第302話:領地。
最近かなり忙しかったので一日フリーの日が出来たのだけれど、暇なら暇でなんだか時間が勿体ないような気がしてならない。まあ良いかと子爵邸の図書室から読んでいない本を見つけて、読書に耽っていたら一日を終えた次の日。
――何故か領地貴族となってしまった。
気楽に年金だけ受け取る法衣の子爵位だったのに、領地持ちとなってしまった。まだ規模の小さい男爵クラスだから良いけれど、子供が生まれればその子が世襲することになる。嫌なら王家に返すことも出来るらしいけど。
城の魔術補填に赴いた際に軽率に謁見場へと呼ばれ、何故か王国上層部の面々に囲まれて陛下から『男爵領をやる』と告げられた。私のお金を使い込んでいた枢機卿さまの実家が治めていた領で、一族の皆さまが王国に捕まったことによって領主不在となっていたそうで。
王国から代わりの代官さまが送られたそうだけれど、風評被害が凄いとかなんとかで、あまり経営が上手くいっていないとか。
領で取れた農作物や狩猟物に織物やらを『聖女さま方を謀った領で作ったものなんて』と他の領地の人たちが買ってくれなくて、にっちもさっちもいかなくなっているらしい。これではどんな有能な人間を派遣されても、遠くない未来に破滅してしまうのは見えている。そうなる前に手を打ちたかったみたい。
公爵さまには『法衣の子爵位を失ってもこれで世襲が可能だな。正式に王国貴族の仲間入りだ』とガハハと笑いながら豪快に肩を叩かれ、辺境伯さまには『困ったら頼れ』と常識的な言葉を告げられ。ジークとリンがお世話になっているラウ男爵の息子さんである伯爵さまには『隣領なのでお力添え出来ることがあれば申して下さいね』と。
他にも知らない領地貴族のご当主さまたちから声を掛けられたが、あまり覚えていない。取りあえずみんな好意的な言葉だったはずである。でもお貴族さまなのだから、私を妬む人ももちろん居るだろうから気を付けないと。私に声を掛けた筆頭の方たちを敵に回せる人は王国内で極少ないだろうから、あまり心配は必要ない気もする。
でもやはり。
なんで……と思って頭を傾げると、アクロアイトさまも私に倣って頭をくるりと傾げる。私は良いけれど、アクロアイトさまの首がそろそろもげてしまうのではと心配になる。
フクロウのように百八十度くらいに回すものだから、竜の骨って一体どういう仕組みになっているのかと気になってくるのだけれど。レントゲン写真なんて取れないし、解剖するくらいしか方法がなくなるが目の前の可愛らしい竜にそんなことは出来るはずもない。
「何でこんなことに……」
学院のサロンでぼやく。私の目の前にはアウグスト・カルヴァインさまが苦笑いを浮かべ、用意された紅茶を嗜んでいた。
部屋には護衛のジークとリンが勿論居るし、私付のソフィーアさまとセレスティアさまも居る。学院なので用意された席に着席しているけれど、下座に腰を下ろしている。この光景にちょっと慣れてきたのは秘密だったのだが、本当に妙な話が舞い込んだものである。
「仕方ありません。聖女さまのお金を使い込み捕縛されたのですから。真意は分かりませんが、聖女さまのお金を甘んじて領民も受け取っていたと解釈されるのも仕方ないのでしょう」
「無理がありませんか? 民は領主さまへ税を納めるだけで手一杯でしょうし」
流石に私欲の為に使ったと思うけれど。ぶん殴ろうと勢いに任せて牢屋で面通しした枢機卿さまは、一応高僧っぽい恰好をしていたけれどお高そうな指輪とかじゃらじゃら付けていたし、お肉もたっぷりだった。
本当にこれが聖職者なのかと思うけれど、枢機卿さまの座に就いていたのだから事実だろう。男爵領の運営をどういう方針で執り行っていたのかは知らないけれども。
「使い込んだお金で領地を整備すれば……無理矢理かもしれませんがそういう解釈になるのでしょうね」
「理不尽な」
本当に。仕方ないのかも知れないが、曲解じゃないかとは思う。でも人間だから、そう一度考えてしまえば頭から離れなくなるだろうし、自分たちの住む領地よりも発展していれば、妬みや嫉妬から無茶な解釈をするのだろう。仮に自分たちが住む領の主が同じことをしていた時に彼らはどうするつもりなのだろうか。
