第289話:知らない。

 死んだ。何故か転生した。聖王国教会の七大聖家の内の一家に生まれた。有名乙女ゲームキャラに憑依転生したと気付いたが、お貴族さまライフを気ままに楽しんでいたら聖痕が現れ大聖女に選ばれた。


 ――なんで……どうして、こんなことになるのよっ!


 聞いていないし、考えてもいなかった。というか、乙女ゲームのシナリオにこんな話はなかったでしょっ!!


 二作目のおまけとしてアペンド化され三作目の番宣役を務める為に新登場したキャラ、フィーネ・ミューラーに憑依した私は気楽に考えすぎていたのかも知れない。

 三作目はアルバトロス王国から聖王国へと舞台を変えて、各国の聖女が聖王国入りして切磋琢磨しながら、友情に恋に愛にと励むのだけれど。その為の前宣伝として生み出されたのがフィーネ・ミューラーというキャラだった。


 乙女ゲーのキャラらしく、銀髪で翡翠色の瞳に可愛らしい容姿。周りの人よりちょっと背が低い所がご愛敬。

 一年前に聖痕が現れてから大聖女として取り立てられて、持ち前の能力や人を引き付ける性格で、失敗してもへこたれることなく前へと進む。そんなキャラ。三作目では三作目のヒロインと友情を築くキャラの為、ヒーローにさえ手を出さなければ、ゲームのキャラと性格が違っていても問題なく進むと考えていたのに。


 ゲームのシナリオ選択を失敗する前に、既に人生が詰みそうってどういうことなの……。


 大聖女として言われるがままのことをやりつつ、人脈やコネを広げていればゲーム開始時間に辿り着くと考えていた。ただ聖王国上層部は頼りに出来ないのは目に見えていた。両親もお金お金とさんざん言っており、嫌な予感がすると自覚していた。

 だからマトモな下の人たちに大聖女として近づいて、いろいろと便宜を図ったり図られたりしていたのだけれど。ゲームのフィーネも上層部の人たちより、教会に赴いて神父さまやシスターに信徒の方たちと交流をもっていたからそれで良いと思ってた。

 

 聖王国教会本部の大会議場で下がらせた教皇さまを恨む。今回の教皇選出選挙で軽い神輿を担ぎあげた結果も恨むが、目の前の出来事から逃げられるはずもなく。

 乙女ゲームのシナリオだから、あまり小難しくしてもウケないのは理解している。通常シナリオや共通ルートよりも、恋愛パートに力を入れるのが普通だし。イケメンに良い声で甘く囁かれ『嗚呼、耳が孕むっ!』と悶えるのが、気持ちいいのに。

 声豚であった私のカタルシスだったけれど、現実を目の前にすればそんなことに悶えていた私の前世が、なんとも平和で幸せな人生だったのだと振り返ってしまう。

 

 「で、大聖女よ。君が教皇の代わりを務められるのかね?」


 「若輩の身ではありますが、教皇さまより話が通じるかと……」


 ごくりと息を飲む。アルバトロスの国王陛下は為政者として、私を厳しい視線で見定めている。ゲームでは優しい王さまだったというのに。もちろん亜人連合国の代表やエルフの二人も同様で、リーム王国の王太子殿下に二作目の攻略対象であるギドさままで、圧を掛けるように見ていた。

 そしてアルバトロスの黒髪黒目の聖女は一体なに者なのだろう。私が知っている限り、ゲームに黒髪黒目のキャラなんて出ていない。でも、あんな馬鹿げた魔力持ちというならば絶対にゲームに出てきそうなものだけれど。しかもアルバトロスの王さまと亜人連合国の代表たちと同格に扱われているってどういうことなの。


 「そうかね? 我が国に派遣された枢機卿の処分を軽くするよう望んでいたようだが」


 甘い事を抜かすのではないかと、牽制を掛けられた。


 「……っ」


 だって仕方ないじゃない。大聖女として慈悲の心を示せと言われているのだもの。弱き者を救い、徳を積んで神託を齎せと。

 彼を厳罰に処せば聖王国の高位聖職者から、何故あのような厳しい処罰を下したと言われる。聖痕が現れて大聖女となったのが一年前。ゲームのシナリオ通りに聖痕が現れて、きちんと大聖女として取り立てられて安堵していたのだけれど。


