第312話:礼拝前。
――王都は雲一つない良い天気だった。
礼拝に参加する為に王都の教会へ向かっている。整備された道を馬車が軽快に進んでいく。ソフィーアさまとセレスティアさまが不在なので、馬車の中にはジークとリンが乗り込んでいた。もちろん外には護衛の騎士さまや軍の人たちが警備についているので、馬車の速度は人が歩く速度と同じくらい。
「いい天気だねえ」
馬車の窓から空を見上げると、一面真っ青。所どころで鳥が飛んで黒い点になっているくらい。暑い時期は過ぎているので、過ごしやすい良い季節になっていた。小さい頃は魔術に関しては驚きの連続だった。
稀に魔術師の人が空を飛んでいることがあるので、初めて見たときはかなり驚いたし、奇跡で欠損した腕や足が生えてくるところを見た時は漏らす寸前だった。物理法則や質量やらなんやらを一切合切無視するのである。私は才能がなかったので、腕や足を生やす為の魔術は使えない。
本当に奇跡があるんだねえと驚いたけれど、魔術で引き起こした奇跡。才能で差がある辺り不公平だなあと思うけれど、私は魔力量でカバーできるので恵まれている方だ。逆に腕や足を生やす魔術しか使えないというなら、使いどころが少なすぎて不便極まりない。
バランス良く魔術を使える方が魔術師としては有能だろう。聖女さまとしてなら、使いどころ次第かなあ。奇跡の体現者として祀り上げられるかもしれないし。
「ああ」
「うん」
ジークとリンが私を見て同意してくれた。本当にいい天気だと、窓の外に顔を向けたまま。
「こういう日にエルかジョセの背中に乗って空を飛んだら気持ちよさそう」
本当にいい天気。縁側に出て緑茶とかしばきたい気分。まあこの世界だとテラスに出て紅茶になるのだろうけれども。
何故かアクロアイトさまが一鳴き二鳴きして、何かを主張しているけれど、言葉が分からないので何を伝えたいのやら。肩から膝の上に乗せ換えて頭を撫でると、目を細めて何度か足踏みして身体を縮めて丸くなった。暫く寝るつもりのようだった。
「その前にナイは馬に乗れるのか?」
揶揄いを含んだ声色でジークが問いかけてくる。エルとジョセなら訓練しなくても問題なさそうだけれど。どうなのだろうか。二人は騎士として訓練していた筈だから、問題なく乗りこなすことが出来るだろうけれど。
「乗ったことない……」
「乗せてあげるよ。ナイなら前に座れば大丈夫。エルとジョセなら大人しいし言葉が通じるから大丈夫」
リンがえへへと笑いながら言ってくれたけれど、子ども扱いじゃないかなあ。せめてリンの背中側に乗って横乗りさせて下さい。
「――と、そろそろ着くな。降りる準備を」
騎士と聖女としてちゃんとしろよ、という事なのだろう。ジークが窓の外をみつつ御者さんの方へ顔を向けた。
「うん」
「ん」
リンと私がジークの言葉に返事をしていそいそと服を整えたり、リンがジークに声を掛けて『兄さん、私がナイのエスコートをする』と打ち合わせをしたり。
相変わらずリンは私のエスコート役をしたがる。そんなにしたいものなのか疑問だけれど、普通は女の子ならエスコートされる方が良いのでは。でも、リンは同年代の女性より背が高いし様になっているから問題はない。それに知らない人にエスコートされるより、リンやジークが担ってくれる方が気が楽だ。
「ナイ、カルヴァイン殿が外で待ってくれているそうだ」
「あ、気を使わせたみたいだね……。教えてくれてありがとうジーク」
「気にするな。――そわそわしているから、早めに行ってやれ」
なんだかその姿が簡単に目に浮かんでしまうのだけれど。ジークに苦笑いしながら返事代わりに頷いておいた。馬車がゆっくりと止まって暫く、先にジークとリンが降り、打ち合わせ通りに彼女が私のエスコートを担ってくれた。
「ありがとう、リン」
「どういたしまして」
私たちを少し後ろで眺めていたジークは苦笑なのか呆れているのかよく分からない顔で見守っている。ぱたぱたと小走りで駆け寄って来る人の気配を感じて、そちらへと顔を向けるとアウグストさまが尻尾を振りながらこちらへと来た。
「聖女さま、ようこそいらっしゃいました!」
立ち止まって息を整えて背を張って声を出した彼に、聖女としての礼を執ってから口を開く。
「アウグストさま、本日はよろしくお願いします。――何も知らぬ不調法者故、お手を煩わせてしまうこと先に詫びさせて頂きます」
