第303話:入信。

 教会信徒になると決意したその日、珍しく予定が空いていたので善は急げということで、無茶振りくんもといアウグスト・カルヴァインさまや子爵家の面々と一緒に教会に向かう。子爵邸の馬車へ一緒に乗り込んだ無茶振りくんは、凄く緊張している様子で。


 そりゃ、凄く美人なソフィーアさまとセレスティアさまが居るのだから思春期真っ只中の男の子ならこの緊張振りは仕方ないし、アクロアイトさまも一緒だ。余計に彼の心に負担が掛かっているのだろう。二学期初日に直訴をした勇気は何処へ行ったのやら。そっちの方が緊張すると思うのだけれど、直訴や嘆願をやったことがないから分からない。


 教会の立て直しに奔走している無茶振りくんは、残った枢機卿二名と一緒にいろいろと考えているそう。空いてしまった枢機卿の座に誰を据えるか思案しているそうで、一つは無茶振りくんが。あと二つを誰を選出しようと協議の最中だそうで。聖王国からの派遣は暫くあり得ないから自国内の人間で賄うそうだが、果たして誰がその座に就くのか。


 整備された道を走るので揺れは少ないけれど、時折石にでも乗り上げているのか大きく馬車が揺れることもある。

 

 「と。大丈夫か?」

 

 「はい、申し訳ありません」


 ソフィーアさまが揺れた私の身体を支えてくれたことに礼を告げ、前を向く。正面には無茶振りくんが足をきっちりと閉じて、その上に両手をちょこんと乗せて縮こまっていた。無茶振りくんの隣に誰が座るか問題となって、結局三対一の席となった。もちろん一は無茶振りくん。三はソフィーアさまとセレスティアさまと私だ。

 狭くないかと伝えると私が小柄だから問題はなかろうとお二人が言って、そうなってしまった。無茶振りくんの隣がそんなに嫌だったのか、お貴族さまの女性としてあまり関りのない男性の隣に座るのは不味いのか。

 真相は分からないけれど、三対一の席となったのだ。せっかく綺麗な女性の横に座るチャンスだったというのに、残念極まりないだろうなあと無茶振りくんを見る。未だに顔色が優れないようで、緊張したままの彼。そのうちに胃に穴が開きそうだと苦笑いになる。


 「日々が目まぐるしく過ぎて行くので、きちんと自己紹介を済ませていませんでしたね」


 そう言えば自己紹介もしないまま無茶振りくんを巻き込んだ。今更ではあるけれど、ちゃんと自己紹介をしておこう。名前をどう呼ぶか決めなきゃ、いつまで経っても私は彼をフルネームで呼ばなければいけないから。


 「え?」


 突然の言葉に目を見開いた無茶振りくんが私を凝視する。


 「着席したままの無礼をお許しください。アルバトロス王国で聖女を務めておりますナイ・ミナーヴァと申します」


 ぶっちゃけ爵位は余り振りかざしたくないので言わなかった。必要な場面では堂々と名乗るつもりではあるが。本来はカーテシーとかするのだろうけれど、場所が場所なので黙礼に止める。無茶振りくんが居住まいを正して、私と視線を合わせてから口を開いた。


 「あ、いえっ! 私の方こそ着席したままで申し訳ございません。アウグスト・カルヴァインと申します。教会立て直しの為、邁進していく所存ですっ!」


 そういえば未婚男性の呼び方ってどうなるのだろうか。ファーストネーム呼びはお貴族さまの女として、不適切になるのか。さっぱり分からないなあと首を傾げつつ、無難な方向で良いかもと腹を決める。


 「アウグストさまとお呼びしてもよろしいでしょうか?」


 「もちろんです。あの、私は聖女さまのことをどうお呼びすれば?」


 「周りの皆さんはナイと呼んでおりますので、時と場所を選んで下さるならそちらで構いませんよ」


 流石に公の場で名前呼びは勘弁して欲しいので念の為に伝えておく。無茶振りくんもといアウグストさまは場を弁えられない程愚かではないので大丈夫なはずだ。ソフィーアさまとセレスティアさまがアウグストさまを見つめる視線が厳しいような気もするが、そろそろフルネーム呼びはキツイし丁度いい機会である。

 

