第295話:【後】お芋さん。

 子爵邸の裏で家庭菜園ぽくお芋さんを植えてみた。こんもりと盛られた畝には、種芋が埋まっている。ちゃんと無事に発芽して、どうにか土の中から若芽が出てくれれば良いけれど。

 仮に病気に掛かったり、天候不良で作育が満足いかなくても、子供たちにはいい経験になるだろう。もちろん家庭菜園初挑戦の私にも。


 持っているスコップを手にしたまま汗を拭う。植えたお芋さんの種類はアルバトロスやリームの気候に特化しているらしく、年中どの時期に植えても発芽して成長するという代物だそうだ。

 自然災害や飢饉に困ることも多々あるだろうから必死こいて開発したか、自生しているものを目敏く見つけたのだろう。


 「早く食べたいなっ!」


 「だね」

 

 子供とサフィールが泥に紛れながら、楽しそうに笑ってる。


 彼らと一緒に植えながら、収穫出来たら何が食べたいとかいろいろと語っていた。マヨネーズがあるならポテトサラダとか食べたい欲が沸いてくるけれど、マヨネーズの材料は知っていても酢酸ってどう作るのか分からないしなあ。

 誰かがそのうち発見してくれそうだけれど、そうなるのはいつの日か。子爵邸で作ることが可能なものなら、蒸かし芋にバターが王道か。


 でも、油があるので薄切りにして揚げて塩を振りかけるのも、全然アリ。料理長の手を煩わせる訳にはいかないので、厨房の片隅を借りて調理することになるだろうけれど、あまり良い顔はされない。どうにもお貴族さまの当主兼聖女である私に『そんなことをさせる訳には』という気持ちが勝るらしい。

 まあ料理は得意という訳ではないし、料理長や料理人の方に任せる方が美味しいものが出来上がるという事実。やってくれると言うならば、彼らに任せてしまうのも手だ。仕事を増やして申し訳ないが。

 やはりボーナス制度を導入すべきだろうか。今度、家宰さまやソフィーアさまにセレスティアさまたちに相談してみよう。私の懐が寂しくなるだけなので、子爵邸で働く人に朗報となると良いのだけれど。


 「よし、終わりだね。後は水撒いて終わりかな。ジョウロ取ってくるね」


 「あ、僕が借りてくるよ」


 ジョウロを取りに行こうとすると、サフィールが代わりに名乗り出てくれた。あまり私がウロウロするのも宜しくないので、気を使ってくれたのだろう。


 ちなみにアクロアイトさまは泥遊びしていた。邪魔にならない畑の端っこで。超デカいミミズを見つけて、そのミミズとしばらく格闘してたのだけれど勝負に負けてた。

 負けてしょんぼりしているアクロアイトさまを見ると情けなさそうな顔をしていたので、私が小さく笑うと小さく一鳴きしてた。泥だらけになっているので後で水浴びでもして泥を落とさないと。そのまま屋敷に入っても良いのだけれど、後処理が大変だもんなあ。


 「サフィール、頼んでも良い?」


 「もちろん。行ってくるね」


 軽く片手を上げて庭師の人が居る小屋の方へと走り出すサフィールの背を見届けて、畑へと視線を変える。

 

 「聖女さま、いっぱい取れるかな?」


 「どうだろうね。でも、私たちが手を抜かずにちゃんと育てたら、きっとお芋さんたちも応えてくれていっぱいとれるんじゃないかなあ」


 初挑戦なので手探りの部分もあるけれど。雑草抜きや肥料やりとかも考慮すればイケるんじゃなかろうかとは考えているけれど。

 化学肥料のない時代だから、原始的な方法に頼るしかないのが悩みの種というか。それでも生育方法が確立されているのは有難い。野菜の種類によってアドバイスが違うこととか、面白くて読み込んでいたし。

 収穫したあとで美味しく頂けるならと欲を出して真剣に読んでいたあたり、欲求パワーは凄い。楽しみが少ない世界だから仕方ないよねと苦笑いしているとサフィールが戻ってきた。


 「お待たせ」


 「聖女さま、精を出されてますな」


 サフィールと一緒にやって来たのは庭師の小父さまだった。日差し避けの為の麦わら帽子を手に取って胸に当てて礼を執る。

 

 「ありがとう、サフィール。――我儘を申し訳ありませんでした。受け入れて下さり感謝致します」


 家庭菜園を始めたいと伝えると要望を叶えてくれた上に、下準備まで終わっていた。

 畝作りや肥料やりなんかを前もって自分でやるつもりだったのだけれど、庭師の小父さまが済ませてくれていた。なんだか気を使わせてしまって申し訳ないと心底思う。


 「いえいえ。私は構いませんが、聖女さまが泥仕事とは。驚きです」


 まあスコップや鍬を持って土いじりをする聖女さまの数は少ない。それこそ田舎の貧乏男爵領出身者や平民出身の聖女さまでもない限りやらないだろう。

 私は子爵家当主だが一代限りの法衣貴族な上に孤児出身だから、何も気にならないから、こうして子供たちと一緒に土を触っているだけで。昆虫――超デカい――を捕まえた男の子が女の子へ差し出して『きゃー!』となるのはお約束だなと、微笑ましい時間を頂いた訳だけれど。


 「単純に食い意地が張っているだけかと」


 「それだとお金を払って贅沢をすれば良いだけでしょう」


 そうだけれど、自分で作った作物を食べるって浪漫じゃないかなあ。小父さまの言葉に苦笑いを返しつつ、小さな畑を見渡す。前世はそんな場所がなかったし、プランターで育てるのは味気がないし。

 こうして田舎の農家さんみたいに、家の隣で畑を耕すって憧れていたから。老後に余裕が出来ればやってみたいなあなんて考えていたが出来ず仕舞いだったので、こうして自宅で土いじり出来る環境は有難い。まあ……畑が似合わない場所だというのは理解しているけれど。王都の貴族街の屋敷の中で、家庭菜園をやっている物好きなんてかなり希少だけれどねえ。

 

 「おじさんっ! お芋取れるかなっ!?」


 「お? ちゃんと君たちが世話をすれば、きっと応えてくれるはずだ。上手くいかない時もあるかもしれないが、それで諦めちゃ駄目だぞ」


 無邪気に庭師の小父さまに質問を飛ばした子供たちに、膝に手を付き子供たちに視線を合わせて笑いながら質問に答えた彼。

 

 「大きくなあれ、美味しくなあれって願いながら育てると良いかもなっ!」


 「本当? ――大きくなあれ、美味しくなあれっ!」


 子供たちは無邪気だなあと、庭師の小父さんとサフィールに私で顔を突き合わせて笑うと、子供たちがこちらを見た。


 「小父さんも、お兄ちゃんも、聖女さまも一緒に唱えようっ!」


 子供らしい可愛いお願いに私たちも『大きくなあれ、美味しくなあれ』と唱えるのだった。ちょっと気恥ずかしさを覚えるけれど、大きくなって美味しいお芋さんが食べられる日が来るのを願うのだった。

 

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