第286話:【後】大聖女さま。

 お金を払うと腹を決めた教皇さまによって、大会議場へ集まっていた聖王国の人たちはなんとか私たちの要求を認めたようで、返済額や期限に回数やらを順次決まっていった。

 アルバトロス王国にリーム王国に大陸南方部で被害を被った国へもきちんと返済すると書面を取り交わす。これでお金の心配がまったくなくなったので良かった、で済めば良いんだけれど。


 「我が国の者が被害を出したことは誠に遺憾である。――此度の件、聖王国を統治する者として責任を果たそう」


 大聖女さまに絆された教皇さまが鷹揚に告げるけれど、本当に責任を果たせるのか甚だ疑問である。だって同じ年ごろの少女に言い含められているんだよ、親子ほど年齢が離れているし性別も違うというのに。

 教皇さまの選出理由が軽い神輿が必要だったからと言われれば、凄く納得した後にご苦労様ですと言いたくなるような軽さの教皇さま。まあ扱いやすいという点では便利ではあるが。こうして国外で問題が起こった時に、きちんとした対応が教皇さま自身の判断で取れないのは問題だ。


 「しかし教皇よ、教会への不信は募るばかりだ。貴公で本当に責任を果たせるのか?」


 アルバトロスも聖王国の教会とは縁を切りたそうだし、リーム王国は自国で賄う方が良いかもしれないと考えている。他の周辺国の方々も同様に考えているようで、聖王国からの独立を掲げそうな勢いだ。


 「おいっ! 不敬だぞっ! 引き篭もり風情が何を言うっ!」


 だん、と机に片手を当てて凄い剣幕で怒った人が居た。うーん、まだそう言われてしまうのか。引き篭もりなのは必要がないから外に出ないだけで、弱腰とかじゃあないんだけれどね。

 どこか攻め込む国があれば遠慮なく叩き潰すはずだ。主に副団長さまや公爵さまが嬉々として相手を受けて立ちそう。


 「確かに他国から見れば障壁に頼り切った引き篭もりであろうよ。だがな、国を守る巨大な障壁を維持できるということは、魔力を有するものが多いという証拠ぞ」


 貴国に我が国が落とせるかと陛下が男性に問いかけた上に、転移魔術を使用して兵や騎士に魔術師を送り込めば容易にこの国は落ちると告げた。落とす価値が低いので無駄なことはしないと付け加えてさらに煽る。

 アルバトロス王国と聖王国は距離があるので攻めたとしてもあまり意味がないし、聖王国は聖地として宗教的な意味合いの価値があるだけ。だから戦争を起こして勝った上に賠償と称して聖王国を得たとしても、目立った特産物や工業的価値もないからヤリ損するだけである。

 

 「今は魔力に優れた者が多く揃っているのでなあ。喧嘩を売るならば安く買い叩いても良いのだが、聖王国を手に入れても旨味がない」

 

 あ、陛下ぶっちゃけた。聖王国側の人たちは価値がないと言われて、顔を真っ赤にしている人が多くいる。平然としているというか、平常心を保っているのは大聖女さまとその周囲に居る人たちだった。

 うーん、もしかして対立でもしてるのかな。教皇さま派対大聖女さま派。あからさまに教皇さまは軽い神輿だから、それを良しとしている人たちと危惧している人たちとか。政権交代というか教皇さまの就任期間を知らないので、何とも言えない。

 選出されれば辞退か任期満了か死ぬまで務めなければならないなら、そりゃこんなのは引き摺り下ろしたくなる気持ちは理解できる。教皇の座を大聖女さまが担った方がマトモに機能しそう。

   

 「……っ」


 ぐうの音も出ない程に言い返すことができないようだ。引き篭もり風情と叫んだ男性は歯噛みしたまま押し黙っている。今にも額の血管が切れそうだけれど、聖職者としてそんなに血気盛んなのはどうなのだろうか。

 あ、でも戦闘も出来る神父さまも居るみたいだから、そっち系の人なのかも。教会の印を切って短い祈祷文を唱え、教会の敵となる者を問答無用で屠るのである。なんだそのクレイジー神父はと一人心の中で突っ込みを入れ。

 押し黙った人にその気概はなさそうだと苦笑い。アクロアイトさまが耳元で小さく一鳴きしたのだけれど、何の意味があるのかさっぱりだった。


 「そう言われても仕方ない。同時期に不祥事がいくつも発覚したのだから管理責任は問われよう。それをきちんと果たしてこそ上に立つ資格があるというもの」

 

 問題が以前からだというならば、今教皇の座に就いていた運のなさを嘆くしかないと代表さま。


 確かに、不祥事を起こした大企業のトップが記者会見で頭を下げるのは常で、代々続いていたとなれば『何故このタイミングで……』と心の中で叫ぶしかない。

 それを口に出して良いのは、一人になった時だけだ。上に立つということは、背負っているものが大きいと認識しなければ。軽い神輿に罪を擦り付けるのは簡単だろう。首を挿げ替えて新な頭を用意すれば良いのだし。

 