 「はいっ!」


 アウグストさま年上だよなあとまじまじと見てしまう。顔は悪くないしイケメンの部類に入るはずだが、何故かアリアさまと同系列の犬を幻視してしまうが仕方ないのだろうか。

 彼に婚約者は居ないし、将来男爵家を背負うなら必要だと思うのだけれど、これから探すのだろうか。教会の立て直しがあるから過労死する未来が……いやまさか。まともな枢機卿さまが二人居るのだし、これからアルバトロス王国の教会を盛り立てて頂かねば。

 

 そうこうしているうちに王都の教会へと辿り着くと、何故か枢機卿さま二人とクレイジーシスターと盲目のシスターに神父さまや事務方が総出で出迎えてくれている。なんじゃこの状態と馬車の窓から凝視していると、ソフィーアさまが私に声を掛けた。


 「勝手に赴く訳にもいかないからな。先触れを送っておいたんだ」


 「凄い状況ですわね」


 なるほど。お祭り騒ぎという訳か。セレスティアさまも仰々しい出迎えに呆れた声をだしているので、もっと言ってあげて下さい。こっそり教会の信徒になればいいという腹積もりだったのに、初手から失敗している。


 「仕方ないだろう。竜使いの聖女が入信するとなれば、諸手を上げて喜ぶだろうさ」


 一応、アルバトロス王国は宗教選択の自由が保障されているから、私が勝手に教会信徒になっても問題は全くない。

 聖女システムを採用しているので、陛下あたりには逆に有難がられることかも。教会の立て直しに頭を抱えているようだったし。聖女さまたちが教会から離れるとなれば、国が聖女さまたちを保護しなくちゃならないしね。

 

 「はい。教会の立て直しは随分と難航しておりますが、聖女さまが信徒になって下さるならば道は大きく開かれたものかと!」


 ソフィーアさまの言葉に嬉しそうに答えるアウグストさま。いや、そんなに期待するほどでもないはずだけれど。黒髪の聖女が入信したなら止まろうと考えてくれる人が、少しでも居れば良いと軽く考えて伝えただけなのに。どうしてこうなるのさ。

 この出迎えの人数の多い中、教会の中へと進まなければならないのかと頭を抱える。恥ずかしいったらありゃしないが、このまま逃げ帰ってしまう訳にはいかない。リンのエスコートで馬車から降りて、教会の階段前へと移動する。


 「ようこそ、聖女さま」


 アウグストさまのお師匠さん……でいいのかな。枢機卿さまが私の前に立ち礼を執る。私も聖女としての礼を執り頭を上げると、泣きそうな顔をしていた。何故。


 「突然の申し出、受け入れて下さり感謝致します」


 「いえ、聖女さまのお心遣い教会一同感謝しておりますゆえ。これで教会の立場が揺るがぬものになりましょう」


 待って、私にそんな影響力はないから。流石無茶振りくんのお師匠さまである。無茶振りを言ってしまわれた。苦笑いを浮かべてながら、取りあえずの言い訳をしておかないと後が大変なことになりそうだった。


 「わたくしが入信したことでそこまで影響が出るとは思えませんが、多少なりともお力添えとなるのならば喜ばしいことでありましょう」


 一ミクロンも神さまを信じてはいないけれども。取りあえずアルバトロスの教会が滅びなければ良いのだ。神さまが顕現して都の皆さまに『教会を潰すでない』とか一言告げてくれればそれで済むのに。ケチなものである。


 「殊勝な心掛けでございますな。……――さあ、中へ参りましょう」


 目の前の枢機卿さまは私がキレた所を拝んでいる筈。だから殊勝な心掛けなんてものはないと理解している筈だ。教会の現状が由々しき状況なので、四の五の言っていられないのだろう。

 なんだかいつもより雰囲気が明るいし、そんなに切羽詰まっていたっけと首を傾げそうになる。そうして教会の中へと案内されて洗礼――多分――を受けて入信を済ませると、教会のシンボルマークを模してあるロザリオもどきが手渡された。

 首に掛けるといつもと違う違和感に慣れないなあと、目を細める。肩凝らなきゃ良いけれどと願いながら帰路へと付き、事後報告となるが教会信徒になったことを陛下へ連絡を入れると直ぐに返事がきた。


 ――教会を頼む。


 意訳するとこの一言につきるのだけれど、陛下も協力してよと部屋の窓から王城の方へ視線を向けるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る