「仕方ないぞ、ナイ。人間とはそういうものだ」
根拠のある噂もあれば、根拠のない噂もあって当然だとソフィーアさま。
「それに竜使いの聖女のお金を使い込んでいるのです。その恐怖も多少なりともあるのではありませんか?」
思いっきり王都の人たちを脅してしまった手前、セレスティアさまの言葉が胸に刺さる。
「それを言われてしまうと……文句が言えなくなってしまいます」
本当にごめんなさい。お金はちゃんと返ってきたのでもう文句はありません。
「しかしこれから領地の方はどうされるので?」
「捕まった枢機卿さまの代わりに派遣された代官さまに暫くはお任せしようかと。領地の視察を近々に済ませて、それから手を入れる所を考えていかないと」
アウグスト・カルヴァインさまが私に問いかけたので、答えておいた。まだしばらくは代官さまに任せておける。理由は教会の立て直しに助力しなければならないことと、フライハイト男爵領の魔石の鉱脈と聖樹もどきと天馬さまの繁殖地問題と薬草問題があるから。
「ご立派なご意志です。――では教会の問題も一緒に考えていきましょう」
私の目の前に座るアウグスト・カルヴァインさまは教会の立て直しという目標がある所為か、私の扱いが最近雑になっているような。
今話題を変える為に適当に流されたよなと、アウグスト・カルヴァインさまの目を確りと見るが、深く一度頷いて良い笑みを浮かべた。いや、きっとそうじゃない。なんだか違う方向に解釈したよね今、と若干焦り始める私。
「教会の求心力が下がり、週末の礼拝に訪れない方が増えています。何か解決する方法があると良いのですが」
これには枢機卿さまのお二人や教会の事務方も頭を悩ませているらしい。まあ、お布施は確実に減るだろうから、運営資金に直結する事態だ。教会が潰れると困るのはそこで働いている人たち。聖女なら職に困らないかもしれないが、シスターや神父さまたちに事務方の面々。
それに教会が運営する孤児院も立ち行かなくなってしまう。良い大人が路頭に迷うのは構わない――良くはない――が、社会的弱者の孤児院の子供が路頭に迷う事態は避けたい所。教会の求心力が戻る起爆剤があれば良いのだけれど、なにかあったかなあ。聖遺物のような珍しいものが出土したとか、目の前の彼に代わるような立派な聖人が現れたとか、都合の良い事が起こらないかと願うが無理である。
難しく考えるよりも、簡単な方法があるにはある。
「……あまり良い方法とは思えませんが」
なんだろう、実行するには若干の抵抗を覚えるというか、なんというか。
「聖女さま、何か策がおありで?」
「私が教会信徒になれば、多少は戻りませんか。自惚れなのかもしれませんが」
全く以って神を信じていない人間が入信しても良いものかと考えるが、一番簡単で手っ取り早そうではある。
知名度がある人間を宗教に誘い広告塔にして利用するなんて話、前世ではよく聞く話。それならこの世界でも通用するのではないかと思い付いた訳で。拡散力がある訳じゃないからちょっと不安な部分ではあるが悪手ではないはす。
「よ、よろしいのですか!!?」
何の問題もないけれど、入るにあたっての問題がいくつか。
「週末の礼拝に必ず参加できるわけではないですし、わたくしの場合護衛が沢山付くので邪魔なだけかもしれませんね」
というかお貴族さまって礼拝に参加しているのだろうか。その辺りに全く興味がないので、知識は殆どないのだけれど。
「いえ、入って頂けるだけで有難いことです! しかし何故今まで入信されていなかったのか不思議でなりませんが」
「誰からも強要されませんでしたし、入ったとしても役に立たないでしょうしね」
無信心の者が入るべきじゃないよね。真面目にやっている人に失礼だし。まあ、今回は客寄せパンダということで特例扱いにして頂きたい。基本入信するだけで、以前と同じように聖女の仕事を務めるだけだし。
「しかし聖女さまが教会信徒になって下さるとなれば…………」
ブツブツ言いながらアウグスト・カルヴァインさまは思考の海に沈んでしまう。どうしたものかと周りに視線を向けるけれど、誰も助けてはくれないのだった。
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