第306話:ワイバーン。

 ――竜騎兵隊。


 王城の魔術師団と騎士団の隊舎や関係設備がある区域の一角で、ワイバーンと騎士の方たちが訓練を行っていた。お城の魔力補填が終わった後に様子が気になって足を向けたのだけれど、どうやら上手くこなしている人と四苦八苦している人に別れている感じ。


 「痛ぇ!」

 

 一匹のワイバーンが背中に乗ろうとした騎士さまを振り落とす。どうやら気に入らなかったらしい。

 訓練の様子を見に来た私に気が付いて、ワイバーンのみなさまが私の下へとやって来ると、首を伸ばして顔を撫でろと無言の要求をされた。手を差し出して眼と鼻の間を撫でると、目を細める一匹のワイバーン。ジークやリンにも興味があるらしく、他のワイバーンが二人に同じことを求めていた。


 『アイツ嫌いっ!』


 「それはどうして?」


 『俺の扱いが乱暴だ』


 まだ若そうなワイバーンが私に文句を言ってきた。こうして意思疎通出来るはずなのだけれど、落とした騎士さまに文句を伝えているのだろうか。


 「乱暴って?」


 『俺を下にみているのも伝わるし、手綱捌きも雑なんだ。他の上手い騎士はちゃんと乗りこなしてるだろう?』


 ワイバーンの言葉に訓練中のワイバーンへ視線を向けると、確かに乗りこなしている騎士さまは居る。上手く手綱を捌いて、空中を自在に飛んでいる様子。手綱の右を引けば右へ旋回し、緩めると真っ直ぐ進み始めている。

 教会の枢機卿さまを捕まえに行く演出の為に急遽竜騎兵隊と名付け、即席訓練でどうにか騎乗と空中を飛ぶことが出来たあの時から随分と慣れたみたいで。相性があるのか上手くいかないペアはこうして振り落とされたり、指示を聞かなかったりと大変そうではあるが。


 「じゃあ雑じゃなければ問題がなくなるの?」


 『分からない。アイツ、見下してるのはハッキリと分かるし別の奴が良い……』


 どうにも相性が悪い様子で。仕方ないかとこの場に居る指揮官さまを見つけて声を掛けた。


 「聖女さま、如何なさいました?」


 周りの方よりも衣装が少し豪華だし、階級章も目立つものを付けているから合っているだろう。

 

 「この子に騎乗する騎士さまのことについてですが……」


 苦言を呈したワイバーンの子と一緒に指揮官さまの下へと行き、理由を告げると微妙な顔になった。


 「ああ、どうにも気が合わぬようですな。先程も振り落とされていましたし……」


 そろそろ別の人間に変えようと思案していたところですが、と顎に手を置いて思案顔の指揮官さま。

 

 「ええ。扱いが雑なことと、見下していることが伝わるみたいで」


 ね、と顔を上げるとワイバーンが顔を寄せてくる。どうやらワイバーンは人と言葉を交わすには、魔力量が高くないと無理らしい。そんな理由で竜騎騎兵隊の訓練にちょいちょい顔を出して、アドバイスを残していくのが私の役目。


 「やはり……では、騎手を変えてみましょう。あの者は竜に憧れているが故に彼らを舐めています」


 どうやら竜の下位種族となるワイバーンがあまり気に入らないそうだ。彼が乗りたいのは大型の竜種のようで。

 言葉を交わしながら自由自在に空を飛びたいらしい。代表さまに頼めば乗せてくれると思うけれど……うーん、ワイバーンを扱えない人に上位となる竜の方の背に乗る資格があるのかと考えると微妙だよねえ。

 

 『ありがと。助かる』


 「ううん。これも仕事の内だから大丈夫」


 そんなこんなで彼らの通訳もどきになっているし、体調管理やらも行っている訳だ。本当にやるべきことが増えているけれど、討伐遠征時みたいに命のやり取りをしていないので気は楽。誰かが死ぬ所なんてなるべく見たくないし。

 

 しかしまあ、アルバトロス王国が竜騎兵隊を率いることになるだなんて。それには理由がある訳だけれど。

 

 私が教会へ預けていたお金の使い込みが発覚する少し前に、代表さまからワイバーンを賜った。というよりも預かったと言う方が正しいだろうか。

 代表さま曰く、ワイバーンたちはご意見番さまの生まれ変わりが産まれたことで刺激を受け、竜種の方々と同様にベビーラッシュを迎えていると聞き。繁殖するならばご意見番さまが朽ちた辺境伯領で子育てをしたいそうなのだが、上位の竜種の方たちが先に占領してしまった。代わりの場所を探していると、一番いい場所があるではないかと思い付いたそうだ。


 それが私の側だった。タダで王国に住む訳にはいかないので、その対価としてワイバーンのみなさまが役に立てることがあれば使ってくれと言い残された。ワイバーンの皆さまに出来ることってなんだろうと考えた結果、空を飛ぶ宅配や荷運びに竜騎兵隊。

 民間で行うとなれば信用に足る人の伝手がないので、陛下に進言して王国で預かって頂くことになった。その対価として竜騎兵隊が発足した訳で。まあちょっとというか随分と苦労をしているようだけれど。


 なんでそんな結論に至るのだろうと頭を抱えるが、魔物や魔獣に亜人の方たちは魔素が濃い場所を好む性質がある。アルバトロス王国は大陸の中でも比較的魔素量が多いことと、私が無意識で魔力を放出しているが故に濃くなっているそうな。


 『人には感じ辛いかも知れんが、我々には分かり易い』

 

 代表さまの言葉にそうなのかと納得しつつ、きちんと魔力制御をしないとどんどんと私の身の回りの魔素量が高くなっていくんじゃないかと危惧している。ただ魔力量の多い生き物が完全に制御するのは難しいらしいと、エルフのお姉さんズとお婆さまに告げられている。

 悪影響を及ぼす訳ではないから良いんじゃないと気軽に言われてしまったが、何かしら引き起こしている気がするから、ちょっとでもマシになるようにしないと。副団長さまや盲目のシスターに教えを乞うとして、今はワイバーンの話である。

 

 ベビーラッシュを迎えているということで、雌のみなさまは王城の中に建てられている小屋で繁殖と子育てに励んでいる。

 雄のみなさまは先ほどの通り、騎士の方たちと訓練中。卵だった子たちも順調に孵っているし、代表さまへ報告すると嬉しそうな顔をしていた。生まれた子たちが亜人連合国へ戻るのか、アルバトロス王国で生活するのかは分からないが、新しい命が産まれたというなら喜ぶべきことだろう。


 「ぐえっ!」


 先程ワイバーンから振り落とされた騎士さまに別のワイバーンが宛がわれたのだけれど、また背中から振り落とされている所で。

 それを見て苦笑しつつ、彼が上手く乗りこなせる日が来るのだろうかと踵を返す。今後の話でも詰めておくべきかと教会へ立ち寄る。いつもより人が居るなあと眺めていると治癒院が開かれているのだった。

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