第307話:治癒院。

 竜騎兵隊の現状を視察した後に教会へと赴くと、治癒院が開かれていた。現場に居る聖女さまや治癒を施せるシスターと神父さまでは並んでいる人数を捌けそうにない。治癒院に参加している忙しそうなアウグストさまを偶然に見つけて、声を掛けた。


 「アウグストさま」


 「聖女さま、どうしてこちらへ?」


 確か今日は来訪の予定はなかったはずではと驚いた顔をされた。私が教会に足を向けた理由は盲目のシスターに魔力制御のコツでも聞いてみようと思い至っただけで、特に深い理由はない。


 「お忙しい所にお声掛けをして申し訳ありません。治癒院が開催されているとは露知らず、気軽に教会へ赴いただけなのですが」

 

 盲目のシスターに話があるし、教会の様子がどうなっているのか気になっていたから訪れてみたのだけれど随分と忙しそうだった。まあ、病院なんてものはないに等しいし、体調が悪かったり、病気に怪我なら教会の治癒院を頼るのが王都の人たち……アルバトロス王国に住む人たちの常識である。

 

 「大丈夫ですよ。教会はいつでも誰でも受け入れるのが信条です」


 少し疲れた様子でアウグストさまがそんなことを言った。真面目な彼だから信者の皆さまや患者の人たちを相手に頑張っていたのだろう。このまま放置して教会の事務棟に行くのは気が引けるし、手伝ってもバチは当たりはしないかと無茶振りくんに申し出る。


 「わたくしも聖女として教会信徒として参加させて頂いても良いでしょうか?」


 このまま放置して教会の事務棟に行くのは気が引けるし、手伝ってもバチは当たりはしないかと無茶振りくんに申し出る。


 「よ、よろしいのですかっ!?」


 「もちろんです。断る理由もありませんし、この状況を見るに時間が掛かります。待たせている方にもご迷惑が掛かりましょうし、人手は多い方が良いでしょうから」

 

 もっともらしい言葉を紡ぐと、アウグストさまが凄くキラキラさせた瞳を向けてくる。貴方はギャルゲのヒロインですかと問いたくなるくらいに、何故だか感動しているのだけれど。

 いや、大したことは言っていないし請求するものはきっちりと請求するからね。タダより怖いものはないっていうし、無料で治療したと噂が広がり困るのは私自身となるので、無料の治療は外では行わないことにしている。


 ――さあ、きびきび仕事をしますかねえ。


 少しばかり袖を上げて、一緒に付いてきているジークとリンに顔を向けると軽く頷いてくれた。アクロアイトさまは私の肩に乗って大人しくしているので問題はない。


 背の高い二人は私の護衛を務め周囲を警戒しながら、状態が酷い人が居れば報告がくるので優先的にその人を診る。

 で、私は目の前に居る人たちを手あたり次第に治療を施していくという寸法だ。ソフィーアさまとセレスティアさまを放ってしまうが、治癒魔術も使えないし高位貴族のご令嬢さまだ。一般人とのオーラが違い過ぎるので、裏に回って貰ってる。その代わりに教会の事務方といろいろと話を聞きだして貰って、今後の事を考えるつもり。


 「今日はどうされましたか?」


 調子の悪そうな男性に声を掛けると、私の顔を見てはっとした。一体何だと首を傾げたくなるけれど、今は治療に専念すべきである。


 「あ、あの黒髪の聖女さまとお見受けします」


 王都で黒髪の聖女は私しか居ないから間違うことはないのだけれど、念の為なのだろう。おずおずと言葉を口にした男性は私を見下ろす。身長差があるので仕方ないのだけれど、私の背もっと伸びてくれないかなあと願うが一向に伸びた試しがない。


 「はい。皆さまからは、そう呼ばれております」


 「教会信徒になられたのですか、何故……?」


 私の胸元に視線を向けて、ある一点に注がれていることに気付く。あ、そっか。教会信徒としての参加も兼ねているからロザリオもどきを首から下げているのだった。教会上層部にお金を使い込まれて怒っているという刷り込みがあるから、その質問は仕方ないといえよう。

 ただお金を使い込んだ人に怒っているだけで、教会に思う所は何もないけれど。まあ、もう少し管理をきっちりしてよと思う所もあるし、預けていたお金の管理がザルだった私も悪いけれど。


 「今回の件はわたくしを始めとした聖女さま方が教会へ預けていたお金を使い込んだ方々に愛想を尽かしただけのことです」


 「はあ……」


 あまりピンときていない様子で私の言葉を待っている男性。


 「わたくしが教会信徒となったのは、教会立て直しの為に助力できることが少しでもあるならと、洗礼を受けさせて頂いた次第です」

 

 「で、では聖女さまはもう怒っていらっしゃらないと?」


 あ、あれ? もしかして脅し過ぎたのかな。何だか私が畏怖の対象となっていないかな、コレ。それならいい機会なのかもしれない。私は既に教会や国に対して怒りを向けていないことが知れ渡れば、その方が良い事だろうし、陛下や教会の人たちも安堵するだろう。


 「そうですね。わたくしが怒りを向けているのは聖女さま方のお金を使い込んだ者のみと断言して良いでしょう」


 ん。許すまじは私たちのお金を使い込んだ人だけ。王都の人たちやアルバトロス王国や教会に怒っていない。

 むしろ国や教会が無くなると困るのは私の方だから、皆さま方には頑張って貰わないと。その分のしわ寄せが私にも寄せられている気もするが、気にしちゃ負けである。最近、図太くなってきたようなとも思うが、いろいろと起こり過ぎてメンタルが鈍くなってきているとも言う。


 「アルバトロス王国には忠誠を。教会には尊崇を捧げましょう」


 お貴族さまなのだからアルバトロス王国に忠誠を誓うのは何らおかしなことではない。教会が崇めている神さまを私は崇める気にはなれないけれど、目の前に存在する教会自体には尊ぶ気持ちはあるのだ。孤児から救い上げてくれたし、仲間内もみんな引き上げて貰ったし。


 ロザリオもどきに右手を添えてそんなことを口にすると、横で様子を見ていたアウグストさまが何故か泣きそうな顔で『聖女さま……』と感動してる。いや貴方が感動しているような綺麗さは持ち合わせていないし、単純に無くなると困るからという軽い考えからなのだけれどと、ちょっと引いてる。


 「聖女さま……」


 そして私の治癒魔術をこれから受けようとする男性も何故か感動している雰囲気だし。なんでこう妙な方向に解釈してしまうのだろうかと別の方向を見ると、枢機卿さま二人が立ち尽くしていた。

 もしかして今の会話を聞いていたのだろうかと疑問になるけれど、もうアウグストさまに聞かれているので関係ないかも。助力はするけれどメインで立て直さなきゃいけないのは、ちゃんとした信徒の人じゃなきゃいけないんだから、感動していないで頑張って欲しいものである。


 取りあえず、治癒を待っている人たちに術を施すべきかと、前を向き片っ端から症状や日常のことを聞き出しつつ術を掛けるのだった。

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