「それで、教皇よ――どう責任を取るつもりだ?」


 それさえ果たしてくれれば文句はないのだがねと陛下が告げる。


 「……被害を被った額はキチンと払う。それにある程度の上乗せもしよう……それで納得してもらえぬか」


 誠意を見せるにはお金しかないよねえ。他に払えるものがないのだし、聖王国の教会を維持したければ陛下やリームの王太子殿下たちが言っていることを呑むしかないのだ。ぐぬぬと顔を顰める教皇さま。なんだか似た光景を最近見た気がする。


 「聖女よ、どう考える?」


 不意に陛下から私に声を掛けられたので、ちょっと慌ててしまった。いきなりは勘弁して下さい。猫を用意していなかったので、猫が居ないが……いいか。


 「アルバトロスへ派遣されていた枢機卿さまの処分の内容を知りたく存じます」


 甘い処分を受けるようなら厳しい物にして頂かないと、また次に派遣された人が居るなら舐められても困る。


 「そうだな、聖王国側の処分内容を是非聞きたいものだ」


 「私も興味があるな。聖女が信頼して教会に預けていた金を使い込んだ者の末路は気になるものだ」


 陛下が頷き、代表さまはエルフのお姉さんズに顔を向けると、お姉さんズは意味深な笑みを浮かべながら確りと頷いた。


 「あ、ああ。厳しいものになるだろう……」


 「具体的には?」


 言い淀んでいる教皇さまに、もっと詳しくと聞いてみた。更に顔色を悪くした教皇さまは、どうしたものかと周囲に助け船を求めた。

 

 「アルバトロスの聖女さまは如何様な処分をお望みでしょうか?」


 声を上げたのは大聖女さまだった。お金は戻ってくるから、枢機卿さまの処分に厳しいものが下るというなら文句はないが、聖王国は甘そうだ。人様のお金を取り込んで、己の私腹を肥やしたことを後悔して頂かないと、キレた価値がなくなってしまう。


 「全財産を没収の後に鉱山送りなどは如何でしょう。枢機卿さまは貴族家出身と聞き及んでおりますから、己の身体でお金を稼いだことなどありませんでしょう」


 にっこりと大聖女さまに笑みを返しつつ言葉にすると、彼女もまた私と同じような笑みを浮かべた。


 「確かに厳しい物ですが、そこまで行う必要はあるのでしょうか?」


 「もちろんありますよ。ご自身で汗水垂らして頂いたお給金を横から取られる。その虚しさを味わって頂きませんと」


 あの時の頭が真っ白になってしまった感覚を、少しでも枢機卿さまには味わって頂かないと不公平である。それに使い込んだお金を自身の資産で賄って貰ってもなあ。ちゃんと働いて返せという気持ちが強いし。


 「アルバトロス王国では聖女を務めていらっしゃるのですよね?」


 「はい。もう四年になりましょうか」


 十一歳からだから四年は務めている。最近大聖女さまとなった彼女よりは年季が入っているし、修羅場もいくつか潜ったつもりだ。初陣の時は恐怖で漏らしそうになった事もあるし、救えなかった命もある。


 「教会に所属し四年も務めていらっしゃったというなら、慈悲の心があってもよろしいのでは?」


 慈悲の心ねえ。そんなものがあればジークやリン、サフィールにクレイグや死んでしまった仲間たちは、とっとと貧民街から救い上げられていただろうに。あの過酷な状況を生き抜いたから今があると言えるけれど、慈悲の心なんて元から持ち合わせちゃいないのだ。要らないものは背負わない主義だし。


 「確かにわたくしは教会に所属してはおりますが、教会信徒という訳ではありません。アルバトロス王国では聖女の称号は職業としての意味合いが強いのです」


 「なるほど、把握いたしました。しかし対外的な問題や人々の心象もありましょう。貴国の看板というのであれば、聖女として慎ましやかな行動も必要かと」


慎ましやかな行動なんて本来必要ないんだよね。王城で魔力補填を行うので、お貴族さまに失礼にならない程度の礼儀作法、討伐遠征時に必要なサバイバル的な知識、治癒院を開いた時に使う魔術に長けていれば良いだけだ。

 慈悲なんて余計なものを芽生えさせて、判断が鈍くなるということもある。慈悲よりも、魔術で治らない人間を見捨てることが出来る非情さの方が必要だ。


 「そのようなものは、わたくしには必要ありません。看板というのであれば筆頭聖女さまがいらっしゃいますので。――大聖女さまは『聖女』という称号に何を求めていらっしゃいますか?」


 老齢を理由に表舞台に最近出てきていないけれども。その代わりに私が方々を駆けずり回っている気もするが、筆頭聖女さまが動けないなら仕方ない。筆頭聖女選定が何故執り行われないのか不思議だけれど、大きい組織だ何か理由があるのだろう。


 というか彼女、討伐遠征や治癒院への参加をしたことがあるのだろうかとふと思い、聖女に対して一体どんなモノを求めているのか気になって聞いてみた。

 

 「そうですね。――……」


 大聖女さまの口から出た言葉は、私には一生理解出来そうもないものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る