第294話:【前】お芋さん。
――聖王国から帰国してから十日も過ぎていた。
聖王国は大聖女さまと先々代の教皇さまたちで再興を目指し頑張って行くそうだ。
腐っているとは言えど、ちゃんとしている人はちゃんとしていたようで。先々代の教皇さまはサクラを仕込んでいたようだし、教皇ちゃんに取り入っていた人の中にも、立場上そうせざるを得なくて仕方なくの人も居た。それに教皇ちゃんがアレな人なので、諫めたり苦言を呈すれば閑職に追いやられたり職位を奪われたり。
関わりたくない人も居たようで、自ら遠ざかっていた人も居たようだ。あとは聖職者として真っ当であるほど権力に興味はなく、現場で行動していた人がようやく会議の場にやってきてくれたこと。早く来て頂戴なと思わなくもないが、他国の王さまへの不敬は不味いだろうと重い腰をようやく上げたようで。
大聖女さまに協力を申し出た男性は七大聖家のご当主さまだそうで。なんで今まで名乗り出なかったのかというと、あんなのに関わりたくはないと本気で嫌な顔をしつつ口にした。
大陸内では聖王国の教会が潰れると困る国もあるようだから、話を聞きつけた国が協力を名乗り出た所もあるそう。
腐っていたのは前々から危惧していたので、この際綺麗に浄化すると願ったり叶ったりとか言ってた。傀儡や属国にする気はないらしいのだが、本当かどうかはその国の人たちにしか分からない。
宗教って必要なのか謎だけれど、必要な人には必要らしい。姿も見えない神さまを拝む気にはなれないが、そういう人たちにとっては救いなのだろう。
現にクレイジーシスターや盲目のシスターに教会の神父さまたちは、熱心に朝拝やら週末のミサやらに出向いている。教会信徒だから当たり前だけれど、止むをえない事情で入信した人も居て、そういう人は表面上だけ取り繕っていることもあるから人それぞれ。
大聖女さまたちが改革を名乗り出るにあたって、暗殺の可能性等もあるので護衛が確りと付くことになった。
各国からも代表が派遣されて、自国の教会との橋渡し役に自国へ送られる聖王国の人間の選出。他にも七大聖家から教皇さまを選出することを止め、枢機卿さま全員が候補となりその中からの選出となったそうで。まだ時間は掛かるだろうけれど、政治と宗教の切り離しを行って健全な運営を目指すそう。
この短期間で良く決められたなあと思う。やることは沢山あるだろうけれど、頑張って欲しい。私はお金が返ってきたので文句はないし、遅かれ早かれ露見することだったから、誰かが矢面に立たなきゃならないし。
それがたまたま大聖女さまと言うだけだ。邪魔だから聖王国を潰せと宣言され、他国から侵略されたり亡国にされるよりはマシな展開。観光資源が主の国にそんな旨味があるのか、実際のところ分からないけれど。
大聖女さま方には頑張って貰って、マシな枢機卿さまを選んでこっちへ送ってもらいたいものである。
アルバトロス王国の教会へ行って今後の話し合いやら、聖王国へ行った報告書の作成に子爵家運営の決裁に報告とか采配やら、何故か毎日やることがある。
学院にも行かなきゃ駄目だし、教会の孤児院にも顔を出しているし、子爵邸内の託児所も気になるから様子を伺いに行ったり。フライハイト男爵家の聖樹候補がどうなっているかの視察とか、天馬さまたちの繁殖場所候補が他にもないか聞いてみたり。城の魔術陣への魔力補填も当然ながらある訳で。
「な、なんでこんなに忙しいの……」
本当に休む暇がないのだけれど。あと休みの日といっても何かしらが舞い込んでくるか、ソフィーアさまによって予定を前もって告げられるのだ。何度も言っている気がするが、忙しいのだから仕方ない。
子爵邸の執務室でぼやくと家宰さまがにっこりと笑って、早く確認して決裁書類に押印してという圧を掛けてきた。
みんな手厳しくないかなあ。ジークとリンは壁際で護衛を務めてくれているので、助けを求めることが出来ないし、クレイグは家宰さまの命によってお使いに出ている。サフィールは託児所で預かっている子供の面倒をみているので、此処には居ないし。
ソフィーアさまは別室で子爵邸の差配をしているし、セレスティアさまも辺境伯領の大木に行くといって今日は留守にしていた。
