

 モノを売りに行っても中々売れなかったり、買い物へ出掛けると吹っ掛けられたりと大変だったそうだ。私が男爵領の領主になったことで随分とマシになったそうだが、領民の人たちに受け入れられるのか謎である。

 

 農業が主な産業で、隙間時間に籠を編んだり狩猟に出たりと割と原始的な生活を送っているそうな。


 パカパカと小気味いい音を馬車が響かせながら王都の外へ出る為の門へと向かっている最中だった。王都にほど近い為に一時間も馬車を走らせていれば辿り着くそうだ。騎馬に乗った護衛の騎士さまたちも一緒に付いて来てくれている。

 ジークとリンも騎馬に乗り馬車の警護を務めていてくれた。馬に乗ってみたいけれど、中々機会がない。子爵邸で馬車を引くための馬を飼っているけれど、人を乗せる為の調教はしていないから素人だと難しいそうだ。諦めて天馬のエルにでも頼んで乗せて貰おうかとも考えたが、メリーゴーランドに乗っている子供みたいで止めておいた。

 

 「全く。代官に任せておけば良いのに、お前は……」


 「ですわね。どうして今回視察に行くことを決めたのですか?」


 ソフィーアさまがありありとため息を吐き、セレスティアさまは鉄扇を広げて口元を隠し私に問いかけた。ちなみにアクロアイトさまはお二人の膝の上を行ったり来たりしており、何を考えているのやら。お二人も止める訳でもなく窘める訳でもなく、好きにさせているので問題はなさそう。


 「何となくです。自分が持つ領地ならば、一度は見てみたかったので」


 今まで自分で土地を持つってことは全くなくボロアパート暮らし。生まれ変わってからは掘っ立て小屋以下の場所から教会宿舎へグレードアップし、公爵邸から王城の離宮をへて子爵邸に移ったけれど。あと男爵領は王都と違って自然豊かだと聞いているから、別荘とまではいかないが気分変えに領主邸に暫く滞在するのも良さそう。

 

 「まあ、良い。見に行くだけなら問題ないし、領民へ顔見せも必要だろう。ただ余計な事だけはするなよ?」


 ようするにお芋さんみたいなことにするなよということか。子爵邸のお芋さんは順調に育っており、随分と早く収穫出来そうだと庭師の小父さまから告げられた。今もお芋さんが生い茂る為に間引きが続いているので、エルやジョセに厩のお馬さんたちのおやつ代わりになっている。

 エルはかなり馬体の見栄えが良くなっているし、背中から生えている翼もわさわさになっていた。ジョセは以前とあまり変わらないけれど、お腹はしっかりと膨らんでおり、お腹のなかの赤ちゃんは順調に育っているみたい。一番顕著なのは厩のお馬さんたちである。少し前でも筋肉が確りついて、馬車を引く力が強くなっていると報告を受けたが、今度は御者さんやお世話係の人の言葉をよく理解し始めたとか。

 

 「子爵邸ならば緘口令を敷けば良いですが、平民の方々にそれを理解させるのは難しいでしょうからね……」


 確かに男爵領内で噂となってしまえば、子爵邸で雇っている人たちと違って確りと教育を受けていない領民の人たちに口止めは難しいだろう。今回は視察だけで、ソフィーアさまが言ったとおり顔見せだけのつもりだったのだ。余計なことをすれば面倒なことが増えるだけで、良いことなんてあまりないし。


 「私がやらかす前提なのは如何なものかと」

 

 「……無意識で辺境伯領の若木を巨木に変えたのは誰だ?」


 「不本意です。何もしてませんし……」


 何故か私の魔力が注ぎ込まれていただけで。私がやったわけじゃない。そりゃ『墓標になるように大きくなれ』と願ったけれども。暫くして、若木から大木になるだなんて誰が思うだろう。しかも竜のみなさまの繁殖場所と化しているし。天馬さまたちも目を付けたみたいだし。


 「リーム王国の聖樹も枯らした上に精霊化までさせていたではありませんか」


 セレスティアさま的にはその奇跡をアルバトロス王国か辺境伯領に齎して欲しかったのだろう。まあ男爵領の魔鉱石の鉱脈開発やらに辺境伯家も関わるみたいだから、良いじゃないか。そもそもリームの聖樹が枯れなければ、男爵領開発はなかった話だし。

 

 そうこうしているうちに着いたようだ。馬車がゆっくりと止まって、外が少しバタバタしているから。御者の人が馬車の扉を開くと、ソフィーアさまとセレスティアさまが先に出て、後から私がジークのエスコートを受けながら外に出る。男爵領領主邸には代官さまや名主の方々が私たちを迎え入れてくれた。


