第299話:新たな命。

 ――数日後。


 天馬さまたちの名前が決まった上に、彼らは子爵邸で二年ほど過ごすことになった。隣が亜人連合国だし魔獣に詳しい方が居るそうなので、出産ということなら男爵領や辺境伯領よりも心配が少ないし、聖女である私も居る。

 もしもの時は直ぐに天馬さまの下へ駆け付けられるようになっているし、出先でもお姉さんズの念話かお婆さまが知らせに駆けつけてくれるそうだ。


 『至れり尽くせりで、申し訳ない限りです』


 『本当に』


 厩の隣で天馬さまたちと話していた。普通の馬と違い人の言葉を理解しているので、放し飼い……というのも変だけれどフリーで過ごしている。時折屋敷の窓から顔を覗かせて、こちらを見ていたりして本当にお茶目な方たちである。

 子爵邸で働く人たちとも仲良くなっているようでお互いに自己紹介をして、仲良くなっている。約束通り子供たちの相手も務めてくれており、本当に良い方たちである。飼い葉も馬用で大丈夫だそうで、厩番の方に増量をお願いしたところだ。

 ゆっくりと着実に出産に向けて準備が進んでいる。王国上層部も注目しているようで、副団長さまや魔獣研究家の人も興味津々。副団長さまは陛下と天馬さまたちと私から許可を取り付けて、観察日記を付けると言い子爵邸に出入りし始めた。彼だから問題ないけれど他の人まで来るのは、騒がしくなりそうなのでちょっと遠慮願いたい。


 「エルもジョセも気にしすぎだよ。数が少なくなっているんだし、増えるなら良いことだから」


 「ナイの仰る通りですわね。ギャブリエルもジョセフィーヌも安心して屋敷で育児をして頂かなくては」


 ちなみに彼らの名前は呼捨てで構わないと言われ、子爵邸の主だったメンバーはエルとジョセと呼び、ギャブリエルとジョセフィーヌと呼ぶ人たちは少数となっていた。敬称は付けたりつけなかったり。アクロアイトさまは私の肩からエルの背に乗って、乗り心地を確かめている。


 『楽しいのでしょうか?』


 『どうでしょう。でも、お可愛らしいですよ。幼竜は珍しいのですから、皆で育て上げませんと』


 あれ、辺境伯領の大木では竜の番がベビーラッシュとなっているのだけれども、彼らは知らないのだろうか。


 「エルとジョセは辺境伯領には行ったの?」


 「わたくしも興味がありますわね。機が合わなかったようですし」


 セレスティアさまが、若干しょぼんとした顔になる。上手くいけば天馬さまたちに会えるかもと考えて、辺境伯領へ報告しに戻ったようだし、会えなかったのが余程悔しかったのか。

 竜の方と天馬さまが一緒に居る光景を見たかったと零していたが、今の光景も一応竜と天馬が一緒に居る光景なんだけれども。彼女の場合は大きい竜と天馬さまが一緒に居る光景で、アクロアイトさまだと物足りないのかも。


 『お伺いしましたが、竜の方が多くいらっしゃいましたし、卵も抱いていたので遠慮しました』


 『ええ。天馬の数も少ないですが竜の方々も少なくなっていると耳にしました。邪魔をする訳にもいけませんので』


 自然が多く丁度良い場所だけれど、竜の番が仲睦まじく子育てをしているならば、天馬さまたちは邪魔になると。

 気遣いのできる優しい天馬さまたちである。他の天馬さまたちも彼らみたいならば大歓迎だけれど、自然の中で出産育児する方が本当は良いのだろう。でも、密猟者に捕まって命を奪われたり檻に閉じ込められたりする理不尽な目には合って欲しくない。

 

 「じゃあ、ここでゆっくり子育てしないとね。自然は少ないけれど、病気や怪我は直ぐに対応できるし」


 呼んでくれればすっ飛んでいきますとも。エルとジョセなら危ないことはしないから怪我の心配はないけれど、病気だけはいつ罹るか分からない。

 こういう時は聖女をやってて良かったと思える瞬間だ。人間相手なら対価を頂かなければいけないけれど、動物から頂く訳にはいかないが、癒しをくれるから対価はそれで十分。


 「ですわね。お隣は亜人連合国の方々が常駐されていますから、問題があれば問い合わせすることも出来ます」


 『何から何まで』


 『安心して仔を産むことができます』


 すりすりと私に顔を寄せてくるジョセの顔を撫でた後、首から肩お腹へ手をゆっくりと移動させる。お腹のなかに違う命が育まれているだなんて信じられないけれど、無事に生まれてくるようにと願わずにはいられない。

 

 『?』


 『どうしました?』


 『いえ、きっと気の所為です』


 エルとジョセが何か言っている気がしたが、お腹を撫でていたので気付かなかった。


 「ナイ、そろそろ屋敷へ戻りましょう。学院の遅れている分の復習や予習をしませんと」


 二学期に入ってマトモに学院へ通っていないので、勉強に遅れが出ている分はソフィーアさまとセレスティアさまに教えて貰っている。

 お二人とも学院に通う必要はないそうだが、箔付けの為に通っているそうで。上流階級のお貴族さまは流石だ。彼女たちの性格や頭の良さも起因しているのだろうが、私には無理だし。


 「はい。――また様子を見にくるねエル、ジョセ」


 『ありがとうございます』


 『聖女さまのお心遣い痛み入ります』


 手を軽く振ってエルとジョセと別れて屋敷の中へと入ると、ソフィーアさまが準備をして待っていてくれた。時間には遅れていないけれど、急いで席に着いてよろしくお願いしますと頭を下げると、勉強会が始まる。


 「ここの所忙しかったからな。仕方ないとはいえ学院の授業についていけなくなれば恥を掻くのはナイ自身だ。確りとやるぞ」


 「ええ。わたくしたちの主人なのですから、確りとして頂きませんと」


 「はい。お手柔らかに……」


 最上級の教育を受けてきたお二人の手解きは割と厳しい。間違えると容赦はないし、間違えた所と同じような問題を何度も解いたり。お二人が居なければ私は学院の特進科クラスから追い出される訳なので……ん、普通科クラスでも良くないかな。あれ、何か考えちゃいけないことに気が付いた気がする。


 「ナイ、どうした?」


 「いえ、普通科でもよくないかなと一瞬考えてしまいました」


 だって聖女として王国内どころか各国を渡り歩いている気がするし、勉強どころではない気もする。いやでも勉強は大事だし、これから先どうなるか分からないので学は必要。後で後悔するならここで確りと学んでおいた方が良いはず。


 「確かに普通科でも良いでしょうが、ナイは特進科クラスでも十分にやっていけましょう」

 

 「ああ。少し抜けている所があるが、こうして教えれば吸収するんだ。問題ないさ」


 ほら、ちゃんとやれというソフィーアさまの声に、机に広げられている問題集に取り掛かるのだった。

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