【第二巻発売中】魔力量歴代最強な転生聖女さまの学園生活は波乱に満ち溢れているようです~王子さまに悪役令嬢とヒロインぽい子たちがいるけれど、ここは乙女ゲー世界ですか?~
第300話:【前】モブくんは見てるだけ。
第300話:【前】モブくんは見てるだけ。
――なん……だと……。
どうしてこうも原作から乖離しているのだろう。それもこれも全部、黒髪聖女の所為だと断言できる。
ゲームのモブでしかない俺は、真実を知ることは出来ないが、聞き出した情報や流れてくる噂で推測することは十分に可能だ。二学期が始まった初日、ヴァンディリア王国の第四王子とリーム王国の第三王子は二作目のヒロイン、アリア・フライハイトには近寄らず、黒髪の聖女にコンタクトを取った。
「……なんでそうなるんだ」
教室の自席でそうぼやく俺の視界には、廊下側の席に座る黒髪の聖女を捉えている。殿下二人との邂逅を終えた帰り道、上級生の男子生徒から嘆願された。その男子生徒はゲームキャラで攻略対象で。
アウグスト・カルヴァイン男爵子息。教会信徒として敬虔な両親に育てられ継嗣である彼も、鑑のように熱心な信徒へと育つ。そうして学院の二年生となり、学院へ編入してきたアリアと治癒院で一緒になり、それから関係を築き上げて恋仲となっていくのだが。
未だその気配を見せていないし、アウグスト・カルヴァインは教会の不正を暴くために王都の民を扇動した首謀者として一ヶ月間、王城の幽閉棟に閉じ込められていたのだが。最近、解放されたようで学院内でその姿を時々見ることがある。王都の民を扇動した男であるが、理由が理由の為に解放されたようだ。竜が王都に現れて教会の不正を見逃す者は不正を働いた者と同じであると言い、何もしないならば王都を滅ぼすと言わんばかりの言葉を残して去って行った。
ゲームの展開と全く違う状況に、流石の俺も肝が冷えた。
教会ルート、ようするにアウグスト・カルヴァインルートは教会の不正を恋仲となったヒロインのアリアと一緒に暴き、二人で教会を盛り立てて行こうという話。不正をして捕まえたのは誰だったか。今回、首謀者として捕まった枢機卿三人ではなかったのは確実だ。
枢機卿ならばインパクトがあり過ぎるので、必ず覚えている。枢機卿ともあろう聖職者が不正に手を染めるのか……と。だからゲームで二人が捕らえた者は小物だったのだろう。
薄れている記憶を探る。
確か、聖女が教会へ預けている金を使い込んだという所までは同じだ。ただ黒髪の聖女は預けていた額がかなりの高額だったと聞く。枢機卿という身分の聖職者でさえ、目が眩んでしまうほどの魅力だったのかもしれない。だからあの黒髪の聖女が預けている金に手を付けてしまった。
手を付けたことによって虎の尾どころか竜の尾を踏み抜いてしまっているが。馬鹿な事をしたものだと思う。国の魔術陣に魔力補填を一度行えばかなりの額を貰えるとゲームでも言っていた。
しかも見習いとなったばかりのアリアは三ヶ月に一度のペースであるが、四年前から聖女を務めている黒髪の聖女は週に一回と聞いた。
アリアがまだ慣れなくて、倒れた描写が共通ルートにあったはずだ。それほど体力と魔力を消費すると言われているのに、なんなくやり遂げてみせる黒髪の聖女の異常性は明らかで。
黒髪の聖女が金を使い込まれたショックで倒れている間、王都では竜がやって来て王都の民を脅し、それに怯えた王都民はアウグスト・カルヴァインの扇動により教会襲撃し枢機卿を捕まえたなんざ。教会への怒りの矛先が国へと向かうなんて誰が思うだろうか。
理性のある人間の制止も聞かずに王城へと向かった王都民を治めたのは黒髪の聖女とアルバトロス王だ。上手いこと王都の民を納得させていたと思う。なんだろうな、この上手く行き過ぎているシナリオは誰かが書いたとしか思えない。まあ俺が真相を知ることなんて一生ないのだろう。
