第298話:天馬さまのお名前。

 天馬さまたちに名前を付けて欲しいと願われたセレスティアさまだったが、まだその場に立ち尽くしたままで戻ってくる気配がない。ネーミングセンスが皆無な私に言われなくて良かったと安堵して、どうしたものかと考える。

 ジークとリンには期待できないので、消去法でこの場に居たソフィーアさまへと顔を向ける。私と暫く視線を合わせていたソフィーアさまは呆れたように長めの息を吐いて、セレスティアさまの肩を強めに叩いた。


 「いい加減に戻ってこい。天馬さま方が困惑しているだろう」


 セレスティアさまの肩を叩いた後に揺らして強めに声を発したソフィーアさま。


 「はっ! ――申し訳ありませんわたくしとしたことが。あまりにも名誉なことで意識が飛んでしまいました」


 暗くなっていたセレスティアさまの瞳に光が宿った。ようやく戻って来てくれたと安堵しながら、天馬さまの方を見るとセレスティアさまを見ながら目を細めていた。


 『名誉などと。気楽に付けて下されば良いのですよ』


 『ええ。私たちは貴女に名を付けて頂くことが嬉しいのですから』


 天馬さまがセレスティアさまに顔を近づけて、ぐりぐりしている。お貴族さまのご令嬢にそんなことをして良いのかなと眺めていると、彼女がぷるぷる震えている。

 先ほどの二の舞になるのではと心配していたら、セレスティアさまは無様を晒さぬようにとどうにか堪えているようで。ソフィーアさまが微妙な顔で彼女を見ているけれど、助けてあげなくても良いのだろうか。まあ憧れている天馬さまに顔を寄せられているのだから、幸せなのかもしれない。


 「念の為にもう一度お聞かせ願いますか?」


 『はい、なんなりと』


 「名を授けるという大役、本当にわたくしで良いのでしょうか?」


 『是非』


 『ええ。お気軽に付けて頂ければ』


 その言葉に意を決したのか、しばし目を瞑り考える様子を見せるセレスティアさま。彼女ならば変な名前は付けないだろうし、安心して彼女を眺めていられる。きっと素敵な名前を贈るのだろうなあと、笑みを浮かべたその時彼女の目が開かれた。


 「――ギャブリエル、ジョセフィーヌは如何でございましょう?」


 言い切ったあとドヤ顔をして、ばっと鉄扇を広げて口元を隠したセレスティアさま。しかも物凄く発音が良かった。ソフィーアさまは彼女の様子を見て、片手で眉間を揉みこんでいた。

  

 『ギャブリエル』


 『ジョセフィーヌ』


 天馬さまがそれぞれの名前を呟くと『いいですね』『はい。気に入りました』とのこと。元の世界だとフランス辺りの人たちが付ける名前のような気がする。

 アルバトロス王国に住む人たちは名前に拘りはなさそうな感じで、欧州系や北米あたりの名前を聞くけれど。そういえばフランス系はあまり聞かないよなあと、天馬さまを見ると付けられた名前を噛みしめているようだった。


 「ガブリエル、ジョセフィーヌ」


 聞こえた名前を無意識で復唱していた。それを耳ざとく聞いていたセレスティアさまが私の横にシュバっと立った。

 

 「違いますわ、ナイ。――ギャブリエルです。良いですか、ギャブリエル。さあ、もう一度」


 真剣な眼で私を見下ろし、名前を二度口にしたセレスティアさま。二度目は凄く饒舌に聞こえたけれど。若干困惑しつつ、名前を口にしようと意を決した。


 「ガ……」


 すっと右手人差し指を私の口に当てられて、言葉を防がれた。なんだろう一体。私間違えていたっけと、妙な顔となる。


 「ギャブリエル。――いいですね?」


 目が真剣だった。怖い。ちゃんと言わなきゃ次はない気がして、セレスティアさまの言葉を一生懸命思い出す。


 「……ぎゃぶりえる」


 「よろしくってよ、ナイ。まだ少し怪しい気もしますが、間違えたら……良いですわね?」


 一体何があるというのか。


 「えっと、これからよろしくお願いします。ぎゃぶりえるさん、じょせふぃーぬさん」


 なんだか言い辛いのは何故だろうか。舌の周りが悪いと言うか、なんと言うか。ちょっとたどたどしくなりながら、どうにか天馬さまたちの名前を口にすると、天馬さまたちは顔をこちらへ向ける。


 『聖女さまには少し言い辛いのでしょうかね』


 『そのようです』


 「えっと、愛称で呼ばせて頂いても構いませんか?」


 正式な名前が決まったのならば、それを基にした呼びやすい名前でも良いのでは。


 『愛称ですか?』


 「はい。親しい間柄だと名前を短くして呼ぶこともあるんです」


 嘘じゃないし、実際にジークとリンは名前を短くして呼んでいる。二人と出会った頃に名前が長ったらしくて、ジークとリンでも構わないかと聞き許可を得て呼ぶようになった記憶がある。


 『言い辛いのでしたら、良い方法なのかもしれませんね』


 『興味があります』


 「エルとジョセはどうでしょうか?」


 ちゃんとした愛称が分からないので、自分で考えたものだけれど良かったのだろうか。私の横に立っているセレスティアさまが微妙な顔でこの顛末を見届けている気がするけれども。だってギャブリエルとジョセフィーヌって滅茶苦茶言い辛くないかなあ。セレスティアさまは素敵な名前だと考えて付けたのだろうけれど言い辛い。


 『短い名前も良いですね』


 『ええ。簡潔ですし、聖女さまも呼びやすそうです』

 

 「では、私はエルさんにジョセさんと呼ばせて頂きますね」


 どうにか長い名前を呼ばずに済みそうだと息を短く吐く。私の横で『どうして……』と呟いているけれど、この際スルーを決め込んでおく。

 私以外の人がギャブリエルとジョセフィーヌと天馬さまたちを呼ぶことになるのか。それは天馬さまと他の人たちが決めることだから、本人たちに任せてしまおうと顔を近づけてくる天馬さまを撫でるのだった。

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