第297話:厩の横で。
天馬さまたちの話をソフィーアさまが王家へ問い合わせてみると、すぐさま謁見場へと呼ばれ呆れた顔をした陛下から許可が下りた。
次の日、何故か大聖女さまから私宛の手紙が届き開封してみると、聖王国の最近の事が綴られていた。処分された人たちは多くいて、上層部はてんやわんやしているが、碌でもない人たちが減ったので随分と空気が良くなったとのこと。他国の人たちも出入りし始めていて、見られていることもあり良い緊張感が流れているそう。
あと一番大きな事は教皇ちゃんが退位したとのこと。役に立っていなかったので特段問題はなく次の選挙の為の準備を始め、全枢機卿さまの中からの選挙戦となるそうだ。
更に数日。
子爵邸には雨が凌げる程度の厩が建てられると下見にやって来た天馬さまたちが『私たちの為にわざわざありがとうございます』と丁寧に頭を下げられた。
厩の世話人の方は凄く天馬さまたちを気に入っていた。天馬さまたちは子爵邸の馬たちとも打ち解け、仲が良くなっているそうだ。同じような種だし仲良くなることもあるのだろうと一人納得しつつ、天馬さまと馬たちを見ていると確実に上下関係があるような気がする。
『私たちも馬車を引きましょうか?』
子爵邸の庭の片隅に出来た天馬さま用の厩でそんなことを、天馬さまから告げられた。
「恐れ多いので大丈夫ですよ。それにこれから子育てが始まるなら大変でしょう」
有難い申し出ではあるが、子爵邸の馬車を天馬さまが引くことになったら王都中が騒ぎとなってしまうし、今度は『天馬に馬車を引かせる黒髪聖女』と噂が必ず立つ。これ以上妙な二つ名を増やしたくないので、丁重にお断りをした。この話をセレスティアさまが聞いていなくて良かったと心底安堵する。
『お役に立てず残念です。――もし気が変われば仰ってくださいね』
前足をかきかきしつつ顔を私の方へ寄せて、天馬さまが言ってくれた。顔を撫でつつ指を立ててマッサージしてみると、目を細めているので気持ち良いようだ。
『ずるいです、私も』
もう一頭も顔を私の方へ寄せてそんなことを言った。可愛い我儘なのでもちろん断る理由はないと、片手をそちらの天馬さまへと移動させて天馬さまを撫でると目を細めながら身体の筋肉をぴくぴくさせつつ、尻尾もゆらゆら。
で、何故か私の肩に乗っているアクロアイトさまも何かを訴えているのか、顔を顔へすりすりしてくる。なんだろうこのモフモフではないが、可愛い生き物たちは。凄く癒しだなあと私も彼らと一緒に目を細める。
「ナイ……羨ましいですわ。わたくしの知らぬ間に天馬さま方が子爵邸に住むことになっただなんて」
辺境伯領から戻っていたセレスティアさまが、愚痴に近いような言葉を口にしたけれど仕方ないじゃないか。セレスティアさまが辺境伯領に戻った理由は辺境伯さまに、近いうちに天馬さまたちが大木の下へ参るかもしれないと報告しに戻っていたのだった。
あわよくば天馬さまが大木で見れて喋ることが出来たならと嬉々としてその場所へ向かったそうだが、天馬さまたちとは邂逅出来ず。しょんぼりしながら王都へ戻って来て、子爵邸へ顔を出すと何故か天馬さまの姿が。嬉しいけれど、辺境伯領に住むことにならなかった事が残念だったようで、妙な心のせめぎ合いになっているようだ。
「いいじゃないか。好きなだけ拝めるようになったし仔馬も見られるんだ。しかも至近距離でな」
「確かにそうですが……辺境伯領で竜と天馬が一緒にいる光景も素敵ではありませんか?」
確かに神秘的な光景ではあるとは思う。竜の方々と天馬さまたちが同じ場所で、生活しているだなんて。しかも仔も一緒であるし、なかなか見れる光景ではない。
「よく分からんな。そんなに良いものなのか」
「それはもうっ!」
ソフィーアさまとセレスティアさまの会話を聞きながら苦笑いしながら、未だに天馬さまたちを撫でていた。アクロアイトさまも私にまだすりすりしている。
