第292話:協議前。
先々代の教皇さま、通称お爺ちゃんの登場で少し話の流れが変わりそうだった。大会議場にマトモそうな人たちが現れたのだから。
アルバトロスの陛下やリームの王太子殿下は、ようやく政に関してまともに話し合いが出来る人物がやって来たと安堵しているみたい。大聖女さまとお爺ちゃんのやり取りを観察しつつ、これからどうなるのだろうかと黙っている私。
正直、政治の話し合いの場となれば口出しする権利も、口を出す気もない。あとは覚悟を見せた大聖女さまが、血反吐を吐きながら頑張るしかないのだろう。
「我々が聖王国に力添えすれば内政干渉となる。――出来ることは助言程度だ」
アルバトロスの陛下がそう言い、リームの王太子殿下や他の方々もうんうん頷いていた。あまり深入りすると、今この場に居ない他国から何を言われるか分からないし、何を仕出かすかもわからない。
弱体化した聖王国を取り込もうとする可能性もあるから、やはり協力するには慎重にならざるを得ないのか。ままならないなあと大聖女さまに視線をやると、歯噛みしていた。光明を見つけたのに、直ぐに消えてしまったからだろう。
「私たちだけで考えて教会を再興しなければならないのですね」
「ああ。でなければ、聖王国は亡国となるのみではないか?」
上層部がやらかし過ぎてて、救いようがないからなあ。まあ、話が出来るマトモそうな人が居たからまだ救いはありそうだけど。
「亡国だけは避けなくてはなりません…………あのっ! これから会議を開こうと考えていたのですが――」
大聖女さまは私たちが帰ったあと直ぐに行動を起こす為、今回の件についての会議を開くつもりだったそうだ。ただ、私たちが帰ってしまえば上層部のお金が大好きな人たちが何を言い出すか分からない。だから、誰かが同席して頂けませんかと願ったのだった。
「見守るだけで良いならな」
陛下が大聖女さまにそう告げると、ほっとした表情をして確りと前を見る。
「十分です! それに私がもっと頑張れると思うのでっ!」
今の今までお貴族さまとしてのんびりと暮らし、一年前に聖痕が現れて以来、周りにちやほやされ過ぎていたのだと大聖女さま。
物凄く真っ直ぐで真面目なんだけれど、大丈夫かなあ。最初から全力全開で走って、途中でガス欠になりやしないか心配になってくる。でも走り切るしかないんだよねえ。此処まで酷いと笑いも込みあげてこないが、腐っているんだもの。
しかも他国でやらかしているし。ぶっちゃけ、どうやって収束させるか興味があるけれど、報告で内容を知ることになるのだろう。これ以上踏み込むと内政干渉だから、そうならないように気を配りつつ良い方向へ差し向けるとでも言うべきか。
「きっと今回のことは聖王国としても教会としても良い機会なんだと思います。掴んだものを零さないように、前へ進まないと」
そうして大聖女さまはお爺ちゃんの方を見ると、彼もまた確りと頷き。
「そうだな。フィーネ」
老い先短いおいぼれだが少しくらいは役に立つだろうとお爺ちゃん。いや現教皇さまより全然役に立つだろう。だって常識がある。贅沢を言えばもう少し若ければ良かったが、言っても仕方のないことだし彼の意思を継ぐ人が居れば良いのだけれど。
「はいっ!」
「分かった。手配しよう」
元気よく返事をした大聖女さまに、陛下が静かに頷く。大会議場に居る教会上層部の教皇派の人やお金が大好きそうな人たちは、お通夜状態。ようやく自分たちの立場が理解出来たのか、そろそろ魂が抜けていきそうな感じだった。
――なんで私が。
大聖女さまが執り行う会議の場に、私が見守り人ということで選出されてしまった。何故かと陛下に理由を問うと、一番の脅しとなるから後ろ暗い連中は黙り込むだろうと。確かに先程『聖王国を滅ぼす』と脅しを掛けたが、余計な事を言ってしまったなあと溜め息が出る。
