第313話:礼拝中。

私が教会信徒になった理由は客寄せパンダになって、減ってしまった教会信徒の数が少しでも増えれば良いという極々単純なもの。そして、それを理由に掲げて教会の面倒事から逃げる為でもある。何もしなきゃ、何かをお願いされそうだから。


 「では聖水に手を付けて、印を切って下さい」


 アウグストさまの指示に素直に従って、教会の印を切る。複雑なものではなく手をおでこから心臓、最後に臍の位置に持っていくだけで子供でも出来るものだ。

 彼が以前に言った通り見ていれば大丈夫なので、結構気楽。私の後ろには何故か先程挨拶をしたシスターズが笑顔を浮かべて着いてきている。礼拝の準備とかは良いのかと心配になるけれど、時間になれば彼女たちも流石に着いて来ないはず。


 身を清めれば席に着き、合図で一同お祈りをしたあと聖歌隊の唄を聞き、教典のお話となり最後に任意で寄付。で、出席者のみなさんとの交流なのだそうだ。交流会は自由参加でティータイムや食事会も開かれることもあるそうな。少し食べ物につられそうになるけれど、今日は交流だけとのこと。

 月に数度は炊き出しもあるそうなので、そっちは参加する予定である。貧困者救済でもあるし、私も過去に救われたから礼拝に参加して炊き出しが催される場合には必ず顔を出して手伝うつもりだ。

 

 「壇上は聖職者のみが立ち入りを許されております。心配は必要ないと思いますが、念の為伝えておきますね」


 彼が手を指して、教会最後方の椅子を指す。今日は初参加だし邪魔になってはならないだろうと、後ろの方で大丈夫と伝えてある。護衛の人たちも居ることだし、神聖な雰囲気を物々しいものに変えて壊しても申し訳ない。

 そういう理由から教会の中で護衛を務めるのはジークとリンのみ。教会信徒に扮装して護衛の方が紛れ込んでいる可能性もあるけれど、私には知らされていないので、知らなくとも良いことなのだ。Need To Know だったかなあ。知る必要があるなら、ちゃんと教えてくれる訳である。


 「あとは聞いているだけですので、聖女さまだけでも大丈夫でしょう。――申し訳ありませんが、所要で失礼致します」


 また後で顔を出しますのでとアウグストさまがこの場を去って行く。暫くするとシスターたちも『寝ては駄目ですよぉ』『ちゃんと拝聴して下さいね』と言い残して去って行った。

 流石シスター、私が一番危険視していることを注意して、この場から消えた。教会最後方の長椅子の端にちょこんと座って、開始時間を待つ私。まだ少し時間がある為か席に座っているひとはまばらだ。

 

 「黒髪の聖女さまだ……」


 「本当だわ。会えるだなんて、神のお導きかしら?」


 なんて言葉が耳に届く訳で。声は絞っているが、教会の造りの所為か声が通りやすいらしく、分かり易い。客寄せパンダとして教会に入信したのだから、これくらいは我慢できる。

 こんな簡単なことで教会信徒が増えてくれるなら有難いことだし、教会の収入が増えるイコール私の収入も安定するだろう。治癒依頼で時々不払いの人が現れるが、そういう時に教会が金欠だと肩代わりが出来なくて、聖女に支払われないから頭を抱える時がある。

 お貴族さま出身の聖女さまなら家の人間を使って回収する方法もあるが、平民出身の聖女さまだと泣き寝入りの可能性もあるからなあ。とはいえ、聖女のシステムは教会にとってもアルバトロス王国にとっても大事なものだから、無下に扱われることはない……はず。


 随分と教会の中に人が増えてきた。私の肩に乗るアクロアイトさまが気になる子供や黒髪が珍しい人は、こちらを何度も振り返っている。子供が指を指して『竜だー!』と大きな声を出して指を指すと、気を良くしたのか私の肩の上でアクロアイトさまが羽を広げて一鳴きした。


