第293話:協議。

 陛下から会議に参加するにあたっての注意点を頂いていた。


 妙に動きが怪しい者や不審な者、大聖女さまや先々代の教皇さまを害する可能性もあるので気を配っておけと。

 教会の騎士も居るが役に立たないようならば、アルバトロスの騎士を使っても構わないと。おそらく教皇ちゃんが錯乱した時に、教会の騎士たちは誰も動かなかった。大聖女さまの声でようやく止めに入ったからなあ。


 他国介入になって不味くないのかと聞くと、その時は大聖女さまに手を出そうとした暴漢からアルバトロスの騎士が助けたと吹聴すればそれで済むと。まあ人助けだし、大聖女という地位がある人を守るのは騎士の務めの一つになるのだろう。


 他にも警備が薄くなったと勘違いして、私を襲う者が居るかもしれないから十分に気を付けろと言われた。

 副団長さまが陛下方の護衛で別室に居るから、そう勘違いしてもおかしくはないのかも。それこそそんな人が現れれば問答無用だけれど。無詠唱で防御魔術を展開すれば良いだけだし、ジークとリンが居る。ギド殿下も騎士として十分に腕の立つ人だし、他の騎士さまたちも精鋭である。

 

 此処で手を出せば蛮勇だ。目的達成できないまま首を刎ねられるのがオチで。


 陛下方は別室待機となっているけれど、聖王国側の事務方――まともな人たち――と会談を行っている。アルバトロスの枢機卿さま一人はあちらに参加となっており、宗派を分けるかどうかやら相談するみたいだし、陛下方はこれからの話や助言、他国との対応やら。

 あとは大聖女さまや教皇ちゃんのことやらを話すそうだ。勿論、内政干渉とならないように気を付けて。時間が勿体ないし、丁度良いのかも。先程まではマトモな人が少なかったし、碌に話し合いなんて出来なかったから。


 「――始まるな」


 不意に声が聞こえて、意識が浮上する。どこの誰とも判断の付かない声が聞こえると、既に準備は整っているようで大会議場には聖王国の主だったメンバーが、厳しい顔を浮かべて大聖女さまの登場を待っていた。

 先程の大会議場の時よりも人数が随分と増えており、教会の上層部と中堅クラスの人たちが招集されたようだ。そうして大扉が開かれると大聖女さまが現れ、上座へ腰を掛けた。先々代の教皇さまも一緒にやって来ており、彼女の隣に腰を下ろす。


 「表舞台から離れていたのに……何故」


 「……邪魔な奴が」


 「戻ってこられたのか」


 「ようやくか」


 ひそひそ声が凄くクリアに聞こえる。まあこれには仕掛けがあるのだけれど。聖王国の人たちから随分と離れているから、聞こえないと思って安心しているのだろう。けれど、今の私には身体強化、特に聴力を強化しているのだ。


 副団長さまに聴力を強化する補助魔術を掛けてもらおうとお願いしたら『僕、攻撃一辺倒でして……』と何とも言えない台詞が返ってきた。耳ざとく聞いていたらしいお婆さまが『私が掛けてあげるっ!』と凄い勢いでやって来て掛けてくれたのだけれど、もしかして対価を払ったつもりなのだろうか。


 『え、あれじゃ駄目!?』


 姿を隠していたらしいお婆さまが私の横に現れて、慌てた顔になっていた。あの、割と頻繁に私が漏らした魔力を吸い取っているじゃないですか。寿命が延びたと言っていたし、魔法一つで解決してしまうほど私の魔力は安いのだろうか。あ、でもお婆さまの魔法でないと、彼らの声が聞こえなかった可能性もあるのか。


 『そ、そうよ! そうなんだからねっ! 感謝しなくちゃっ!』


 まあ深く考えるのは止めよう。私の魔力制御が甘いこともあるのだし、お婆さまやアクロアイトさまを責めるのは筋違い。よかったと言いながらお婆さまがまた姿を消した。アクロアイトさまは私の肩で呑気に舟を漕いでいる。肩から落ちないのが不思議だけれど、ちょっと危なっかしいので抱き上げて私の膝上に移動させる。

