第314話:礼拝後。

 礼拝が終わってさて帰ろうかとした時、私の隣に座っていたお婆さんが胸を押さえて苦しそうにしていた。流石に見捨ててしまうのは人としてどうかと思うし、誰かを助ける為の力なら今は持っている。


 「大丈夫ですか?」


 あまり騒ぎになっても彼女にとっても良いことではないだろうと、お婆さんの下へ寄って声を静かに掛けた。

 

 「……ええ。よくあることなの。――少しの間じっとしていれば治るから平気。さあ、聖女さまはみなさんの下へ」


 やはり黒髪は目立つのか私の事は聖女だと理解していたらしい。今はそんなことはどうでも良い。目の前の女性のことである。

 胸を押さえて息が浅いから、調子はよくはないだろう。意識があるのでそんなに酷くはない状況。なので勝手に治癒魔術を施す訳にはいかない。意識がなければ問答無用で術を施したけれど、意識があるなら術を掛けるかどうかの意思をお婆さんから聞かないと。


 「歩けますか? 裏でベッドを借りて安静にしていましょう」


 許可は得ていないけれど、アウグストさまかシスターたちに話を通せばベッドくらい貸し出してくれるはず。

 そっとお婆さんの手首に私の手を当てて、脈を測ると随分と早いものだった。心臓か呼吸器系か。魔術であれば専門知識がなくとも治せるという、摩訶不思議。医療知識もないのに私が聖女として働ける理由がコレに尽きる。


 「いいえ、ご迷惑を掛ける訳には……」


 「ここの教会の方々がそんなことを思うはずはないでしょう?」


 遠慮するお婆さんを押し切ってジークとリンの方へと顔を上げた。


 「ジーク」

 

 「ああ」


 これで分かってくれるから有難いよなあと、教会の人を呼ぶために走り出したジークの背中を見送って、お婆さんへと向き直る。


 「ごめんなさいね。本当ならば貴女はあちらの輪の中にいるべきなのでしょうけれど」


 みんなが集まって歓談している方をお婆さんが見て苦笑を浮かべた。苦しい筈なのに他人を気にする余裕があるのなら、自分の事を気にして下さい。

 膝上から肩へと移っていたアクロアイトさまが心配そうに一鳴きした。それに気が付いたお婆さんは少し驚いた顔を浮かべたけれど、痛みが勝ったのか目を細めて我慢している。それを見たアクロアイトさまが、小さくまた一鳴きするのだった。


 「気になさらないで下さい。これもお隣になった縁です」


 力なく笑うお婆さん。こうなれば最後まで面倒をみさせて貰おう。これでお婆さんが死んだとなれば寝覚めが悪い。ジークが教会の人を連れて戻って来る気配を感じたので、お婆さんの様子をもう一度伺ってから口を開いた。


 「立ち上がれますか?」


 「ええ、なんとか」


 お婆さんの右手を取って力を入れる。私だけでは頼りないのでもっと確りとした人に頼もうと、彼女へと視線を向ける。


 「リン、左側支えて」


 「うん」


 リンならば安心だ。騎士として力があるし私を軽々と持ち上げることが出来るのだし。ただお婆さんをお姫さまだっこしたり、俵のように担ぐ訳にもいかないので、二人で肩を貸して支えるべきだ。気を利かせてアクロアイトさまは私の肩を離れて、真横で飛んで滞空している。


 「ナイ」


 「ありがとうジーク。ベッド借りられそう?」


 私たちの様子に気付いた人たちがチラホラと出始めているし、騒ぎになる前にこの場から立ち去りたい所。場所の確保は出来ただろうかと、戻ってきたジークに聞いてみた。


 「用意してくれるそうだ」


 「聖女さま、参りましょう。――……」


 先程の礼拝で登壇していた年配の神父さまがこちらへやってきていた。一瞬何か気付いたような雰囲気を見せたが、直ぐに鳴りを潜める。


 「ご迷惑をお掛けして誠に申し訳なく」


 「お気になされるな。このような時こそ神の教えに倣い、弱きを助けねばなりますまい」


 良いから早く行こうとは口に出来ず、やり取りを終えてようやく裏手へ回ることが出来た。


 「どうしました?」


 シスター・ジルとシスター・リズが私たちに気が付いて声を掛けてくれた。お婆さんの顔を見て何か感じたようだけれど、それよりも先にやるべきことがあると気が付いてくれたようだった。


 「ナイちゃん、代りましょう。貴女より私の方が適任です」


 「シスター・ジル、お願いします」


 いつも飄々とした笑みを浮かべているシスターだけれど、この時ばかりは真剣な表情で交代を申し出てくれた。

 お婆さんがお貴族さまだとあまり男性は適当ではないので、こうしてリンと私でお婆さんの肩を支えていた。お婆さんと私では身長差があるので、シスターの方が楽だし背の高さも合うので、さっさと入れ替わる。


 「すみません」


 「お気になさらないで。さあベッドでゆっくりと落ち着きましょう」


 シスター・ジルと入れ替わったのでシスター・リズの手を私が代わりに取った。慣れた教会内なので盲目であれど自由に闊歩できる彼女だけれど、導き手が居る方が神経をすり減らさずに済む。

 

 「ありがとう、ナイさん」


 「いえ。少し急ぎますので気を付けて」


 はい、と私の言葉にシスター・リズが返事をしてベッドのある部屋を目指す。部屋へ入るなりお婆さんにベッドの縁へ腰掛けて貰って様子を伺う。

 時間が経ってマシになっていたのか、顔色は聖堂の中の時より良くなっていた。呼吸も普通に戻っているし、取りあえずは凌げたようだ。ただこれから先が問題だよなあと、お婆さんの顔を見ると、何故か凄く優しい目で見つめられている。


 「?」


 「貴女が覚えていなくとも当然です。私が聖女を引退したのが五年前。丁度貴女が、いえ貴女たちが教会へ保護された時期ですものね」


 私の後ろで控えていたジークとリンにも視線を向けて、意味深いことをお婆さんが告げる。私の記憶の中にはお婆さんのものは全くなく、今日で初対面。

 そしてお婆さんの言葉を推測するに、私たちが知らなくともおかしくない状況。彼女が一方的に知っていたと言うことなのだろう。 彼女の言葉を聞いてジークとリンも不思議そうな顔をしていた。


 「ナイちゃんたちが知らないのも当然です」


 「このお方は元聖女さまで、先ほど申された通り五年前に引退なさっておりますから」


 シスターズが補足を入れてくれたけれど、元聖女さまだったのか。公爵さまより少し若いくらいの彼女の年齢ならば、現役を続行している方も居るが……おそらく先程の持病の為にでも引退したのだろうか。 

 

 「大きくなりましたね。とはいえ一方的に知っていたのは私なので、貴女にとっては何のことだか分からないしょうが」


 くすくすと笑うお婆さん。偶々席が隣になったというよりは、懐かしさ故に惹かれて座ったということだろうか。

 胸の痛みは演技ではないだろう。そのような人ならばリンが最初に気が付いて警戒しているはずだから。なんともいえぬ状況だけれど、まずは治癒を施すか施さないかの選択をお婆さんに決めて頂くことが先決だなあと、まだ柔らかく笑っている彼女を見据えるのだった。

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