あとは政治に関係のない『聖女』だからということらしい。助言とか要らないなら構わないけれど、ある意味で政治の場だというのに私で良いのだろうか。で、無茶振りくんことアウグスト・カルヴァインさまも勉強の為出席し、アルバトロスの枢機卿さま一人もご一緒するそう。教会の事で分からないことがあれば、彼らに聞けということだろう。
私の参加を知った大聖女さまは何故か嬉しそうな顔をしていたし、お爺ちゃんも嬉しそうだった。解せぬ。まあ、妙な事を口走る人が居ればジト目で睨みつければいいか。それぐらいしか、私には出来ないが。
会議の準備をするということで、私は椅子に座って待っていた。
「結局、ナイはキレたな」
「だね、兄さん」
両隣に控えて私の護衛を務めているジークとリンが、小さい声で口を開いた。準備の最中ということで、周りは騒がしいしこちらに注目している人も居ない。少しくらいお喋りしても怒られることはないだろう。
「む。だって仕方ないじゃない、馬鹿な人が多すぎるから」
それに返事をしてしまうと不味いのでジークとリンは苦笑いに止めると、気配が増えた。
「しかし、お前自身で聖王国を滅ぼすと言ったときは本気かと肝が冷えたぞ」
「ですわねえ。今の今までそういう事は言わなかった貴女ですのに」
ソフィーアさまが困ったような顔を浮かべ、セレスティアさまが不思議そうに私を見ていた。お二人も私の後ろで控えていたから、会談内容は全て把握している。
「少しくらいの援護ならば許されるかと」
「誰に対してだ?」
分かっていて聞いていないかな、ソフィーアさま。まあ、いいけれど。
「大聖女さま、ですかねえ」
「どうしてです?」
もしかしてこっちが聞きたかったのか。セレスティアさまが何故かと問いかけてきた。
「国を捨てて逃げることも出来たでしょうが、それをしなかったから」
大聖女さまで魔力量も多いと聞いていたから、国を出ても職に困ることはなさそうだし。聖痕持ちだから、聖王国が必死こいて探して連れ戻される可能性もありそうだけれど。甘いことをいっていたが、追い込まれて本領を発揮した彼女だ。更に追い込んでおけば奇跡が起きるかもしれないし。
「聖女殿っ!」
にっと笑ってギド殿下が私に声を掛けた。王族の衣装ではなくリームの騎士服に身を包んでおり、どうやら着替えてきた様子。一体どうしたのだろうかと、椅子から立ち上がり礼を執る。
「ギド殿下。どうしてこちらへ?」
アルバトロスの面々やリームの方や周辺国の皆さまは別室待機となったはずだけれど。亜人連合国のメンバーは誰も参加しない。教義はさっぱりだし、口出しすることもないからと代表さまだけ残って、他の皆さまは帰ってしまった。後はお婆さまが興味本位で私と一緒に見ているとのこと。
「そのように畏まらなくとも。王子としてではなく護衛の騎士として参加させて頂くことになってな。兄上に、見届け人として参加してこいと言われたよ」
そう言いつつも報告書はきっちり書いて、事細かく会議の内容を知られるのだろうなあ。聖王国は大変だ。アルバトロスも会議の参加者や私から報告書が提出されるはずで、今回起こった件を大陸全土にばら撒くつもりだろうか。
露見すればあの教皇ちゃんは教皇の座に居られないだろうし、同格といえど他国の王族に向けた不敬を問われることになりそうだ。なんだか包囲網が既に敷かれているようなと感じつつ、ギド殿下を確りと見ると私の肩に乗っていたアクロアイトさまが首を傾げる気配を感じた。
「そうでしたか。よろしくお願いします」
「ああ、聖女殿。王子としてではなく護衛の騎士としてだから気楽なものだ」
はははと笑ってギド殿下が何故か私の横に控えた。いや、護衛の騎士なら会議に参加するリームの事務方を護衛しようよと頭を抱えるのだった。
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