第309話:誰が座す。
アリアさまと別れて教会の事務棟へと向かい、応接室へと案内された。部屋の中にはアウグストさまに枢機卿さまお二人と事務方のお偉いさんたちに、神父さま数名と何故かシスター・ジルとシスター・リズの姿が。壁際に控えているあたり傍聴希望でも出したのだろう。
教会のこれからを考える席だから人数が多くなっても問題はないし、逆に密室で隠し事をするようなことにはしたくない。なので現場で活動する神父さまやシスター二人の参加は丁度良いだろうと、前を向く。
「聖女さま、この度は教会信徒となって頂いたこと、真に感謝致します」
枢機卿さまやアウグストさまに教会メンバーが深々と頭を下げた。
「皆さま、顔をお上げ下さい。――この度わたくしが教会へ入った理由は以前申した通り、教会立て直しの為にご助力出来れば良いという単純なものです」
「それでも我々は救われておりますので」
「大きな期待を向けられても出来ることは今まで通り、聖女としての活動だけです」
「十分でございましょう。黒髪の聖女さまともなれば、一挙手一投足が王都や王国の民から注目されているのです」
今回の治癒院に私が参加したことで、教会信徒になったことは王都の皆さまが知ることとなる。ロザリオもどきは教会信徒しか持たないものだから、首から下げていれば当然だ。確かに治癒を施す際に、私の胸元を凝視していた人は多くいた。
教会の信徒であろうとなかろうと、聖女にはなれる。単純に教会預かりとなるだけで、信徒という訳でもない適当っぷり。今まで一度も入信しろと言われたことがないのが不思議になるくらいだ。
「あの、教会の教えや礼拝の仕方が全く分からないのですが、誰かに手解きを受けられますか?」
偶には礼拝に参加して信者であることをアピールしなければと考えている。教会宿舎で暮らしていたけれど、聖女としての活動しか行っていなかったからその辺りは、教会信徒の子供より無知だった。教典も読んだことはないし、教会宿舎で共用品として食堂に置かれていたけれど、最後まで手に取ることはなかった。
「もちろんでございます。直ぐに手配いたしましょう」
「よろしくお願いします。あともう一つ個人的なお願いがありまして……」
「おや、どう致しましたかな?」
「私の魔力制御が甘く漏れ出ているようなのですが、もう一度シスター・リズに教えを乞うことは可能でしょうか?」
副団長さまでも良いけれど魔術師団副団長としての仕事もあるし、天馬さまたちの研究と言って子爵邸に出入りもしており、最近忙しそうなんだよね。学院で魔術の特別講師を務めると言っていたので、その時にお世話になるだろうし、別ルートでも教えを乞うのは悪いことではなさそうだ。
二人に師事を乞うと教え方が違ったり、理念が違うかも知れないが、相性もありそうだから無駄になることはないような。私の魔力量が多いと知り教会上層部が現場に即出られるようにと、即席で魔術を叩き込まれた事情もあるから、もう一度師事し直すのも良い機会。
防御や治癒系の魔術だけだと自身や周りの身を守れないと抗議してくれたのは、現場に居た神父さまやシスターたちだった。ただ彼ら彼女らに上層部に抗うだけの力がなく、悔やんでいた所も知っている。
「あら」
小さくシスター・リズが声を漏らした。目が見えないと言うのに確りと私の方を向いて、こくりと頷いた。
「それは構いませんが、聖女さまはお忙しいのでは?」
学院に通いつつ賜った領地の事を考えなきゃいけないし、教会のことも見捨てられない。子爵邸も切り盛りしなきゃならないし本当に忙しくはある。ただ私をお館さまやご主人さまと呼び、慕って敬ってくれる人たちがいること。ジークやリンにサフィールとクレイグたちも居る。託児所で預かっている子供たちは勿論、子爵邸の警備を担ってくれている人たち、亜人連合国の方々に天馬さま。
私の肩にいろんなものが乗っかってしまったので、止まる訳にはいかないよねえ。まあ、たまに適度な休みを下さいと言いたくなる状況ではあるけれど。若いし体力はある方で、精神的に弱っている訳じゃないからまだ走れる。
「あまり時間は取れませんが、少しでも改善したいと考えておりますので無駄にはならないかと」
「シスター・リズ。時間は取れそうかな?」
「もちろんでございます。黒髪の聖女さまに教えを施すなど、名誉、喜んでお受けいたします」
盲目のシスターもといシスター・リズは割と手厳しい人である。出来ないと容赦ない言葉が飛んで来るけれど、正論だし間違っていないから反論が出来ないという。まあ、四年前に戻っただけだなあと苦笑いしつつシスターから視線を外して前を向く。
「あとは礼拝ですが、そちらに関しては参加されることが一番の早道かと」
礼拝は小難しく考える必要はなさそうかな。取りあえず時間が合う所に予定を組み込んでもらえば良いか。
「ありがとうございます。――空いた枢機卿さまの席には誰が着くのでしょうか」
アルバトロス王国教会の枢機卿さまの空席は三つ。一つはアウグストさまが担うとして、残りの二席には誰が座すのだろうか。適任者が居るのならばその人に担って頂ければ良いが、高位聖職者にそんな人は居なさそうな雰囲気。
「まだ適任者が見つかっておらず、難儀しております」
「高位の聖職者の方に拘らなくとも事務の方や神父さまシスターたちから選出されても良いのでは?」
無茶振りくん、もといアウグストさまも生え抜きで枢機卿さまの座に就くのだし、無茶な話ではないと思うけれど。あと下の意見をくみ取り易くなりそうだし、悪い事ではないけれど。あと一般の信徒の人たちも、話しかけやすいだろう。
「確かに良い事ではありますが……」
枢機卿さまは渋い顔になって、言葉を詰まらせる。何か問題があるとすれば、ルールを変えれば良いだけだしお試し運用だって出来るのだからそう堅く考えずとも良いような。真面目な人たちが多いので掟やルールを変えることに抵抗感が沸くのかもしれない。
「問題があるのですか?」
「女性の枢機卿は前例がありませんし、位の低い神職が枢機卿の座に就いたことはなく」
あら、危惧していたことそのままを枢機卿さまは告げた。
「仮運用するのは如何でしょう? 前例のない事態に陥っているのですから、前例に囚われる必要はないかと」
枢機卿さま二人が考える素振りを見せて、二人で顔を見合わせて確りと頷き私を見据える。
「では、聖女さまが枢機卿の座に就くというのは如何でございましょう?」
「――え?」
なんでそうなるのでしょうか、という言葉は驚きのあまりに私の口から出ることはなかった。
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