第287話:聖女たれ。

 私の目の前で静かに座す少女は、聖女という称号に何を求めているのだろうか。枝毛なんて一本もなさそうな長い銀髪を揺らしながら、少し考える素振りを見せる大聖女さま。

 苦労の『く』の字も知らなさそうなお貴族さま出身――お貴族さまなりの苦労はあるのだろうが――で、聖女として綺麗な部分しか知らない見ていない見せられていないとでも口にすれば軽蔑しそうになるが。

 

 「教義に忠実であり、民に……弱き者に対して貢献すべきかと。――神の恩寵を受け奇跡を成し遂げれば良いのですが……まだ私が至らないのでしょう。奇跡が顕現したことはありませんが」


 聖女らしい聖女さまではあるか。まだ夢を見ている年頃かもしれないし責め立てる理由もない。


 奇跡なんて難しいだろうね。神なんて居なさそうだし、居たとしても見守っているだけの日和見主義者。人類を生み出した、造り出したという割には手を出さないし。あと奇跡があるならば、もう成し遂げている。魔力を有して魔術が使える時点で、十分な奇跡だろうに。

 それで満足できないなら、欲を張り過ぎだ。この考え方は魔力や魔術が存在しない世界で過ごした記憶があるからこその考え方。元からある世界で生きてきた彼女が、理解するには少々難しそう。


 「崇高なご意志、わたくしも貴女を見習わねばなりませんね」


 口だけ取り繕って、この場を凌ぐ。


 「――では」


 「処分については別問題でございましょう。聖王国の方々も他国へ派遣した枢機卿さま方のお陰で不利益を被っておられるのです」


 処分を甘くして、次に続く馬鹿が出てきたら困るのは聖王国だと理解して欲しい。その場限りの甘さを発動させて、自分たちの首を絞めている可能性があることに気付いて。

 

 「リーム王国でも、貴国から派遣された者が横暴を働いております。その方はわたくしを『聖樹を枯らした大罪人』と罵りました」


 ギド殿下に顎を割られた神官さまは、聖王国から派遣された人から都合よく使われてた上に、聖樹に頼り切る方針を植え付けてられて狂信化させたそうで。

 リームの王太子殿下の粛清によってあっさり捕まり今は牢屋の中だそうだ。ついでに顎を割られた神官さまも。本当に碌な人間を送ってこない聖王国。被害が広まり過ぎてて、乾いた笑いしか出てこない。


 「なっ! 何故、そのようなことをっ!!」


 大聖女さまの驚きは何だろう。聖樹を枯らしてしまった私に対してか、横暴を働いた聖王国所属の人間に対してか。

 

 「確かにわたくしはリーム王国の象徴である聖樹を枯らしてしまいましたが、リーム王より何が起きても責任はないと確約を受け、アルバトロス王国と教会の命を受け派遣され、魔力補填を執り行いました」


 リーム王が何が起きても聖女を責めるなと命を下していたかどうかは、もう今更なので関係ない。ただ罵られた時にリーム王は止めなかったのだから、聖王国から派遣された人たちと同類認定。


 「わたくしに対しての不敬はリーム王国の王太子殿下より謝罪を受けております。そしてわたくしも殿下の謝罪を受け入れ終わった話。――しかし聖王国からの謝罪はありませんが……」


 大聖女さまと教皇さまの顔を見る。適当に吹かしてみたけれど効果はあったようだ。


「それにアルバトロスの枢機卿さまの罪の軽減を望まれるならば、皆さま方も鉱山で働いてみては如何でしょうか? 見た所皆さま慈悲深い方ばかり。ならば枢機卿さまとご一緒に汗水たらしてお金を稼ぐ喜びを学びましょう」


皮肉だし、自分も労働するとなれば、この場に居る人たちは全力で回避するだろう。ついでに魔力を練れば良かったと思うが、漏らされても困るので止めた。

 

 『魔力練らないの? 残念』


 お婆さま、しょぼんとした顔をして落ち込まないで下さい。そしてアクロアイトさまも残念そうに私の耳元で小さく一鳴きしないで下さい。自由過ぎる方たちに心の中で苦笑いしつつ、真正面を見つめる。