 一度起きて後ろ足で足踏みしながら居心地の良い場所を探し出して、丸くなってまた寝てしまった。会議や周りの事は何も気にならないようだ。本当に自由だとアクロアイトさまの頭を一撫ですると、気持ち良かったのか眠りを邪魔するなと言いたかったのか、ふすーと息を吐いた。

 

 「ただいまより、此度に不祥事を起こした者の裁きと、これまで教会から迷惑を被った方たちへの賠償をどうするかの討議を行います」


 大聖女さまが少しゆっくりとした声で、しかしはっきりと聞こえるように声にした。その声にざわつく周囲の人たちの顔色が悪い。どうやら心当たりがあるようで顔色を悪くする人たちが多数。なんだか早鐘のように耳に届く音は、心拍数の音なのか。

 お婆さまの魔法は凄いなと感心しつつ、ちょっと五月蠅いかも。まあ、仕方ないよねえ。悪い事をしていたのだから。お天道さまの下を堂々と歩けない人たちは、今回の件と一緒に裁かれるみたいで。

 

 配られた紙に目を通す面々を注意深く見ていると、ぷるぷる震えている人も。そうして大聖女さまが今回の経緯を話したあと前を見据えた。


 「昨日、アルバトロスより聖王国へと戻って来られた枢機卿さまには、全財産を没収の上に鉱山で就労して頂きます」


 これは私の望んだ通りとなるようだ。没収された財産はアルバトロス王国へ渡されて、使い込まれた聖女さま方や私の補填に充てられる。

 彼が鉱山送りとなるなら、アルバトロスの枢機卿さま二名も同じ鉱山に送って貰っても良いかも。そうなれば愉快な事態になりそうなので、陛下にお願いしてみよう。


 「リーム王国で好き勝手を働いていた者も同様です。教会の未来を守る為、神の裁きを受けて頂きましょう」


 リーム王国で不敬を働いた神官さまも割と厳しい処分が下っていたので、リームの王太子殿下が大聖女さまと話して下した結果かもしれない。他国で問題を起こした聖王国所属の人たちも同様な処分が。どんどん人が減ってきている大会議場。これで少しは話がしやすくなったのかもと、息を深く吐く。


 「……次に――」


 「大聖女よ。貴殿にそこまでの権限があるのか?」


 おや、尤もな意見がようやくここで出た。手を上げてから大聖女さまの言葉を遮った男性。服装で教会の聖職者であることが分かる。

 

 「教皇さまがお倒れになり、枢機卿さま方も私の代わりを務めて下さらないならば、矢面になるべきは私かと」


 大聖女さまの言葉に、豪華な衣装を着込んだ人が幾人か視線を逸らした。どうやら自覚はあるらしい。そういえば力関係ってどうなるのだろうか。一応、大聖女さまにもある程度の権限はあるはずだ。でないと議会招集なんて出来ないからなあ。


 「確かに。だが今の大聖女に教会の改革を務められる力量があるのか?」


 「正直に言えば私の力なんて大聖女という称号のみ。ですが、やるしかありません」


 お飾りの人がいきなり前線に立たされたようなものか。でもやりとげなきゃ後がないからなあ。


 「私も彼女の力添えとなろう。引退した者を幾人か引っ張ってこられる。これでも先々代の教皇を務めておったのだ。顔は利く」


 お爺ちゃんの言葉に、彼が連れて来た人たちが頷く。大聖女さまの言葉を遮ったその人は静かに頷いた。


 「分かった。微力ではあるが、私も大聖女の教会改革を支援しよう」


 「あ、有難うございます!」


 彼がどの立ち位置に居るのか、全く分からないけれど大聖女さまにとって彼の言葉は嬉しいものなのだろう。その証拠に彼女は綺麗な笑みを浮かべているのだから。

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