 「ようこそ、ご当主さま」


 代官さまが代表して挨拶をしてくれた。お二人の膝上でごそごそしていたアクロアイトさまは、定位置である私の肩の上へと移動している。そのアクロアイトさまを一瞬見て、視線を私に変えるあたりは流石である。慣れていない人ならアクロアイトさまを凝視して、なかなか視線を外すことが出来ないから。


 「わたくしの代わりを務めて頂き、ご苦労をお掛けします。挨拶はほどほどにして領内の視察をお願いしたいのですが、構いませんか?」


 「もちろんでございます。――ではご案内いたしましょう」


 そう言った代官さまの後に付いて行く。そんなに広くないようで徒歩での移動だ。男爵領はアリアさまのご実家であるフライハイト男爵領よりは整備されており、建物も割と確りとした造りではあるけれど、領民の人たちに活気があまりないというか。

 

 「噂の所為で随分と不利益を被りましたから。皆さん疑心暗鬼になっているようなんです」


 「そうでしたか。何か明るい話題でもあると良いのですが」

 

 うーん。どうにかならないかなあと頭を捻るけれど、王国から派遣された代官さままで頭を悩ませているのだから、結構大変な事態なのかも。通りすがる領民の方たちに挨拶を交わしつつ、新領主となったからよろしくと言葉を付けたし。


 名産品でもあればいいけれど、特にないみたいだし。うーん、子爵邸で育てているお芋さんでも試しに育ててみようかと考えるけれど、やらかすなと先程止められたばかりだ。どうしようかと悩みつつ町を抜けて田畑に出ると、立派に育ったトウモロコシが生えていた。


 「もうすぐ収穫となります。良い値段で売れると良いのですが」


 「そうですね。美味しければきっと良い値段が付くでしょう」


 良いなあ。マヨネーズさえ見つけられればポテトサラダに入れて欲しいと料理長さんに伝えて入れて貰うのだけれども。甘くて良い味出すんだよね。茹でたものをそのまま齧っても良いし、贅沢な食べ方だけれど包丁で身を切り落としてスプーンですくって食べるのも美味しいから。

 あとバターコーンは鉄板。ベーコンを追加で更に美味しい。あー……食べたいなあ。ある意味でB級グルメだから、お貴族さまの料理として出される可能性は低い代物だ。作って欲しいと願えばもちろん作ってくれるだろうけれど、言わない限りは無理だろう。


 「ええ、家畜用の飼料とはいえ味にも自信があるようですから」


 「え?」


 あれ、目の前のトウモロコシは家畜用なのか。なら食用のものがある筈だけれど、それは何処だろう。


 「はい?」


 代官さまと私で何故かすれ違いがあるようだ。食用かと思えば家畜用で育てているそうで、人間さま用ではないと……。

 ちょっと待って欲しい。今想像したポテトサラダの幻想が強く残っており、口の中はポテトサラダの気分だったと言うのに、家畜用。お酢の代用品がないか料理長さんに聞いてみる――もちろん婉曲的に――と、ワインビネガーがあると教えてくれたし。


 「家畜用でも、食べられますよね?」


 立派に実っているし、普通のトウモロコシに見えるけれど。ちょっと拝借して味見をしたら怒られるかなあ。新鮮なものならそのまま齧りついている所をテレビで見たことあるけれど。あと収穫するときは甘さが際立つ為、早朝がベストらしい。


 「一応、食すことは出来ますが味の保証はありませんし、下手をすれば腹を壊してしまうのでは……」


 家畜用の餌を聖女さまがお食べにならなくとも……と困惑した表情になる代官さま。


 「少し気になることを聞いても良いですか?」


 「はい、構いません」


 「トウモロコシは家畜しか食べない物なのでしょうか?」


 「ええ。牛や馬の餌ですね」


 もしかして食べる風習がない国なのだろうか。そういえば食事にトウモロコシが出てきたことはない。家畜が食べている所は見たことがあるけれど。というか貧民街で生活していた頃に馬や牛を飼っている家に不法侵入して、ちょっと食べたことがあるんだけれど……。お腹を壊したことはないし、この立派に実っているトウモロコシは問題なく食べられるのではないだろうか。というか食べたい、美味しそうだから。


 「すみません、数本頂いてもよろしいですか?」


 「構いませんが……」


 渋々と言った感じで代官さまが畑の持ち主に声を掛けると、家畜用の餌を私が求めていると聞き驚いている様子。領主命令となるので二、三本を手でちぎって、代官さまへと手渡される。そして私の下へ皮つきのものが渡された。

 見た目はいたって普通のトウモロコシ。色も黄色で実の入り方も普通のものだ。美味しそうだなあと顔がにやけてくるのが分かって、どうにかしようと試みるけれどどうにもならない。私の後ろに控えているソフィーアさまとセレスティアさまが呆れた顔をしているのは、見なくてもわかることだった。

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