第301話:【後】モブくんは見てるだけ。

 ――リーム王国の聖樹が枯れた。


 魔力補填でどうにか聖樹を生き永らえさせる為に、アルバトロス王国へと協力要請がリーム王国からあったのは耳にした。指名依頼された黒髪の聖女は教会の使い込みが発覚しショックを受けて倒れている最中だったから、代理で選ばれたのは侯爵家出身の聖女とゲームのヒロインであるアリアだった。


 そうしてリーム王国の聖女と協力して儀式魔法を執り行い、五年ほど寿命を延ばしたそうだが。五年後に枯れるという事実が不安で仕方なかったのか、ようやく回復した黒髪の聖女に再依頼を申し出たそうだ。謁見の場で黒髪の聖女はリーム王に『何があっても責任は問わない』と保険を掛けた上で依頼を受けた。


 どうして聖女にしか過ぎない彼女が、他国の王からの要請を受ける受けないの選択の余地があるのか不思議であるが、竜使いの聖女と新たな二つ名が付く女だ。

 逆らえば国が亡ぶ可能性もあるから、アルバトロス王も彼女のご機嫌を損ねる訳にはいかない。アルバトロス王国を捨ててよその国へ行くとなれば引手数多であろうから、聖女の魔力で国の防御魔術を構築している国として逃がせば大きな損失である。そんな馬鹿な王であれば貴族たちも反発して、一瞬に国が崩壊しそうである。もしくはクーデターでも起こって、首のすげ替えが行われるかだろう。


 廊下の窓際の席でギドと話す黒髪の聖女はいたって普通だというのに。内包している魔力の多さ故に面倒事に巻き込まれている気がする。まあ俺に面倒事が回ってくる訳じゃないから全然かまわないのだが。トラブル体質とでもいうのだろうか。

 黒髪の聖女の周りでは毎度なにかしらの問題が起こっている気がする。アルバトロス王国の子爵位でしかない彼女に他国の殿下が声を掛けている状況や、首を刎ねられる覚悟の上での土下座敢行やら。


 俺なら嫌だ。


 そんな面倒事しか起こらないなんて。俺の魔力保有量は極めて一般的な貴族のものだ。平民よりは多いが貴族としてならば普通。騎士や魔術師を目指すことが十分可能だが、今世は天寿を全うすると決めている。

 自ら寿命を縮めるような真似はしたくないから、城務めの文官か親父を頼って伯爵家の仕事を少々回して頂こうと画策している。上手くいくかは謎であるが、前世知識のお陰で国内最高峰の教育機関である王立学院に入学できたうえに特進科所属だ。


 学と血筋がモノを言うのに、本当に黒髪の聖女は異質である。そして一期ヒロインのアリスも異質であったが、彼女は自らの行いで身を破滅させている。


 「はあ……」


 溜め息が思いのほか大きくなった。あまり貴族としては褒められた行為ではないと、首を振る。


 「よぉ。なに考えているんだ?」


 俺の下にクラスメイトの友人がやってくる。一学期に挨拶をしてそれから何故か縁が続いている。俺と一緒で彼も鳴かず飛ばすの伯爵家の五男坊だ。次の世代は長兄と決まっているし、スペアである次兄も元気で長兄を支える為にと領内を奔走しているらしい。

 だから五男坊である俺は家から必要とされていないと苦笑いをしている。俺と同じ境遇で、彼も城の文官を目指しているから意気投合したのが始まり。それに貴族らしくない振舞いが俺たちを引き付けたのだろう。目の前の男も俺と一緒で、伯爵子息だというのに随分とラフである。

 

 「いや……な」


 ギドと話している黒髪の聖女へと顔を向けると、目の前の友人は顔を青くした。


 「おい、馬鹿っ! アレには関わらない方が良い。あのな――」


 小声で友人が俺を嗜める。黒髪の聖女がリーム王国の聖樹を枯らした責任を感じたのか、倒れてしまったリーム王の代わりに指揮を執っていたリームの王太子殿下に聖女が捜索を願い出たそうだ。


 「一体何を探すんだ?」


 聖樹は枯れたのだから、依頼はそれで終わり。依頼不達成になるので成功報酬はナシとなる筈だが。何故、捜索願いなど懇願する。

 しかもそんな勝手を言える立場なのだろうか。一度アルバトロスに戻って陛下へお伺いを立てた方が良い気がするが。王国上層部の連中も彼女と一緒に付いていたハズなのに誰も止めないという事は問題がなかったという事だろう。国賓扱いのはずなのに、他国で割と勝手に出歩けるというのは問題があるような。