 「私の認識が間違っておりました。聖王国教会の代表として厳しい処分を下しましょう」


 いつの間にか逃げ場がなくなっている。聖王国の上層部は厳しい処分を決めた私を大聖女として推すことはないのだろう。でもここで逃げたら後がない。私は聖王国上層部の腐っている人たちと同類に成り下がるつもりなど毛頭ない。

 

 「では、各国へ派遣を承認した者を明示し、その者たちにも処分を下せ。もちろん被害国へ派遣し直接我らの国々に関係した者にもだ」


 ああ、もう期待されていないのだなと気付く。信頼されているのであればアルバトロス王からこうして口出しされることはなかったのだろう。生まれ変わってから十五年、貴族の家に生まれて可愛い可愛いと両親から言われて育ってきた。

 それを受け入れ豪華な食事に舌鼓を打ち、教育もほどほどに受けつつ甘んじて生きてきたことが、ここに来てそのツケが回ってきたのかなあ……。

 泣きそうになるのを堪える。ここで泣いては駄目。余計に彼らに呆れられる。そして黙ったまま私を見据えている黒髪黒目の聖女にも笑われるのだろう。覚悟も何もない者が刑を軽くしろと懇願するのは笑えると。大聖女の衣装の裾をぎゅっと握り込む。


 聖女だというのにかなりの大金を貯めていたことに驚き、そのお金を困っている人々の為に使わないのか疑問だった。

 

 黒髪黒目のアルバトロス所属の聖女が、亜人連合国へ赴き彼らと繋がりを持ったと聞いたことはあった。随分と見た目は若そうだが彼女と話をしてみると、随分と達観している大人と話しているようだった。

 甘さや優しさなんてないし、アルバトロスの陛下や亜人連合国の方たちと同席している意味を今更ながらに思い知らされ、奇跡まで起こしていた。

 

 「分かりました。時間が掛かるかもしれませんが、必ずや報告に上げ厳しい処分を下しましょう」


 きっと、反論や口答えなんて望まれていないし、それを口にする資格さえ聖王国側には残されていないのだ。だから彼らが告げる言葉を受け入れて、粛々と実行するしかないのだろう。握りしめた拳をさらに強く握りしめる。教会上層部には期待できない。


 「そうか。大聖女の言葉、信じるぞ」

 

 そうしてアルバトロス王は椅子に座している聖王国の面々に厳しい視線を向ける。みんな保身に走っているのか、彼が怖くて何も言わない。ひっと声を漏らす者、顔色を悪くする者、この場から逃げたそうに落ち着きのない者。

 こんなにも格の違いを見せつけられれば、敵うはずもないとすっぱりと諦められる。だからアルバトロス王が私に向けた期待を裏切る訳にはいかないのだ。たとえ時間が掛かったとしても、ちゃんと調べ上げた上で報告に赴かなければならないし、処分も下さなければならない。

 

 ――覚悟をしないと。


 大聖女の座に座っているだけではいけないのだ。彼らと同じステージに立つには覚悟を決めて、前を向いて進まなければ。例えそれがいばらの道だったとしても。


 「しかし、周りがコレでは苦労するな。いっそ教会を解体させて、新たに築き上げれば良いのではないか?」


 背凭れに背を預けてアルバトロス王がふっと笑って問題発言を放り投げた。


 「む、無茶を仰らないで下さいっ! 私にそのような事を出来る権限も人脈もなにもかもが足りませんっ!」


 そう、覚悟があっても何もかもが足りない。急に話題をアルバトロス王から話を振られたことに驚いて、妙な顔になってしまう。


 「教会の聖地を解体させる意味などなかろうっ! 何を勝手にっ!!」


 「我々の立場を乗っ取るつもりかアルバトロス王っ!」


 口々に叫び始めた教会上層部の人たち。嗚呼、やはりこんな人たちと同じに見られたくはない。少しの時間だけでも、アルバトロス王や亜人連合国の方々にリーム王国や周辺国の皆さまに私の覚悟が伝わっただろうか。

 

 「――自身の立場が危うくなれば、声高に叫ぶ無様。いい加減になさいませ」


 ゆらり、と黒髪黒目の聖女が立ち上がった。背が小さい為なのか、分かり辛かったけれど。 声に魔力を込めているのか随分と重みのある言葉で、ぶるりと心が震え上がるのだった。

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