ジークとリンはそんな私たちを眺めつつ、警護に務めていた。
天馬さまはこのまま子爵邸に住むことになる。天馬さまは既に身籠っているそうだが、まだお腹が大きくないので実感はあまりないが楽しみではある。獣医さんとか居ないので少々不安であるが、自然分娩が常だそうで死産した時はその時だそう。無事で生まれて欲しいのだけれど大丈夫だろうかと、天馬さまたちをみるとまた顔を寄せてくる。
「あ、もしよければ……なのですが」
ふと、思い付いた。
『どういたしました?』
「我が家で働いている方たちの子供を預かって面倒をみているのですが、人間の小さな子供が苦手でなければ少し相手をして頂いても構いませんか?」
情操教育に丁度良さそうなのでお願いしてみる。魔獣になるけれど、天馬さまたちは温厚なので子供たちなら喜びそうである。
そして天馬さまたちは凄く紳士なので、子供たちが少々無茶をしても笑って許してくれそう。まあ、触れ合う時は事前にやっていい事と駄目な事を伝えて、それから触れ合いをもって貰うけれど。
『おや。そのくらいお安い御用ですよ』
『はい。小さな子は種族を超えて可愛らしいものです』
「良かった。馬でも良いのですが、やはり言葉が通じないと不安な部分はありますので」
馬車引き用の馬は居ても、乗馬用の馬じゃないし人と触れ合う訓練もしていないし。気性が荒いと世話人以外に懐かないこともあるから、結構大変。天馬さまたちが子爵邸にタダで居座るのが気が引けるというなら丁度良い。
子爵邸の警備を担ってくれている人たちの為の小さな屋敷の中に、託児所が併設されていると伝えると『分かりました』と返事をくれる。凄く贅沢な情操教育だと笑みを浮かべると、また天馬さまが顔を寄せてくるので撫でり撫でりと手を滑らせる。
そして少し離れた場所から、凄く羨まし気にこちらを見ている方がお一人。
「あの……申し訳ないのですがセレスティアさまとお話をして下さると有難いのですが」
『あちらのお嬢さんですね。そんなに私たちが珍しいのでしょうか』
天馬や竜と触れ合う機会なんてない筈だけれど。亜人連合の方たちに天馬さまたちのことを報告すると、珍しいって言っていた。あと繁殖するなら是非成功させて欲しいとも。数が減っているので、増えて欲しいみたい。保護したくとも、割と奔放で亜人連合国内でも珍しいみたいだし。
片割れの天馬さまが私の話を聞いてセレスティアさまの下へ向かう。
『こんにちは、お嬢さん。これからお世話になりますね』
「――……っ! はっ、はいっ! よ、よろしくお願いいたしますわっ! わたくしセレスティア・ヴァイセンベルクと申します」
辺境伯出身であるとは言わなかった。恐らく野生の魔獣に人間のしきたりやルールは関係ないから、きっとそれで良いのだろう。
『名乗りを有難うございます。ですが私たちに名前はなくて。自然界に生きる者なので、人間のような個体識別できる呼称を持っていないのです』
亜人連合の方々は名前はあるけれど親しい方たちにしか教えないし、呼ばせないと聞いているけれど。野生なお馬さんなので、名前を付ける習慣はないみたいだ。考えることが出来る上に、喋ることも出来るのにこれ如何に。同種族の方たちならばフィーリングで個体識別できていたのだろうか。
『確かにここに住むならば、名前はあった方が良いのかもしれませんね』
遅れてもう一頭がセレスティアさまの下へと行って、そんなことを言い始めた。あれ、話が妙な方向になってきたような。
『お嬢さん、私たちに名を頂けませんか?』
「え、へ?」
突然の天馬さまたちの申し出にキャパオーバーしたセレスティアさまがその場に立ち尽くすのだった。
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