第308話:シスターズ。

 治癒院が開かれており、既存の人数では捌くことが大変そうだったので助勢してたら、王都の皆さまに私が入信した理由を問われ。先の一件で教会から遠ざかる人が多いと聞いたので、客寄せパンダくらいにはなれるだろうと軽い気持ちで入った訳だけれど。


「ありがとうございます、聖女さま」

 

 今しがた治癒を施したお婆さんにありがたやありがたやと教会の印を切って拝まれた。即身仏じゃないから、拝んでも効果はきっとないよと苦笑い。以前からままあることなのであまり気にしてはいないけど、私を拝むなら教会にある神さまの像を拝めば良いのに。

 

 「いえ。ただ無理はせず痛みを我慢してはいけません。治らなければわたくしの名前を出して下さい。今日開かれた治癒院で術を掛けてもらっても治らなかったと教会へ申し出れば良いので」


 そうすればもう一度治癒魔術を受けられる、といつも言っている台詞をお婆さんにも告げる。老齢の方って我慢する人が多いので気を払っておくに越したことがない。あと治らなかったのは年齢の所為だと考える人も居るからなあ。確かに年齢に起因することもあるのだろうけれど、痛みはないに越したことはない。


 「終わったかな。ジーク、リン、お疲れさま」


 アクロアイトさまもお疲れさまという意味合いを込めて、右手で頭を一撫ですると小さく一鳴きした。


 「ああ」


 「うん」


 お婆さんを最後に椅子から立ち上がると、教会の中に居る人が随分と減っていた。お手伝いにクレイジーシスターと盲目のシスターも駆り出されていたようで、聖堂の片隅で私に気付き軽く頭を下げられたので答礼しておく。


 「ナイさま?」


 聞き覚えのある声が聞こえて、そちらへ顔を向けるとアリアさまの姿が。聖女の格好をしているので、どうやら治癒院に参加していたようだ。


 「アリアさま。アリアさまも治癒院に参加なされていたのですか?」

 

 分かってはいても聞いてしまうのは人間の性なのか。私の姿を見て綺麗に笑ったアリアさまが、口を開いた。


 「はいっ! まだまだ学ぶことが多くて大変ですが、誰かのお役に立つならと思って志願したんです!」


 「そうでしたか」


 慣れないことだから大変だろうし、魔力も消耗している筈なのに元気なアリアさま。


 「ナイさまは? 最初の説明の時にお姿を見かけませんでしたから」


 若いなあと苦笑いを浮かべていると、彼女も気になったのかどうして治癒院に参加しているのかと私に問いかける。


 「教会の今後をどうするのか聞きたくなってお邪魔したのですが、丁度治癒院が開かれていたのと来院者が多かったので急遽参戦させて頂きました」


 「そうだったのですか。予定されていた時間より早く終わったのはナイさまのお陰かもしれませんね!」


 「いえ、みなさんが手際よく動いて下さったからですよ」


 誘導とか順番を決めるのも大変だからなあ。あと病気や怪我の種類を見極めて、適切な聖女さまを見極めるのもシスターや神父さまに教会関係者の腕の見せ所。おそらくクレイジーシスターと盲目のシスターも誘導員や簡単な問診を先にして、症状を聖女さまたちに伝えていたのだろう。

 結構大変な仕事だったりするし、時折妙な人も混ざっていたりするので大変だ。ま、そういう時は教会騎士さまの出番。問答無用で聖堂から追い出される上に出入り禁止となるから、普通の思考回路の人ならまずやらないけれど。


 「以前にも何度か参加させて頂きましたが、今日が一番みなさんがキビキビ動いていた気がします」


 教会もやらかしちゃっているから、信徒の皆さまの心が離れていくのは見過ごせない。だから必死になっているんだろう。私も王都の皆さまを騒がせてしまった原因なので、助力はするつもりだけれど……。


 ――教会改革って何をすればいいのやら。


 宗教にのめり込む質ではないから、熱心な信徒の方の心の内まで知ることは出来ない。難しいねえと目を細める。


 「ナイちゃん」


 「ナイさん」


 クレイジーシスターと盲目のシスターに声を掛けられた。聖女と呼ばず名前で呼ばれたので私用なのだろう。アリアさまに『ちょっとだけ待って下さいね』と視線で送ると、こくりと小さく頷いてくれた。


 「どうしました?」


 「ナイちゃんこそ、どうされたのですか? 教会へ来る予定はなかったと記憶しておりますが」


 クレイジーシスターが首を傾げながら問いかけてきた。訪れた理由なんて単純なものなので、素直に答える。


 「今後の話や詰めておきたいことがあって、寄ってみただけです」


 「なるほど。――……ところでそちらの聖女さまをご紹介頂いてもよろしいでしょうか?」


 あれ、アリアさまとシスターたちって自己紹介を済ませていなかったのだろうか。なるほど、の後は少し声が小さくなっているし。リーム王国へ向かう際に一緒になったから、もう済ませているとばかり。

 アリアさまは不思議そうな顔をしているけれど、男爵家のご令嬢なので勝手にシスターたちが声を掛ける訳にはいかないか。やはりお貴族さまのルールは面倒だよなあと苦笑しつつ、アリアさまの方を向く。


 「アリアさま、少しよろしいでしょうか」


 「はい?」


 「シスターをご紹介したいのですが、構いませんか?」


 「もちろんです! 私からお声掛けすべきでしたが、機会を失ってしまって……」

 

 まあ、シスター二人は独特の雰囲気があるものねえ。クレイジーシスターは始終笑みを絶やさないし、盲目のシスターは目が見えないというのに割と自由に行動しているし。

 お貴族さまの女性たちに負けないくらい美人で、顔の造形がかなり整っている。盲目のシスターはお貴族さま出身だから分かるとして、クレイジーシスターは確か平民出身だったはずだ。


 「ジルと申します。以後お見知りおきを」


 確かクレイジーシスターの名前はジュリアと言ったはず。教会のシスターたちは俗世を捨てていると言って、聖職者の道へ入った時に神父さまに付けて頂いた名前を名乗る。


 「リズと申します。聖女さまのご活躍耳にしております」


 で、盲目のシスターがエリザベスだったかな。短縮した名前を聞いているので、シスター・ジルとシスター・リズで定着してしまっている。他の教会の人たちもそう呼ぶ人が殆どで、ちゃんとした名前を知る人は少ないかも。


 「アリア・フライハイトと申します。シスターさま方とはリーム王国へ赴いた際にご挨拶をするべきでしたが、遅れてしまい申し訳ありません」


 シスター二人の独特さに気圧されず、きちんと挨拶をしている所をみるにアリアさまってメンタル強い気がする。シスター・ジルとシスター・リズには散々お世話になったこともあるし、迷惑を掛けたこともあるから余り頭が上がらない。


 「いえ、お気になさらず。これから良くお会いするでしょうし、よろしくお願いいたします、聖女アリアさま」


 「このような目ですのでご迷惑を掛けるかもしれませんが、私もシスター・ジル同様よろしくお願いします。聖女アリアさま」


 順調に挨拶を交わして、アリアさまが満面の笑みを浮かべる。聖女として活動を活発にするなら、シスターや神父さまたちと仲良くなっておいた方が得だ。


 「はいっ! 聖女として慣れないことが沢山あるので、ご迷惑を掛けることがあるかもしれませんが、よろしくお願いしますね!」


 純粋に交友の幅が広がったことに対して喜んでいるアリアさま。彼女の笑顔が眩しいなあと、擦れてしまっている私は遠い目になるのだった。

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