「仕方ありませんね。なにせ貴女は時の人。まだまだ忙しくなる可能性だってあるのですから、覚悟していただかないと。――ああ、そちらは私に」
「お願いします」
私のぼやきを耳ざとく捉えたらしく、我が家の家宰さまが笑ってそんなことを告げて押印した書類を受け取る。でもまあ、彼らのお陰で子爵家当主としての仕事は午前中で終わるので有難いこと。
この後お昼ご飯を頂いて、前々からやりたかったことを始めるつもりだ。勝手には出来ないことだから前もってみんなには相談していたけれど。でも何故か反応がそれぞれ違うんだよね。
ソフィーアさまは、あまり私にソレをやらせたくなさそうな雰囲気で『本気なのか?』と一度確かめられる。やりたいと彼女に伝えると『世話をきちんとするなら構わない。だが子爵邸の外でやるなよ、約束だぞ』と両肩を掴まれた。
セレスティアさまは、やりたいのならお好きに……みたいな感じだったけれど何故か良い笑顔を浮かべていた。
ジークとリンは、私がやりたいようにやれば良いというスタンスなので、人の道から外れること以外は咎めないと思う。クレイグとサフィールは楽しそうだから暇な時は手伝うと言ってくれた。他の子爵邸の主だった面々は好意的だけれど、お貴族さま出身の女性陣はあまり良い顔をしないが、当主である私が言ったことなので仕方ないという感じ。
うーん、何故そんな反応をされるのかと疑問を抱きつつ。
リーム王国へと赴いた時、畑にお芋さんが植わっていたので食べたくなった。流石にサツマイモは見つけられなくて諦めたけれど、男爵芋だかメークインだか品種は良く分からないけれど、お芋さんを頂くことになった。
物欲しそうに見ていたのがバレたのか、ギド殿下から最近大量のお芋さんを頂いたのだ。
困っているのではと問いかけると、そこまで切羽詰まっていないし備蓄もあるから大丈夫とのことで。殆どは子爵邸のご飯の材料として消化されるのだけれど、自分で作ってみるのもアリだなあとふと思い至り。
取りあえずみんなにお芋さんを育てたいから、庭で家庭菜園を始めたいと伝えた。知識は学院の図書棟で本を借りて、ノートに書き写しているから問題ないはず。食用と種芋用が存在するらしいのだが、芽が出なければ出ないで構わないし。
そうして返ってきた答えは、お貴族さまは本来そんなことをしないが私だからなあ、とのことで庭師の方に許可を頂けるなら良いんじゃないのかと。庭師の小父さまに相談すると、表は駄目だけれど邸の裏でなら構わないとのことで。
午前中の仕事を終えてお昼ご飯を済ませると、裏庭に出る。平民服に着替えて泥仕事をしても大丈夫な格好になっていた。下働きの人に汚れた服を洗って貰うことになるのだけれど、仕事を増やしたことに対してお給金ってどうなるのだろうか。そういえばボーナスの概念がないし、導入しても良さそうだなあと頭の片隅で考える。
ジークとリンも私と一緒に来ており、サフィールに預かっている子供たちが興味を引けば連れてきてねと伝えていたのだけれど、来てくれるだろうか。
「ナイ、みんな来ちゃった」
サフィールが苦笑いを浮かべて私の下へとやって来た。確かに託児所で預かっている殆どの子が来ていて、サフィールと一緒に苦笑する。
どうやら珍しいらしく、興味を引いたようだ。王都なので田畑を持っている人は限られているし、野菜はお店で買うのが一般的だ。珍しいんだろうなあと笑っていると、彼が手を引いている小さな女の子が興味深そうに私の顔を見上げていた。
「聖女さまっ!」
「ん、どうしたの?」
女の子に視線を合わせる為にしゃがみ込んだ私。
「何するのっ?」
「お芋さん、植えようね。収穫出来たらみんなで食べてみよう」
無事に芽吹いたとして、病気に掛からないように世話をして収穫出来るまでには三ヶ月ほど時間が掛かるだろうけれど。
わぁと喜んだ少女の頭を撫でると、肩に乗っていたアクロアイトさまが一鳴きした。なんだろうと腕の中に抱えてみるけれど、アクロアイトさまは首を傾げるだけで良く分からなかった。
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