第310話:すっとぼけ。

 ――聖女さまが枢機卿の座に就くのは如何?


 私が座っている正面の席へ腰掛ける枢機卿さま二人の内、一人が至極真面目な顔をしてそう口にした。私に対して言っていることは丸わかりなので『え』と困惑の声が、自分の口から漏れたことが分かってしまった。


 「とても素敵な発案ですね。――聖女さま方の中から選出し枢機卿さまの座に就けば、王国と教会と聖女の繋がりが強化されるかと。ああ、信徒ではない国側の方を据えるのもアリかもしれません」


 すっとぼけた、全力で。聖女はアルバトロス王国の教会に大勢所属している。平民の方からお貴族さま出身の方まで、いろいろだ。枢機卿さまは『黒髪の聖女』と限定しなかった。黒髪の聖女はアルバトロス王国で今現在私しか居ないが、聖女となれば沢山居る。


 「い、いえ、そうでは……――」


 困惑しつつ何か言おうとする枢機卿さまの声に被せようと言葉を発する。


 「――城の魔力補填や討伐遠征の派遣代金の交渉も随時必要でしょうし、平民出身の方が就けば王都や他領の方々の声も拾い上げやすくなりましょう」


 ちゃんと務めてくれるのであれば男性でも女性でも、お貴族さまでも平民でも良いだろう。問題があったり、能力が足りなければ首を挿げ替えればいいだけ。アルバトロス王国の教会内部の事だから、割と好き勝手出来そうだし。


 「せ、聖女さま」


 「男性三人に女性二人となれば、男女比もほど良い加減です。教会外の方を招くのも一つの方法かも知れませんね」


 外部から人を雇うのもアリかもしれない。宗教家以外の視点で何か良いことを思いつく可能性だってあるのだし。前例に拘るのも理解できるけれど、拘り過ぎて結局同じような人事になることだけは避けたい所。


 「流石は枢機卿さま。お二方の素晴らしいお考えはこれからの教会に必要なものでありましょう」


 適当に枢機卿さまをベタ褒めしておこう。お願いだから、私を祀り上げようとしないで。それをやるなら他の方でお願いします。

 もしくは他の方法で枢機卿さまを選出して下さい。アルバトロス王国内の全教徒から投票制で選出とか、方法ならば考えれば考えるだけ出てくるだろう。助言を求められれば考えて答えるけれど、安易に私を教会トップの座に就かせようとするのだけは止めて欲しい。


 「……」


 「…………」


 私の勢いに押され枢機卿さま方は、これ以上言葉を紡ぐことはなかった。どうにか枢機卿の椅子に座らなくて済んだと安堵する。だってこれ以上なにか背負うとなったら、過労死しそう。ソフィーアさまが絶妙な配分で仕事の予定を組んでくれるので、倒れることはなかったけれど。


 少し前に彼女から、これ以上仕事を増やすなと言われていたし。領地運営も考えていかなきゃいけないし、子爵邸の運営にアクロアイトさまや天馬さまの世話、他にも学院にも通わなきゃだし、城の魔力補填。個人的に家庭菜園も始めたからちゃんとお世話をしないと、庭師の小父さまに丸投げになってしまう。


 「では本日はこれで失礼致します。――シスター・リズ、使いを寄越すので申し訳ありませんが日程調整をよろしくお願いします」


 これ以上余計な事を言われないようにと、逃げるように席を立って退室を告げた。


 「承りました」


 私の言葉にシスター・リズがしずしずと深く頭を下げた。


 「聖女さまっ!」


 「はい?」


 無茶振りくん、アウグストさまが突然声を上げ私を呼んだので返事をした。


 「次の礼拝にはおいでくださいますか!?」


 学院が休みの日なので予定調整が簡単だったので、参加するつもりだった。


 「はい、もちろん。その時はいろいろとご教授よろしくお願いいたします、アウグストさま」


 見ていれば分かると言われたものの、見ているだけじゃ分からないので解説役が欲しかったので丁度良いかとお願いしてみる。


 「分かりました。責任をもって聖女さまに手解きいたしましょう!」


 きりりと締まった顔をしたアウグストさまが、確りと約束してくれた。そんな彼に私は笑みを作って、小さく頭を下げる。

 礼拝がどんなものか全く知らないけれど、手解きがあるならば大丈夫だろう。ぽかーんとしている枢機卿さまと凄く気合の入っているアウグストさま。他、教会の面々も私が突然話を切り上げたことに驚いた顔を見せ、クレイジーシスターことシスター・ジルと盲目のシスターことシスター・リズが面白そうに笑ってる。

 

それでは失礼いたしますと告げて部屋から出て行く私たち。


 「いいのか?」


 部屋を出て歩いていると私の背後を歩いているソフィーアさまが声を掛けてきた。


 「このまま居座っていると、数時間後には枢機卿さまになっていそうなので逃げます」


 彼女の顔は伺えないけれど私の言葉にきょとんとしたような雰囲気を感じていると、ソフィーアさまの隣を歩いているセレスティアさまが愉快そうに小さく笑って。


 「賢明ですわね」


 鉄扇を広げて口元を隠した……と思う。


 「だな。これ以上ナイの仕事が増えると、予定調整も大変だ」


 いろいろとやるべきことが増えたのでソフィーアさまも苦労しているようだし、ちょっと遠慮願いたいのだ。教会に入ったのは名義貸しみたいなものだったし。


 「ええ。他にもやるべきことがありますから、自身のことを優先する方が良いでしょう」


 セレスティアさまがそう言って、ぱちんと鉄扇を閉じる音を聞いた。ソフィーアさまとセレスティアさまはお貴族さまなので、教会よりも国に貢献することを優先させたいのだろう。

 一応私もお貴族さまになったので、優先すべきは国の方。有事の際には駆り出されそうだけれど、アルバトロスは引き篭もりで有名だから早々ないはずである。


 仮定の話は置いておき。


 近々にやらなきゃいけないことは、賜った男爵領の視察くらいか。あとは学生らしく学院へ通って勉強を真面目に学ぶこと。そのついでに教会の立て直しやお城の魔術陣への魔力補填、子爵家のことに畑のことをボチボチとこなしていけば良いだろうと、屋敷に戻る為に馬車へと乗り込むのだった。

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