第311話:礼拝日の朝。

 ――朝。


 子爵邸の裏にある家庭菜園に植えたお芋さんの成長は順調だった。ただ何故か間引いても増えるという不思議現象を起こしている真っ最中だけれど。

 この不思議現象をお隣さんに相談すると、魔力による影響だから土壌が栄養不足になることはないし、連作問題も解決できる。魔力の影響を受けてお芋さんは、何かしらの特殊要素が付随されているだろう、と。

 魔力要素なんて、天馬さまが言っていた私の所為で子爵邸周辺の魔素量が多いくらいで、他になにかやったつもりはないのだけど。子供たちが一生懸命『大きくなあれ、美味しくなあれ』と祈って、その場に居た庭師の小父さまとサフィールと私が子供たちに呼ばれて一緒に声を上げただけ。祈ったつもりなんて全くないのに、なんでこんなことになるのだろうか。


 まあいいや、といろいろと放棄してジャングル状態のお芋さんを間引く為に子爵邸の家庭菜園へと赴いていた。適度に間隔が空くように、密集しているお芋さんの主茎を掴んで抜いていく。

 他の人が抜こうとすると男の人数人で顔を真っ赤にさせながら抜かなきゃならないが、何故か不思議なことに子供たちや私ならばすっと抜けるのである。

 本当に何でこんなことにと頭を抱えそうになるけれど、全て『まあいいや』で流すことにした。魔力なんて不思議なものがある世界で『聖樹』『妖精』『亜人』とかが平気であるのだから、悩むだけ無駄である。目の前にある事実を呑み込んで、日々を過ごしていくのみ。ただ幽霊だけは本気でノーサンキュー。一生出くわさないままで死にたい所。

 

 『私の分も食べなさい、ジョセ』


 『エル。ありがとうございます』


 間引きの為に抜いたお芋さんを葉や茎の部分まで残さず食べてくれるエルとジョセ。お腹にいる赤ちゃんの為にもエルはジョセに食べて欲しいようで、お芋さんを器用に口で咥えジョセの足元へ置き、それを彼女がむしゃむしゃと齧り始めた。

 二頭が食べきれない分は子爵邸で管理している馬車のお馬さんへ回っているのだけれど、厩の世話人さんが驚いていた。最近、筋肉がしっかりしてきており御者の方も、馬車を引く力が強くなっている上に持久力も上がっているらしい。馬車には何度も乗っているというのに、変化なんてさっぱり分からない。ただ一番馬に精通している人たちがそう言っているのだから、本当なのだろう。

 

 これ、人間が食べるとどうなるのだろう。収穫したら子供たちとふかし芋にバターを乗せたり、薄切りにして揚げて塩を振って食べようと考えていたのだけれど。子供に影響があるのなら考えないと。子供なのに筋肉マッチョとか笑えない。


 『聖女さま。頂いてばかりでは申し訳ないので、子供たちの所にでも行って参ります』

 

 『私も行きます。あまり動かないのも問題ですので』


 二頭が顔を寄せて来るので、手を添えてなでなでする。気持ち良いのか目を細め暫くすると顔を離す。私の護衛に就いていたリンにも、エルとジョセは挨拶替わりに顔を寄せて撫でて貰っている。

 穏やかな顔で二頭の顔を撫でているリンと気持ちよさそうにしているエルとジョセ。ジークは屋敷で野暮用を済ませているので、この場には居ない。

 

 「よろしくお願いします」


 二頭が仲良く歩いて騎士さまや軍の方たちが居る建屋へと向かう。建屋内に併設されている託児所の子供たちにエルとジョセは人気だった。優しくて紳士だし言葉も交わせるので、子供心を刺激しているようだ。

 託児所へ子供を預けている親御さんの話を聞くと、家に帰って『お馬さんとたくさんお話したよっ!』と嬉しそうに今日一日の出来事を教えてくれるそうだ。お昼ご飯の話や文字の読み書きをしたこと、読み聞かせの時に聞いた童話の内容などを楽しそうに聞かせてくれると聞いた。どうにか形にはなっているかなとホッとするけれど、これから王都にも展開していくつもりだし、まだまだ出来ることを見つけないと。


 エルとジョセは『居候の身は辛いので何かお仕事を』とよく言っている。馬車を引きましょうかとか背中に乗りますかと提案してくれるのだけれど、これで子爵邸の外に出ると王都が大騒ぎとなってしまう。

 彼らが子爵邸に初めて来た時だって、プチ騒ぎが起こっていたそうで、王家が『天馬は黒髪の聖女の屋敷へ向かっただけ』と発表して騒ぎが収まったそうだ。しかも何故か『ああ、黒髪の聖女さまなら納得だ』と王都の皆さんが言っていたそうで。

 なんでやねん! と突っ込みを入れたくなるけれど、私は竜を従えることが出来ると思われていることを忘れていた。もうこれ王都の皆さまは、なにが来ても驚かれないんじゃなかろうかと頭の中をよぎる。竜以外で王都を訪れて驚かれるような存在って何かあったかなあと思考を巡らせた。


