第288話:神輿。

 やらなきゃならないことを聖王国側はすっぽ抜かしているので、突っ込みを入れさせて頂いた。


 本来ならば私たちが乗り込んだ時点で土下座レベルで謝罪しなければならない事を仕出かしているのに、教皇さまは協議の場に遅れて登場する始末。裏でなにか話し合いをしていたから遅れたのかなと思えば、そうでもないし。

 お金に目敏いか保身に動く人が居てもおかしくなさそうなのだが、この場に全く居ないという事実。本気で聖王国の教会が駄目なのか、単純にこの場に居ないだけなのか。あと一つは泥船から逃げ出す鼠のように、勘の良い人たちは逃げる準備をしているのか。


 聖王国の教会が今後どうなるかは、私が関知すべき所ではない。


 ただ舐め腐ったことをされても困るので今後の派遣を断る権利や、教会から直接行っていた上納金を国を経由して行うことに、態度次第では減額もあり得ること。他にもさまざまな注文を付けて貰うことになっている。リーム王国も周辺被害国も追随しているし、聖王国側の皆さまがあたふたしているので、見ている分には楽しい。

 

 「聖王国はここまで……」


 「酷いとは聞いていましたが」


 アルバトロス王国教会の枢機卿さま二人が頭を抱えていた。まあ、普通は聖王国は憧れの聖地でいつかは行ってみたい場所の一つだよねえ。枢機卿さまレベルなら巡礼しただろうけど、政治的な部分は垣間見れないだろうし、見れたとしても表面上。

 

 「……私たちが守ってきたものは一体何だったのでしょうか」


 無茶振りくんが茫然と呟いた。政治面の協議へ移っているので、ちょっとくらいの私語なら許されており、こうして彼らは思い思いに呟いている訳で。


 「教え自体は本物です。守っている方はきちんといらっしゃるのですから。問題は上が膿んでしまったこと。敬虔な方がいらっしゃるのであれば、膿を掻きだし洗い流せば済みます」


 だから三人とも超頑張ってアルバトロスの教会を支えて下さいね。私の就職先が無くなるのは困るし。福祉制度とか未成熟だから失業したら問題である。あ、子爵位手に入れているから、今なら困らないのか。

 教会がなくなると他の聖女さまたちが困るので、ちゃんと維持していかないとね。神父さまやシスターたちも心の拠り所を失うことになるから、やはり必要だろう。聖王国は知らないや。潰れるなら潰れたら良いし、誰かが御旗を掲げて分派だか新流派を起こしてもいいだろう。

 取りあえず、この腐り具合をどうにかしないと始まらないなあ。大聖女さま辺りが先頭に立ってくれれば良いのに。ちょっと幸せそうな頭をしているのが心配だけれど。揉まれていたら慣れるだろうし。


 「聖女殿……」


 「……聖女さま」


 「流石です、聖女さま」


 あまり大きな声を出せないので控えめだったけれど、三人ともそんな綺麗な瞳で私を見ないで下さい。

 私より、貴方方が教会に忠実だし信仰心もあるんだから、私に惹かれている場合じゃない。馬車馬の如くこれから走り回って頂かないと、アルバトロス王国の教会存続の危機だ。一応、陛下は教会を残すと言っているけれど、もう一度失敗すれば後がないのだから。悠長に構えている場合じゃないよ。

 

 「それでも駄目なら潰すしかないのでしょう」


 もう綺麗さっぱり象徴的なものは破壊して更地にすれば諦めも付くんじゃないかな。リーム王国の聖樹みたいに。


 「そ、それは如何なものかと」


 「ええ。教えを拠り所にしている者もおります故」


 「せめて高潔な者が立ち上がって下されば可能性はあります」


 確かに無茶振りくんのような覚悟を持った人が居れば、どうにか聖王国の教会は維持されるかもしれない。

 無茶振りくんが行動を起こさなければ、アルバトロスの教会は無くなっていた可能性もあるんだし。でも、大会議場のメンバーを見ている限りじゃあ、ダメダメそうだ。少し希望があるとすれば大聖女さまがいろいろと裏で動いているようだから、それに期待するくらいか。

 

 「――そこまでして、金を払えと言うのか」


 話は随分と進展しているようだけれど、出し渋っているのが滑稽で。


 「勿論だ教皇。今回国が被った被害額を提示しようか? これでも抑えて譲歩しているのだがな。あと我が国の聖女が申した通りに、逃げた枢機卿から財産を没収した上で鉱山に送れ」