 「小さいなあ……もっと大きくてカッコいい竜が見たい!」


 アクロアイトさまも時間が経てばかなり大きくなるぞ少年、と竜が見たいと告げた男の子に視線を向けて苦笑する。一緒に来ていたご両親が慌てて私に向かって頭を下げたので、気にしないで欲しいと首を左右に何度か振った。

 子供の言葉が胸に刺さったのかアクロアイトさまが私の肩から膝の上に移動して、不貞寝を始めてしまう。大きく成長できるのは確定なのだから、そんなに落ち込まなくとも。将来性というのであれば、私の方は絶望的なんだけれどなあ。


 「お隣、よろしいでしょうか?」


 席が随分と埋まった所為なのか、品の良いお婆さんが柔和な笑みを浮かべて私へ問いかけた。勘の鋭いリンが止めないなら、危険な人ではないのだろう。軽く頭を下げたお婆さんに私も『はい、どうぞ』と告げたあと頭を下げて着席を促した。


 成長の余地があるアクロアイトさまの頭を若干強めに撫でていると、礼拝が始まったようだ。神父さまが壇上に立って『皆さん、祈りましょう』と告げると、参加している人たちが静かに目を閉じて瞑想を始めた。私もそれに倣って目を瞑り無心になる。


 アウグストさま曰く、無心になって神の声を聞きましょうとのことだったが、声なんてさっぱり聞こえず。啓示を受けた信徒さんも居るようだが、ちっとも神さまを信じていない人間にそんなものがある筈もなく。

 

 しばらく時間が経つと神父さまが目を開けて下さいと言い、一言二言告げると聖歌隊が入場して聖歌を歌い始める。パイプオルガンの音が耳に心地良いのだけれど、某有名な映画を思い出してゴスペルが聞きたくなってきた。

 シスターたちにあの曲を歌って貰えば、目新しさで信徒や興味を抱く人が増えそうだけれど。

 私は音楽については聞くだけで満足しているから、誰かを指導するとかは無理だから諦めるしかない。ちょっと残念だなあと目を細めていると、教典の話となった。


 神父さまが随分と使い込んでいる教典を広げ、抑揚をつけて語り始める。物語のように構成されている話で、慣れている所為なのか聞かせるのが上手いなと感心しつつ聞いていた。これ、本を読む機会の少ない平民の人たちは楽しいだろうなあ。

 オーソドックスな話の内容だけれど、王道を貫いた話だから面白いだろう。聞いている人たちも話に引き込まれているようで、身振り手振りで話している神父さまを真剣に見ているのだから。特に子供は顕著だった。うーん、こうして敬虔な信徒を生み出していくのだなあと感心する。


 「――今日は此処までに致しましょう。ではこちらを順に回します」


 そうして寄付を募られる訳である。これも任意だけれどお貴族さまである私がケチる訳にはいかない。暫く待っていると私の隣に座っているお婆さんの順となり、彼女から箱を手渡される。


 「貴女さまの番ですよ」


 「はい。有難うございます」


 にっこりと穏やかに笑うお婆さんから箱を受け取り、巾着袋を取り出した。その中には数枚の硬貨を忍ばせてあった。ちなみに目安として料金を教えて頂いたけど、割とお高い。まあお貴族さま料金なので仕方ないと言えるけれど。

 私の所へ回ってきた箱の中に硬貨を数枚入れた。気持ちの問題だから、値段は言うまい。私が最後だったので係の人が回収に来たので、お願いしますと言って手渡すと頭を深く下げて去って行った。

 

 神父さまが今日の礼拝の終わりを告げ、あとは自由時間となった。要するに交流会の始まりなのだけれど、長居する気もないし私が居れば邪魔だから帰ろう。ジークとリンの方へと顔を向けかけると不意に視界に映った景色に驚いて、もう一度その場へ視線を確りと向ける。


 「大丈夫ですか?」


 私の隣に座っていたお婆さんが胸を押さえて苦しそうにしていたので、声を掛けることになったのだった。

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