 ――何も思いつかない……。


 まあこれ以上騒がせても問題だし、平和が一番。今までが忙しすぎただけだから、これからは平和平和と心で念じる。


 「ナイ、そろそろ時間だぞ」


 じゃりと土を踏みしめる音が聞こえると同時にジークの声が耳に届く。それに反応して私とリンは彼の方へ身体を向けた。既にジークは教会騎士服に身を包んで、お出かけする準備は整っているようだった。


 「ジーク、ありがとう。――リン、行こうか」


 以前ならば平民服からぱぱっと自分で聖女の服を着込めば、ものの十分で出掛ける用意なんて出来ていたのだけれど、お貴族さまとなってからは侍女さんの手を借りる為ちょっとばかり時間が掛かる。

 手を掛けても元がアレなのであまり代わり映えしないのだけれど、侍女さんたち曰く『他の方に舐められてはなりません』とか『本当はもっと手を掛けたいのですが……』と言われる始末。これは黙って彼女たちに従っておいた方が吉と、素直に言いなりになっている。聖女なので宝石類を身に着けなくとも許されるのが唯一の救いだった。


 「うん。教会の礼拝だよね。どんなものなのか少し楽しみ」

 

 「そうなの? 意外だなあ、リンが興味持つなんて。――護衛の選出お疲れさま」


 どうやらリンは教会の礼拝に興味があるらしく、珍しくソレが顔に出ていた。意外だなあと思いつつ、ジークには護衛選出をお願いしていたのでお礼を伝える。ソフィーアさまとセレスティアさまは今日は子爵邸での仕事はお休みなので、家でゆっくりしている筈だ。


 私は昨日お休みだったので、子爵邸でダラダラ過ごしていた。いつもより少し遅く起きてご飯を取り、お昼までゴロゴロしていたら飽きてしまい、何かやることはないかと家宰さまに問いかけると馬鹿な事を言わないで下さいと窘められたけれど。仕方ないのでサフィールの所へ行き、子供たちと一緒に遊んでいた。サフィールも呆れ顔で休みの意味がないよねと言われたのだが、暇なのだから仕方ない。


 「気にするな、これも仕事だ」


 ジークがふっと笑って、三人一緒に歩を進め始めた。屋敷までは直ぐなので時間は掛からない。彼が呼びに来てくれたというならば、お出かけの際に付く護衛の人たちの準備や侍女さんたちの着替えの準備も整ったのだろう。


 「そうだけど、気持ちはちゃんと口にしないと届かない、なんて言うしね。あと、何かあるならちゃんと教えてね」


 伝えておいた方が良いことは、ちゃんと口にしないと。こんなことで仲違いなんて嫌だ。小さいことからストレスを溜めて溜めて溜め込んで爆発なんてこともありそうだし。ジークとリンは双子故に似ている所為か、不満とかを言わないからこうして聞きだしたりしないと。

 

 「大丈夫だ。お前が口にしなくともちゃんと伝わっているさ」 

 

 「うん。それにナイは顔に出てるから分かりやすい」


 なんだか前にも誰かに言われたような気もするし、ジークとリンに言われていた気もする。


 「え……そんなに出てる?」


 いや、そんなに顔に出しているつもりはないのだけれど。お貴族さま教育でポーカーフェイスを学ばなきゃいけないのかなあ。これからいろいろとあるだろうし、そのスキルを持っていた方が便利なのかもしれない。


 「……まあ、な」


 「うん」


 ジークが少し困ったような顔を浮かべ、リンがくすくすと笑ってる。二人やクレイグとサフィールに丸わかりなのは問題ないし、感情がバレバレでも何とも思わないけれど、他の人にバレバレなのは少々恥ずかしい。

 邸内の主室へと足を運ぶとジークは部屋前で待機、リンは着替えに自室へ行った。うーんとどうすれば表情筋が暴れないのかと考えつつ、着替えを侍女さんたちにお任せする。


 「どうしましたか、お館さま?」


 子爵邸で働く人たちには私の呼び方は自由で構わないと告げてある。なので『聖女さま』『ご主人さま』『お館さま』辺りが殆ど。名前で呼んでくれるのは特定の一部の人だけ。


 「私って感情が顔に出やすいらしくて。そんなに出ていますかね?」


 屋敷の中なので一人称は『わたくし』を使わない。あれは聖女の時のみに用いる。なんとなく使い分けていたのだけれど癖みたいなものだし、聖女として私人としての切り替えに便利だった。


 「そうですね。――お食事の際などは顕著でしょうか」


 割と身の回りの世話を焼いてくれる人が今日の担当だったので、気になって聞いてみた。ご飯の時も顔に出ていたらしい。そんなつもりは全くなかったのだけれど、子爵邸の料理人さんたちが作るご飯美味しいからしかたない。


 「そんな気は全くなかったのですが……」


 「良いではありませんか。料理長や料理人たちは喜んでおりますから。ほら、今も表情に出ておりますよ」


 「む」


 きりりと顔を作ると、くすくすと侍女さんたちが笑いつつ着付けを済ませてくれた。どうやら顔に出過ぎているらしい。頑張ってポーカーフェイスを習得せねばと心に誓い、着替えを終え邸の馬車止まりへとみんなで行き、礼拝に参加する為馬車へと乗り込むのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る