第304話:続・お芋さん。
教会信徒になったのが昨日。今日も学院へと足を向ける日だったのだが、朝にちょっとした騒動が起こった。
「聖女さま、庭師から朝食を終えた後お時間があれば屋敷裏の畑へ来てくださいと、言伝を預かって参りました」
幼馴染組で朝食を取っていると、お食事中失礼致しますと侍女の方がやってきてそう告げてた。一応、ご飯を中断させるほどの要件ではないことに安堵して、侍女の方へと視線を向ける。彼女は託児所へと子供を預けている内の一人で、託児所開設を最も喜んでくれた方。子供のことをあまり気にせずに仕事に集中できるようになったと言って、子爵邸で精力的に働いてくれている。
他にも子供を預けている人たちにも軒並み好評で、時々単発で預かり依頼も発生する。前世での幼稚園や保育園のようにきっちりとしたルールはないので、私の一言でどうとでもなってしまえるのが凄い所。サフィールや託児所で働く人たちには申し訳ないが、単発依頼も受け入れて貰っていた。
そういう人は男性に多い。奥さまが寝込んでしまい、子供の面倒をみなくてはならないが仕事がある。子守りと仕事どちらも無下には出来ないのだから、託児所へ預ける方法があると知って、ほっとした顔を浮かべている所を見ると作って良かったなあと思う。
あとは朝に料理長さんたちに申請すれば晩御飯を用意して貰い持ち帰ることも出来るようにして頂いた。有料ではあるけれど。男性がご飯を作ることは稀なことだから有難がられているし、病気で倒れてしまった奥さま方にも好評のようで。育児支援制度というほどのモノではないが、役に立っていると嬉しい限りである。
「分かりました、と庭師の方にお伝え願えますか?」
「畏まりました」
深くお辞儀をして去って行く侍女さんの後ろ姿を見届けた後に前を向くと、みんなの視線が刺さっていた。
「な、何?」
「いや、なんかやらかしたぞってな」
みんなを代表してクレイグがそう答えた。で、サフィールとリンがこくこくと頷き、ジークは苦笑いを浮かべているだけに止める。失礼だなあと頭の片隅で考えながら食事を続けて食べ終わり、邸の裏の畑へと幼馴染組で足を向けた。
「な、なんじゃこりゃぁああ!」
「ええ……! どうしてこんなことに」
「……」
「ナイ、凄い」
クレイグが開口一番に叫び、サフィールは困惑、ジークは黙ったまま静かに私を見下ろし、リンは何か言ってるから聞こえない振りをした。数日前にようやく発芽して子供たちとお芋さんの芽が出たと一緒に喜んでいたのだけれど、今は地面いっぱいに緑の葉が生い茂っており、小さなジャングルのようになっている。
『随分と早く育っていますね』
のんびりとした口調のエルがそう言って、彼に続いてジョセが口――念話みたいなものだけれど――を開いた。どうやら騒ぎを聞きつけて顔をだしたようだ。
『聖女さまの魔力の影響でしょう。通常の作物より内包している魔力が多い気がします」
これは良い食べ物ですねと天馬さまのエルとジョセが私たちに語り掛けた。
「ああ、聖女さま、皆さま。一晩でこんなことになっておりまして、驚いて侍従長さまにお伝えしたのですが……」
庭師の小父さまが私たちを見て小走りでこちらへとやって来て、トレードマークの麦わら帽子を脱いで胸に当てる。
「ご連絡有難うございます。――その……ご迷惑をお掛けしてしまい誠に申し訳ないと……」
本当にびっくりしただろうなあ。昨日、少し暇が出来たので様子を見に来ていたのだけれど、可愛らしい若芽が出ていただけだったというのに。驚かせてしまって申し訳ないと小父さまには平謝りである。朝から仕事を増やしたみたいだし。
「いえ、それは構いません。魔力量の多い方が作物を育てると、こういうことが稀に起こると聞いておりましたから」
しかし本当に目にするとは思っていませんでしたと苦笑する小父さま。いや、うん騒がせて申し訳ないと平謝りをした後に、興味が出たので一株だけ抜いてみようと相成った。天馬さまたちは人が食べられないような未成熟なお芋さんでも食べられるから、味見はお任せ下さいと胸を張っているし。
まあ、お芋さんの魔力量が通常の作物より多いようなので、彼らにとってはご馳走なのだろう。捨てるのは私の主義に反するのでエルとジョセに食べて貰おうと、どれを抜くかみんなで決め。
「抜くぞっ!」
少し緊張した面持ちのクレイグが声を張って、お芋さんの主茎を持って腕に力を入れる。男の人らしい太い腕の筋と血管が浮いたので、直ぐに分かった。ミシミシと茎が軋む音が聞こえそうなくらいに、地面に根を張っているらしいお芋さん。抜くのに手こずっているようで中々地面から抜ける気配を感じない。
「ジーク、サフィールぅ……見てないで手伝えっ!」
頭に血が上り始めたのか顔が少し赤くなっているクレイグが叫んで、男衆を呼ぶ。
「分かった」
「う、うん」
落ち着いた声色で答えたジークと、少し戸惑っているようなサフィール。この関係は何時までも変わらないなあと見つめていると、二人もお芋さんの主茎を握り込む。
「いくぞ」
「うん」
「ああ!」
「せーのっ!!!」
三人の声が重なるとようやくお芋さんの地下茎と根っこが土から抜ける。沢山垂れている地下茎の先の部分にはまだ小さいお芋さんが鈴生りに生っていた。しかも尋常ではない量が……。
「いやはや、これは凄いですな。三倍量ほど収穫できそうな感じではありますが」
『ええ、本当に』
『きちんと育った時が楽しみですね』
驚いた顔の庭師の小父さまとエルとジョセが感心したような声を上げるけれど、収穫はまだ先だろうし沢山採れるのは決定事項。まあ未来の事だから今は気にしても仕方ない。
エルとジョセが食べたそうな顔をしているので、井戸から水を汲んでざっと泥を落として差し出すと優しく器用に口を動かして食む。生で味が分かるのだろうかと疑問になるが、生しか食べたことがないか。天馬と言えど元を正せば馬らしいし。
『味が濃い気がします』
『魔素も多く含まれていて、いい感じですね』
人間が食べられるようになるのはまだ少し先だなあと目を細めて、畑に生い茂っているお芋さんを見つめるのだった。
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