第285話:【前】大聖女さま。
要求した金額にケチをつけた教皇さまに、手を上げて発言をしようと試みている一人の少女。青味のかかった銀髪に、翡翠色の瞳には意志の強さが宿っている気がした。
「教皇さま」
彼女は七大聖家の一つであるミューラー家出身だそうだ。最近、聖痕が現れて大聖女さまの座へと就いたそう。魔力量も多く所持し教会の教えに忠実であり敬虔な信徒なのだそう。雲行きが怪しい聖王国の教会の現状を憂いており、根回しやコネ造りに精力的に動いているそうな。
大聖女さまとなったので、彼女に肩入れする者も多く、お飾りでしかない『大聖女』を教皇さまたちは危惧しているとかなんとか。急いで情報を集めましたよと後ろで控えていた外務卿さまが、陛下や私たちにこっそりと耳打ちしてくれた。
「どうした、フィーネ嬢よ」
役職持ちを役職呼びではなく、普通に名前を呼んじゃった。教皇さま、ここは他国の人間が居る話し合いの場だ。身内で話しているならばまだしも、それはどうなのだろうか。でも、教皇さまだし仕方ないのかも。
「意見がございます」
静かに席を立って礼を執って教皇さまへ視線を向ける大聖女さま。背は私より高そうだけれど、この大陸の女性の平均身長には届いていない。年頃はおそらく十五歳程度だと思う。外務卿さまは必要な部分しか耳打ちしてくれなかったので、外見で判断するしかないが。もう何年かすれば恐ろしく美人に成長しそうだった。
「ほう。この状況を打開する策があると申すか?」
鷹揚に声にする教皇さまに、大聖女さまが確りと彼を見定め口を開いた。
「ここは無理をしてでも全額揃えて各国の皆さま方へ返済すべきかと」
あれ、大聖女さまもお金を出し渋るのかなあと思いきや、教皇さまとは真逆の意見のようだった。周りの人たちは『あんな大金用意出来る訳なかろう』と口々に呟いている。うーん、教会本部だし隠し金くらいありそうなものだけれど。
根拠がないまま全額揃えて返すべき、だなんて言えないだろうし。だって聖王国の大会議室とはいえ他国の人間が居る外交の場なのだから、その言葉には責任が発生する。多少頭が回るなら、身を滅ぼすような言葉を簡単に告げたりはしまい。
「しかしな、返すものがなければ返しようがなかろうよ」
「では、秘匿しているお金を出せばよろしいでしょう」
あ、やっぱりあるのかと一人で勝手に納得していた。隠し金はデフォだよねえ。探せば埋蔵金とかありそうだし、聖遺物とかあるなら売り払えば高値が付きそう。
きっとマニアな人か熱心な信徒でお金持ちの人なら喜んで買ってくれるはずだから、用意しようという意思さえあれば直ぐにお金を用意できる筈なのだけれどね。教皇さまや彼に賛同している人たちは、単純にアルバトロスやリームと周辺国の面々にお金を出したくないだけみたい。
大聖女さまの言葉に『余計な事を……』と厳しい視線を向けている人たち。誠意を見せてくれなければ、竜の方々が再び聖王国の空を舞う事になるのだけれど、分かっているのかなあ。真っ先に代表さまが竜化して飛んでくれそうだけれどね。
『あら、内部で対立しているのかしら?』
『面白いね~』
お姉さんズが念話っぽいもので『もっとやれ!』と煽ってた。どうやらこの状況が楽しいみたい。まあ、他人事なので落ち着いて観察出来ていることがウケるけれど。
「……それはもしもの時の為に取っている寄付金だ。手を付ける訳にはいかぬっ!」
災害やら飢饉に備えてお金を貯めていたそうな。一応は国民の事を考える頭はあったのか。私腹を肥やすだけの傲慢な人たちかと思っていた。だって政と宗教が一緒になっている国だもの、絶対にどこかは狂っていると考えていたけど。
疑って申し訳ない事をしてしまった。アルバトロスに派遣された枢機卿さまは、聖王国を離れたことにより悪に染まってしまったのかも知れない。
「今がもしもの時ではありませんか? 残念なことに聖王国の者が自身の役割を忘れ、他国で欲に染まってしまい罪を犯しております」
誠意を見せるべきでしょうと大聖女さまが告げると、今回抗議の為に参加している人たちが大聖女さまの意見にうんうん頷いた。お金貰ってとっとと帰りたいのかなあ。大会議場の雰囲気はあまり良くないし、保身に走っている人が多そうだし。誠意とか反省の気配が感じられない。
「しかしなあ……」
「こうして私たちの事情を他国の方々に露見されております。ここは私たちの誠意を見せ、各国での活動を円滑にする為の話し合いをすべきかと存じます」
教会が存続することは決定しているけれど、聖王国には知られていないはず。リーム王国も神殿は潰す予定ではあるけれど、無宗教はキツイみたいだから何か新設したいようだけれど。
ただ聖王国の教会を頼るかどうかは別の話だろうから、誠意の見せ方次第になりそう。なので大聖女さまの言葉は正しい。お金でどうにかなるなら、どうにかすべきなのだろうに。出し渋ると聖王国側の立場が危うくなるだけである。
「…………」
お金を出し渋っている教皇さまと、お金をさっさと払って教会を維持したい大聖女さまの図が出来上がっているみたい。本当なら教皇さまが国の代表として、頭を下げてお金を払うと約束すべきだろう。
「聖王国の事情に我々が口を出すべきではないが……見苦しいやり取りは見たくはないものだな」
「同意見だよ、アルバトロス王よ。分割でも構わないと譲歩しているのに、それでも渋るとは如何なものか。不義理を働いたのは聖王国であろうに」
大聖女さまの意見を押すように陛下と代表さまが、聖王国の皆さまを煽る。
「……ぐぅ。――分かった払おう」
聖王国の皆さまが教皇さまに微妙な顔を向けているし、大聖女さまには余計な事をと言いたそうな顔をしてた。アンタら聖職者だろうにと呆れた視線を送ってしまうのは仕方ない。
「流石、教皇さま。寛大なお心を神もお認めになるでしょう」
「うむ」
随分と軽いなあと微妙な顔になる。え、こんなのが一国の代表を務めて大丈夫なのだろうかと、疑問になる。
そしてこんなのが統治する国から派遣されたのだから、有能な筈はないよなあと聖王国大会議場の天井を見る。教会の天井と同じように、絵が書き込まれていた天井は随分と豪華であった。こんな所にお金を掛けるよりも、国が潤うように動けば良いのに。
王国で大人しく報告を待っていた方が、気疲れしなかったなあと後悔しそうになる私だった。
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