――親父、やっぱ無理だって。
ああ、無理だ。伯爵である親父に黒髪の聖女と接触を図れと告げられたが、彼女に近づくことすら叶わない。授業中は無論無理であるし、休み時間中は辺境伯家と公爵家のご令嬢が傍に侍っている。しかもゲーム一期の悪役令嬢という立ち位置の人間がだ。
高スペックなご令嬢に隙なんてあるはずもなく。しかも黒髪の聖女は幼竜を学院へ連れ込んでまで世話をしている。
噂では国王陛下が学院長に命を下したと聞いたが、実のところは分からない。分からないが、ほぼ事実なのだろう。そもそも竜は希少種で幼竜ともなれば珍しい。見つけて捕らえたあとに売り払えば、一生遊ぶ金に困らないと言われているほどだ。
まあ、そんなことをして亜人連合国の竜が知ったとなれば、売り払った馬鹿と買った馬鹿に怒りの鉄槌を下すだろう。
話が逸れた。
不正を正した後、仲睦まじく教会を盛り立てアウグスト・カルヴァインは随分と未来に教会幹部となるそうだが、現実のアウグスト・カルヴァインは枢機卿の座が用意されていると聞く。
ただ今回の事で教会は民からの求心力がなくなってしまい、教会が弱体化し始めていると噂されている。
聖王国でもあの黒髪の聖女は騒動を起こしたようで、さらに弱体化に拍車を掛ける可能性もあると囁かれ始めた。領地持ちだった枢機卿二名の領地も風評被害を受けて、あまりいい状態とは言い難いようだから、国はどう動くのだろう。
そして立て直しの為に教会の人間は必死になって動いているそうだが、失われたものを取り戻すことはそう簡単ではないのだろう。どう動いていくのか全く想像がつかない。治癒院の開催頻度を上げ割高な寄付をもう少し安くするとか、炊き出しの回数を増やすくらいしか俺には思いつかないが。
教会信徒や教会の職員たちは今回の騒動を起こした枢機卿三人を随分と恨んでいるらしい。聖職者でありながら、アルバトロス王国の防衛を担っている聖女たちの金を貪っていたのだから当然と言えば当然である。
「本当、金に汚い奴は……」
俺も金には目がないが、流石に他人の金にまで手を付けようとは思わない。それに噂が本当であれば黒髪の聖女は金を貯めたあかつきには、孤児院の開設や新しい事業を起こす気だったそうだから、怒るのも止む無しではある。
ただ、竜まで怒ったことは想定外とでもいおうか。『竜使いの聖女』と呼ばれ始めていたが、そこまで竜たちが彼女に心酔していると誰が思うだろうか。竜は知能が高く、孤高の生き物だと思っていたのに。何頭も群れをなして王都の空を飛ぶだなんて。
しかも今回の一件は聖王国にまで波及し、向こうも大変な状況になっているんだとか。まあ、向こうもこちらの教会と同様で腐敗していたから丁度良かったのかもな。
下手をすればアウグスト・カルヴァインや王子殿下たちはアリアと接触すらしていない可能性も出て来た。完全に狂ってしまっているシナリオにどうしたものかと考えるが、俺はただのモブである。出来ることなんて周りの動向を見守るくらいだし、彼ら彼女らと関りを持とうだなんて全く思わない。
親父から言われている手前、黒髪の聖女と顔見知りくらいにはなっておくべきかと思案する。
ただ彼女と知り合いになった所で、俺が彼女に益のある話など差し出せるはずはなく。彼女は俺に益を齎してくれるのかもしれないが。親父、俺は見ているだけが限界だ。貴族としてなら接触すべきだろうが、己の身が可愛いからスマン。
はあ……とため息を零したその時、リーム王国の第三王子殿下で攻略対象のギド・リームが黒髪の聖女の下へ歩いて行き、にっと笑って彼女へ声を掛けるのだった。
――ああ、聖樹の問題もあったな。
教室の片隅で窓の外を見上げると白い馬が……天馬が一頭飛んでおり、青色の空に綺麗に映えていた。
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