 はくはくと口を動かす大聖女さまに、ぐぬぬと歯噛みしているような教皇さま。感情を隠せていないのはお貴族さまとして致命的だろう。素知らぬ顔をしつつ、頭の中で何か手を考えているのが普通だけれど。


 「我が国の聖樹を枯らした責任は、アルバトロスの聖女殿たちに一切ない。聖樹はもう寿命を迎えていたのだよ。それを無理に延命しようとするから枯れてしまった。ただその事実だけが全てだろう」


 聖樹さまは別の場所へ移動しただけなので生きているけれど、秘匿すると決めたのだから、こうして枯れたと認識を植え付けておく方が便利。

 私の言葉に便乗して王太子殿下が補足してくれた。彼の方に顔を向けて、視線で礼を執る。私だけではなく複数形にしてくれたのは、アリアさまやロザリンデさまを責める可能性を潰す為だろう。どうとでも事実を捉えることが出来るので、牽制みたいなものか。

 

 「我が国は聖樹信仰を捨て、新たな教義を求めている。だが都合よく教義を改竄する者は要らぬ」


 王族に取り入り、どっぷりと聖樹信仰に染め上げてくれた責任をどうしてくれると追い打ちをかけた王太子殿下。ローカライズする為の教義改定は聖王国から派遣されたお偉いさんが主導だものね。そして追随する他の被害国。


 「アルバトロス王国に竜が舞い降りたという話は聞き及んでおろう。それに昨日聖王国にも竜が現れた。彼の者たちを動かしたのは、そこに座す聖女だぞ」


 一ケ月ほど時間があるので噂は届いているだろう。曲がりなりにも国という集合体。各国教会に人を派遣しているのだから、報告義務もあるだろう。知らなきゃ、ただのお馬鹿さんとなってしまうが、ちゃんと知ってるよね。なんでこんな心配をしなくちゃならないのかと、頭を抱えそうになる。

 

 「彼女の意思から外れれば竜たちがまた怒るだろう。私でも止められぬぞ」


 いや代表さま、そこは身体を張って止めて頂かないと。代表さまの座に就いている意味がないような。

 

 「竜だけではないわね。私たちエルフも彼女の味方」

 

 「エルフだけじゃないよ。妖精も味方だね~」

 

 あれ、珍しいお姉さんズが喋った。面白そうだから代表さまに加勢したのだろう。くつくつ笑いながら良い顔で言っちゃったし。私の後ろ盾が凄いけれど、個人がそんなものを持って大丈夫『大丈夫、貴女なら悪用しないでしょう』『そもそも私たちを利用しようって気がないもんねえ~』……らしい。

 代表さまの後ろに控えていたお姉さんズが、私が座る椅子の背凭れに寄りかかる。演出が悪の秘密結社みたいになっていないかな。聖女じゃなくて悪女っぽいですが。私に悪女が演じられる見た目じゃないのが残念でならないが。不敵に笑ってぼんきゅぼんの綺麗なお姉さんが脅しを掛けてるって、カッコいいよね。でも私の見た目ってチビで似合わないから、残念でならない。


 『ちょっと光っておこうかしらねっ!』


 お婆さまぁ……余計な、余計な事をしないで下さい。この国の大聖女さまは『奇跡を成し遂げられていない』と言ったから、そういう神が起こした奇跡のような光景を演出しないで。

 お姉さんBが妖精も味方と直前に言っているから、頭が回っている人なら妖精だって分かるだろうけれど、聖王国側の人たちに期待はしちゃ駄目だ。だって碌な人いないから。絶対神のお告げだとか何とか言い出しそうだよ。お婆さまぁ……ああ、光っちゃったよ。


 「おお……」

 

 「……なんと神々しい」


期待通りの反応有難うございます。いや有難くはないけれど。取りあえず、教皇さまもこの場に居る上層部の人たちも政治に不慣れのようだから、いろいろと突っ込みをいれつつ言質を取らないと不味そうだと、大会議場の天井をもう一度見るのだった。あ、大聖女さまはなんだか凹んでいるようだし、放っておいても良さげだった。

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