第290話:仕方ない。

 ――甘いと言われて笑われるのだろうなあ。


 でも聖王国の教会が潰れて、難民やら信者やらが他国へ向かうと迷惑を被るのは周辺国の人やアルバトロスだし。

 甘くても陛下やリーム王国と対等であろうとする大聖女さまを遮って、己の保身の為だけに声高に叫び始めた連中にイラっときた。口を出すなら、黙っていないで最初から口を出しておけと思うし、本来なら大聖女がやる仕事ではなくアンタらの仕事だろうにと心底思う。


 「自身の立場が危うくなれば、声高に叫ぶ無様。いい加減になさいませ。――話にケリがつき、次へ進めると思えば」


 どうにも口出しせずにはいられなかった。立場上許されることではないだろうが、まあ私の首が飛ぶことはあるまい。首が飛ぶのは、馬鹿なことを言い始めた教会上層部のコイツらの方が確率が高いだろうし。キレて陛下と大聖女さまの会話を遮ったのだから、盛大に文句をぶちまけてしまっても構わないか。


 陛下が言うように、教会を一度解体させて新な別宗派でも立ち上げた方が良いのでは。全員が全員という訳ではなかろうが、腐敗している人間が多すぎる。臭さ過ぎて、この場に居たくないのだけれど。


 『怒っちゃった』


 お婆さま、制御下におけない漏れた魔力を吸い取ってるし、アクロアイトさままで吸い取っているのだから相変わらず。まあ良いか、好きにして貰って対価はあとで頂こう。

 

 『え゛』


 私の周りを飛びながら器用に魔力を吸い取っていたお婆さまが、ぴたりと止まって滞空して私を凝視した。だって私の魔力がタダなんて一切言っていないし。


 『あら。潰すつもりなら応援するわよ』


 有難うございます。でも、応援だけなんですね。


 『ね。というか、碌でもない人間ばかりだね~』


 本当に。あの阿呆な教皇さまを引き摺り下ろして、首を挿げ替える仕事をしなきゃいけないのは、声高に叫んでいる連中じゃないかと。大聖女さまがどこまで権限を持っているか知らないけれど、聖女に権限なんて殆どないのでは。だって称号とか象徴とかの意味合いが強いだろうし。


 上が無能な時にこうして立場を持ってしまったことに同情を覚えるが、私ではどうにもならないから、その辺りは大聖女さま次第。大聖女という称号持ちを辞めたきゃ、改宗でもして辞めりゃ良いんだし。


 それか大聖女さまの称号があるなら、適当に新宗教を立ち上げられるだろう。聖痕持ちだと崇められるみたいだし。

 

 リーム王国の聖樹みたいになれば良いんだよ。しかも人間だから言葉が通じるし、喋ることも出来るのだから、人々をあーだこーだと騙し放題で、甘い部分も持っているから人気出そうだけれど。

 宗教家なんて詐欺師と同類だし、如何に人々を騙せるかだと思う。あとは自分をどう良く見せられるか。そして口が上手いか。


 「枢機卿という立場にありながら神の教えに背く者を異端審問にも掛けず、焚刑にも処す気概も持たない者に教会上層部を務めることが出来るのでしょうか?」


 なんで私がこんなことを言わなくちゃならないんだと暴れだしたくなるが、気付かせなきゃ自分たちの尻に火が付いていると分からない集まりだからなあ。唯一分かっていそうなのが大聖女さま周りかな。今の言葉で顔色を悪くしたし。

 厳しい処分を下して教会改革に乗り出さなければ、本気で聖王国の教会が潰れる。被害国はアルバトロスやリームだけじゃないだろうから、後からどんどん問題が発覚して自らの首が締まってしまうのは聖王国。


 自分の手を汚したくないなら、黙っていれば良かったのに。

 

 「問答無用で良いならば竜の方々を差し向けて、聖王国を灰燼に帰すこともわたくしであれば可能です」


 大聖女さま、無能でないなら気付けるよね。これで気付けなきゃ本当に聖王国を灰燼に帰すよ。あと代表さま、ごめんなさい。竜の方々をダシに使わせて頂きました。


 「それが無理ならば自身の魔力量を頼り、竜の方々ほどではなくとも時間をかければ聖王国を滅ぼせましょう」


 竜の方々がやってくれないならと言うか、やってとお願いすれば問答無用でやってくれそうなんだよね。私の勝手でそんなことをして頂く義理はないのだから、副団長さまに頭を下げて広域殲滅魔術を習得するか独学で学んで、文字通り私自身の手で聖王国を滅ぼそう。


 その時はアルバトロス王国の所属を抜けてフリーにならなければ。貯めたお金はジークとリンとサフィールにクレイグたちに分配だなあ。ソフィーアさまとセレスティアさま、子爵邸のみんなには迷惑を掛けてしまうだろうけれど。無国籍……かあ。無国籍って凄く問題なんだけれどね。難民みたいなものだからなあ。まあ仕方なかろう、それくらいの覚悟がなきゃ言っちゃ駄目な言葉だ。


 「これ以上醜態を晒すなら……――」


 「――お待ちくださいっ! 聖女さまのお怒りは十分に理解致しました! 聖王国を滅ぼすとなれば民も犠牲となります、それだけは避けないとっ!」


 ガタンと椅子から立ち上がって大聖女さまが悲鳴に近い声を上げた。やはりソコに行きつくか。流石、聖王国教会の大聖女さまである。民の心配をもちろんするだろうと利用させて頂いたが。


 「どうか私たちに機会と時間を下さいっ! 必ずや聖王国教会を再興してみせますっ!」


 「本当でしょうか? 先程まで枢機卿さまへの処罰の軽減を願い出ていた甘い方が、そのような大言壮語を仰られるとは」


 一度鼻で笑うと、大聖女さまが微妙な顔になる。確かにこのままいけば民が犠牲になって多大な被害が出るだろう。というかそれを引き起こすのは私だし、私も覚悟を決めなければ。しかし彼女は本当に覚悟は決まっているのだろうか。

 

 「聖女さまのお言葉でこの場に居る皆さんも目が覚めたはずです! 聖王国の教会を腐敗させ、このまま地に落ちてしまうことは断じてあってはなりません……!」


 自身の立場が不味いとようやく感じ始めたのか、大聖女さまの言葉に大きく首を縦に動かしている教会上層部。始めから素直に認めて、仲間意識など発揮せず切り捨てておけばこんなにも追い込まれることはなかっただろうに。お陰で私も、覚悟を持たされたけれど。


 「では、どうするおつもりですか?」


 「アルバトロス王へお約束した通り、まずは諸外国へご迷惑を掛けた者たちに厳しい処分を下し、補填と賠償を済ませます」


 次に教会の改革に乗り出すと続けてた大聖女さま。具体的なことを言わない限り、信頼性は低いけれどどうするのやら。


 「――教会内部の方々には頼れませんっ! 皆さまのお力添えをお願いいたします!」


 なんて事を言い出す……と思ったが、割と悪手ではないのかもしれない。おそらく教会上層部は使えない人たちが多い。

 ソコから使える人間を選出するのも如何なものか。ただ彼女の言葉は、この場に居る聖王国教会の人間は使えないと宣言したようなもので。平和主義のお優しい聖女さまかと思いきや、追い込まれてようやく見えてきたものがあったらしい。でも、内政干渉になるが致し方ないのかなと、天井を仰ぐのだった。

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