 「噂じゃあ、聖樹に魔力を注ぎ込み過ぎたのは良いが、直ぐに聖樹から魔力が消失したんだと」


 「それ、問題があるのか?」


 「大アリだ。魔力が直ぐに消えるなんてことになれば、魔術が持続しないだろうが」


 「あ、そっか。忘れてた」


 「お前なあ……」


 呆れた顔を浮かべて友人が俺を見る。興味がないというよりも魔術に関してそう詳しくないと言うべきか。もう少し魔力量が多ければ親父も俺に魔術師になれなんて言っただろうが、俺は貴族として魔力の量は平均的。抜きんでた量でも所持していれば、遠慮なく魔術師になっていたし親父もそう命令したことだろう。


 しかしまあ友人の噂を仕入れる早さは凄いと思う。何処から情報を仕入れてきたのかは謎だが、噂となっている時点である程度の確度はある。無けりゃ噂なんて立たないからな。


 「だから消えた魔力の行方を追ったって訳。――ただ見つからなかったらしいんだ」


 「へえ。なら、どこへ消えたんだ……」


 「フライハイト男爵領だって噂だ。聖樹の種が見つかったらしい」


 あと魔石の鉱脈と薬草の群生地もと友人は付け足した。あとフライハイトつったらアリアの実家じゃないかと、頭を抱えそうになる。ゲームでは貧乏な領地とだけしか語られていなかった。それが何故、フライハイト男爵領の名が上がるのだろうか。

 あ、いや。黒髪の聖女の所為か。でなければあんな穏やかにギドが聖女に話しかける訳がない。聖樹はリーム王国にとって大事なものだ。それを枯らした張本人に、明るい感情など向けられるはずはないのだ。


 「は? 聖樹の種ってなんだよ」


 「名前の通りだよ。聖樹候補とでも言えば分かり易いか」


 リーム王国で消えた魔力を探す際に二人の聖女による探索が行われたらしい。地図を広げて指輪を糸で垂らして反応した場所を探すという、オカルトな方法。

 ただ昔から行われているそうで、探索を行った聖女の資質にもよるが高確率で何かがあるらしい。そうして見つけ出したのが聖樹の種と魔石の鉱脈。薬草の群生地は探索後の捜索の際に偶然に見つけたとか。


 聖樹は人々に崇められて聖樹という役目を負うらしい。男爵領の聖樹の種が人々から聖樹と拝められたり、祀られたりすれば高確率で『聖樹』となるそうだ。なんだその適当な聖樹はと吐き捨てたくなるが、そういうものなのだそうだ。


 「フライハイト男爵は凡人と評されてるから、これから大変だろうな」


 片田舎の貧乏男爵に聖樹や魔石の鉱脈の管理など出来ようはずもない。出来るのは薬草の管理と人工化くらいだろうな。

 まあ農業のノウハウがあるならば、人工栽培も可能だろう。あとは薬師の育成や薬草の研究が出来れば万々歳で。治癒魔術に頼り切りの側面があるから、薬草による治癒が確立できれば男爵家は大成功を収め、功績で昇爵可能かもしれない。


 「まあ、頑張るしかないんだろう。貴族なら踏ん張りどころだろうし」


 ゲームのシナリオ通りなら、アリアとギドの愛の力によって奇跡を起こしリームの聖樹は枯れなかった。それを理由にリーム王は王太子を第一王子から第三王子へと鞍替えし、アリアを王子妃とするのだが。


 現実は、リーム王は病気と噂され表舞台から去ったと囁かれている。今は王太子殿下が代理を務めて、落ち着いたら戴冠式を執り行うと噂だが。本当に黒髪の聖女が関わるととんでもないことが巻き起こるなと、まだ喋り続けている友を苦笑いしながら話を聞く。


 ヴァンディリア王国の第四王子殿下が残っているが、果たしてどうなるのか。ゲームのシナリオはプレイヤーの考え方や捉え方次第で評価が変わるシナリオだった。

 俺も主人公のアリアと第四王子殿下が齎した結末は本当に良いものだろうかと考えた。だが現実の第四王子は主人公であるアリアを気に留めず、黒髪の聖女に取り入ろうとしていると聞いたが。

 嫌われているのではと噂まで流れ始めているので、最近接触は慎重になっているようだ。果たしてゲーム通りにシナリオが動くのか。

 

 俺は見ていることしか出来ないと、黒髪の聖女から視線を外すのだった。

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