第296話:水浴び。
子供たちと一緒にお芋さんが育ちますようにとお祈りした。子供たちと庭師の小父さまにサフィールと私で。
もう十五歳だし、そんなことをするのは少々恥ずかしいけれど子供たちの可愛らしいお願いである。まあ一番恥ずかしかったのは庭師の小父さまか。子供も既に成人していると聞いたから、声だけとはいえ恥ずかしかったに違いない。そして魔力を練ってもいないのに……。
――魔力が減った気がするけれど、気の所為、気の所為。
子供たちと別れて屋敷の裏口へ向かうと、泥だらけになっているアクロアイトさまを見て悲鳴を上げる人。ついでに泥だらけだった私を見て顔を青くする人多数。
お貴族さま出身の侍女の方がそういう顔をしていて、下働きの女性や男性陣はやれやれと言った感じで。軽く汚れを落としてきますと言い残して、裏庭へとまた出た。
「お風呂は無理だから、井戸で流そうか」
取りあえず汚れた私よりアクロアイトさまが問題だよなあと、厩の近くにある井戸へと向かう。厩で世話をしている人に声を掛けて井戸を使うことを伝えると、アクロアイトさまがすっぽりと収まるサイズの桶を借りることが出来た。あと、馬糞を少々譲り受けることも。畑に撒けば丁度良い肥料となりそうだ。
これから何が起こるのか理解していないのか、アクロアイトさまは桶を眺めて首をくるっと捻る。
「俺はタオルを借りてくる。リン、頼む」
井戸の滑車を使って桶を垂らして暫く待ったあとに引き上げていると、ジークがタオルを借りにこの場から去って行く。
「うん、兄さん」
「ジーク、よろしく」
時間的に用意が出来ていないだろうから、シャワーで我慢しないと。こういうことをするなら外にシャワー室を作っても良いかも。庭師の人や厩の世話係の人たちも使えるし、アクロアイトさまも泥遊びが気に入ったようだからシャワー室で泥を落とすことが出来れば便利だ。
こうして子爵邸内をウロウロしていると、足りない物とか発見できるから偶には良いかもしれない。子爵邸で働く人たちと顔を突き合わせた時に一応聞いてはいるものの、遠慮していってくれない。意見や文句はタダだというのに、勿体ないというかなんというか。
「ほら、桶の中に入ってね」
抱きかかえていたアクロアイトさまを桶の中へと入れると、今度は水遊びを始めた。パシャパシャとワザと音を立てながら、身体全体を水へ浸ける為に寝そべってみたり、立ち上がって足を動かして水を蹴ったり。楽しいのか同じことを何度も繰り返している。私は後から邸の中のシャワーを借りるつもりだ。リンと私で桶の中に入って無邪気に遊んでいるアクロアイトさまを見る。付いた泥は勝手に落ちているので、手で落とさなくても大丈夫そうだった。
「……可愛い」
「うん」
リンがぼそりと呟いたので同意すると、顔を見合わせて二人で笑う。私たちを見ていたアクロアイトさまが、不思議そうに首を傾げながらこちらを見ていた。
長命種なので大きくなるのはずっと先になるだろうから、まだまだこの小さいアクロアイトさまと一緒に暮らすはず。ゆっくりと今のような時間が過ぎていけば良いと願うけれど、本当に大きくなったらどうなるのか。その頃には私はこの世に居ないかもしれないから、無用な心配なのかも知れない。
「気持ちいい?」
私を見上げたアクロアイトさまが一鳴きすると、羽と身体をぷるぷるさせて水を切って、また水遊びを始めた。ジークが戻ってくるまでは好きにして貰えばいいかと、リンと私とで見守っていると厩の馬が騒ぎ始める。
いきなりの出来事に厩の世話人の方が慌てて馬を宥めていた。一体どうしたのかとリンを見ると空を見上げていたので、私もそれに倣うと『え?』と声が出てしまった。
「何で王都に……」
「フライハイト男爵家か辺境伯領に居るはずなんじゃ」
「ナイ!」
ジークが走ってこちらへとやって来たけれど、多分大丈夫……なんだけれど王都の空を飛ぶ白い姿の天馬さまは凄く目立つ。しかも二頭も。人間よりも生き物の方が敏感なようで、庭木に止まっている鳥もバサバサと音を立てて飛び立っていく。どんどんと高度を下げていくけれど一体どこへ向かうのやら。
「大丈夫。空見て、ジーク」
私の声で立ち止まり空を見上げたジーク。
「は?」
空を見てジークが抜けた声を出し、こちらを見たのでふるふると首を振った。王都の空を天馬さまたちが飛んでいる理由なんて知らないし、一体何処に向かっているのだろうと暫く顔を空へと向けていると何故か子爵邸へと近づいて来る。
『お騒がせをして申し訳ございません。あちらこちらを飛んでみましたが、こちらも良さそうな雰囲気がしておりましたので……』
『こんなに沢山の人間が居る場所で……とも考えましたが、逆に良いかもしれないと相談の上でこちらへ参りました』
私の姿を目視した天馬さま二頭は子爵邸を目指して一足飛びだった。水遊びをまだ続けているアクロアイトさまを微笑ましそうに、チラ見したあと私を見てそう告げた。
「辺境伯領や男爵領のように魔素が多い場所が王都にあるのですか?」
適切な繁殖場所は魔素が多い場所と聞いているけれど、王都にそんな場所はないはず。
『貴女自身が魔力を零しておりますので、下手な場所よりもこの辺りは魔素が濃くなっております』
気付いておられませんでしたか、と天馬さま。いや、そんな話は初耳だし、それって魔力制御が甘々だと言われているようなもので。私がきちんと魔力制御を覚えてしまえば、この場所は繁殖場所には不適切となってしまうのだけれど。
『それに竜の御仁が居られますので、他の場所より安全です』
確かに子爵邸ならばエルフのお姉さんズと副団長さまによる結界が施されているので、侵入者の心配は必要ない。魔素が濃いかどうかは疑問だけれど、安全面と言う意味では十分な場所だと思うけれども。
「それは……私個人としては構いませんが、流石にアルバトロス王国にお伺いを立ててみないと」
『ああ、そうでした。人間の掟を良く理解しておらず、勝手を申して……』
『先走ったようですね――』
「――ナイっ!」
珍しい顔でソフィーアさまがやって来たけれど、天馬さまを見ると『ああ』と納得したようで走る速度を落として、私の下へと立った。
「ソフィーアさま?」
「子爵邸内が騒がしかったからこちらへ来てみたが……」
ふうと息を吐いて天馬さまを見ると、天馬さまたちも彼女へ頭を軽く下げる。
『お邪魔しております』
『お騒がせをして……ご迷惑を掛けております』
「い、いや構いませんが」
予想以上に丁寧な対応の天馬さまに、若干気押されている様子のソフィーアさま。お貴族さまとして教育を受けている彼女が、ああいう様子になるのは珍しい。
そういえば辺境伯領へ戻っているセレスティアさまの目的は、天馬さまたちが竜のみなさまたちと共存出来るかの確認を取る為だったはず。あれ、もしかして空振りに終わるのかと考えていると、ジークがソフィーアさまへの説明を終えていたようで。
「理由は伺いました。王家へお伺いを立ててみます」
まあ断ることはないでしょうが、とソフィーアさま。あれ、子爵邸で天馬さまたちが繁殖することが決定してるのかしらと、顔が引きつるのだった。
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