 「あ奴は、良い男なのだぞ。それを処分しろなどと……」


 同期だったので既知の間柄だったそうで。泣き落としに入っちゃったけれど、教皇さまと枢機卿さまの関係なんて知らないし、気にも止めていないのだけれど。

 まあ、好きに口にして陛下や代表さまにリーム王国の王太子殿下たちから呆れられれば良いよ。聖王国に対する評価がどんどん地の底に落ちて行くし、大陸南部の国だけではなく他の国からも見捨てられるんだけれど。本当に、保身に走る人が全くいないまま教皇さまの痴態を止める人がいないことに頭を抱える。


 「教皇さまっ、事実をいい加減にお認め下さいませっ! 聖王国の立場や心象を悪くしていると何故気付かれないのですっ!」


 だんっと机に両手を付いて、大聖女さまが椅子から立ち上がる。それにぎょっとしている教皇さまや他の人たち。

 大聖女さまは苦労しているようだ。こんなのの尻ぬぐいなんてまっぴらご免だし。碌な大人が居やしない。お金持ちのお貴族さまなら亡命とか試みそうだけれど、それをしないのは聖王国に忠誠を誓っているからだろうなあ。

 

 軽い神輿を選択した時期が悪かった、これに尽きる。


 自分で判断できないようなアンポンタンを教皇の座に就かせた理由が気になるが、首を突っ込むと絶対に面倒なことになる。

 さっきは彼女にイラっとしたが、苦労人という意味合いでは応援してあげないと。そこのアンポンタンを教皇の座から引き摺り下ろして、彼女が座った方が健全な運営が出来そうだ。


 そう言えば高位聖職者の呼び方って猊下とか聖下と呼ぶみたいなんだけれど、誰も気にしていないね。もしかすれば仲良しこよしの聖王国だから、敬称を取っ払ってしまったのかも。ほら、日本の小学生の愛称やニックネーム禁止みたいに。これが事実であればお馬鹿だなあと心底思うし、国としての体をなしていないというか。


 「大聖女の言う通りだな。――軽率な発言はアルバトロス王国だけではなく周辺国や大陸全土に知れ渡るぞ、教皇よ」


 「ああ、上に立つ者としての自覚がなさすぎる。何故、このような者を推挙したのか理解が及ばんな」


 陛下が聖王国の立場をはっきりと認識させ、代表さまは教皇を推挙した人たちを訝しんでいる。


 「愚か者に務まる席ではないでしょうに」


 「話が通じる違う人連れてきてくれないかな~。ね、君もそう思うでしょう?」


 エルフのお姉さんズはもっと酷かった。というか直球ストレート。話の通じる別の人を連れてこいとな。

 確かに代わって貰った方が、話の進みが早そうだ。個人の事情を持ちだすような人に、教皇さまの座は務まらないだろうに。お姉さんBが私に同意を求めたけれど、同意しても良い物かと悩むが、目の前のコレじゃあ当てにならない。


 「可能であるならばお願いしたい所です」


 心底そう思う。このままだと枢機卿さまの処分を甘く終わらせそうだし。


 「確かに、教皇では話が進まぬな」


 「覚悟も足りぬ者が、決断など出来ようものか」


 「誠意もなさそうですしな」


 陛下、代表さま、リームの王太子殿下が順番に言葉にする。その声を聞いた教皇さまの顔が醜く歪み始めた。


 「……あ、う、五月蠅いぞっ! 僕にっ……僕は教皇なんだぞっ! この国で一番偉いんだぞっ!」


 あ、知能指数ががっつりと下がっちゃった。両手で頭を掻きむしって錯乱しているけれど、大丈夫かなあ。


 「何故、こいつらは僕を認めないっ! 大陸教会で一番偉いんだぞっ! 何故僕に命令するんだっ!!」


 推測だけれど、彼自身をはっきりと否定されたことが初めてだったのかも。周りは彼の太鼓持ちみたいだし、どうしようもないというか。慌てて教皇さまの周りに駆け寄って、宥めているものの錯乱しているから脳のリミッターが外れているようで、なかなか上手くいかない。


 「止めなさいっ、退室させてっ!! っ! ――大聖女の権限において命じますっ! 騎士は教皇聖下をお連れして!」


 誰も動かないのでさらに音量を上げた大聖女さまの声に、ようやく応じた騎士の人たちが慌てて教皇ちゃんに駆け寄って、動きを止め退室していった。


 「教皇さまに代わり、この場は私が預かります。宜しいですね、皆さま?」


 大聖女さまは少し疲れた様子を見せつつも、はっきりとした声でそう宣言したのだった。

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