念の為に軽く何をやるか聞いてはいるものの、不安は不安だった。まあ私が信徒になったことは王都の人たちに少しずつ広まっているようだし、失敗しても生暖かく見守ってくれるだろう。
「大丈夫ですよ。以前にも申しましたが礼拝は信徒でなくとも参加できますし、基本的には座って拝聴して頂ければ問題ありません。あとは司会者や神父さまに従っていれば良いだけですので」
さあ参りましょうとアウグストさまが先導してくれるので、その後に続く。私に付いている護衛の人たちの数が多いので、流石に全員を教会へ配置する訳にはいかないと、聖堂へ入るのはジークとリンのみ。残りの方たちは教会周辺の警備警戒にあたる。
礼拝の時間までにはまだ少し早く、人はまばら。初回ということで早めに入って、最後方の席へ座した方が良いだろうとみんなで話し合っていた。警備の問題やらあるし、入口の大扉とは離れているので早々妙な事にはならないはずだ。
「ナイちゃん、こちらへ」
「ナイさんが礼拝へ訪れてくれる日がくるだなんて……」
教会の中へ入ると入口すぐの場所でシスター・ジルとシスター・リズも出迎えてくれた。何故かシスター・リズが感動している。目を隠してあるので表情が読み取り辛いが、なんとなく彼女の雰囲気で分かってしまった。
『ナイさん、よろしければ礼拝に赴いてみませんか? 皆さんの信仰に触れてみるのも良い機会なのかもしれませんよ』
かなり昔、といっても私が聖女になったばかりの頃だ。シスター・リズが無信心な私になにか思うことがあったのかそう告げたことがあった。
『あ、いえ。聖女として学びたいことがまだまだありますし、興味もないことに足を突っ込んでも時間が勿体ないのでまたの機会に』
とか何とか言って断った記憶が微かに残っている。ごめんなさい、シスター。聖女としてちゃんと働いてお金を稼げるのか不安だった頃だから、気遣い出来る返しが出来ていなかった。
本当に申し訳ないと心の中で……いや、ちゃんと謝っておいた方が良いか。さっきジークに気持ちはちゃんと伝えなければ届かないって言った所だ。
「シスター・リズ」
「どうしました、ナイさん?」
私の声で何かを感じ取ったのか居住まいを正すシスター・リズ。シスター・ジルは面白そうな顔を浮かべてるので、何か感付いたみたい。ふうと深く息を吐いて、空気を少し取り込んでから口を開いた。
「妙な事を口走るかと思いますが……以前シスターに礼拝に参加してはと問われて凄く失礼な断り方をしたと思い出しまして……」
「あら、覚えていたのですね」
やはり覚えていたのか。本当に申し訳ないとただただ平謝りするしかない。
「覚えていたというよりも、思い出したと言った方が正しいと思います。――あの時は余裕がなくて酷い言い方になってしまいました。ごめんなさい」
聖女としてではなく、九十度に腰を曲げて頭を下げた。もう少し断り方というものがあったよなあと、仕切りに反省するばかりである。
「おや」
「まあ」
ゆっくりと頭を上げるとシスター・ジルは目を見開き、シスター・リズは口元に手を当てて何かを考えている様子。いや、そんなに驚かなくともと言いたくなるけれど、黙っておく方がいいのかなあ。どうしたものかと思案しているとシスター・リズが私の頬に手を置いた。
「思い出してくれたなら覚えていたと同義でしょう。すげなく断られてしまい少々気落ちはしましたが、あの時の貴女が必死だったことも理解しております」
ですので神の教えはこれから学んでいけば良いではありませんかと、シスター・リズが優しい口調で諭してくれる。それは……ちょっと嫌かもしれないとは口に出来ず、覚えるだけなら勉強がてらに良いのかと思案する。
「ナイちゃん。あまりよろしくないことを考えていませんかぁ?」
クレイジーシスターこと、シスター・ジルに内心を読まれて焦るが、とりあえず表面上だけでも取り繕ってにっこりと笑い返し。
「いえ、これから真面目に礼拝を受けなければと考えていただけですよ」
うーん、私が神の教えを理解できる日が来るのだろうか。仮に理解した日がくるとすれば、それってこの世の終わりとか言われるタイミングなんじゃないのかと考えてしまう私だった。
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