第284話:【後】大会議場。

 ――聖王国で一番偉い人が現れた。


 沸き上がる大会議室に居る聖王国側の面子は、嬉しそう。最初から居てくれれば面倒がないのに、と心の中で愚痴ったのは内緒である。遅れてやって来ておいて、どっかりと椅子に座る教皇さま。あまり聖職者としての雰囲気は感じられなく、どちらかというとお貴族さまの雰囲気に似てた。


 聖王国は政と宗教が密接に結びついている。教皇さまが国家運営をしつつ、教会も運営しなくちゃならないそうで。この国の教会上層部の人も、もちろん政に関わっている。


 歴代の教皇さまの選出方法は、七大聖家と呼ばれている家の当主から、選挙権を持つ人たちからの投票で選ばれるそうだ。七大聖家は教会の教義を大陸に広めた立役者だそう。

 それぞれの家に特色があり、治癒魔術に詳しい家、神と交信が出来ると言い張る家、魔力所持量が多い家と様々。

 もちろん目に見えない序列はあるそうで、教皇さまを選出する時期となれば、裏でし烈な工作が行われているとかなんとか。他国に漏れている時点でヤバくないかなと疑問に思うけれど、所詮は他国での出来事。介入すれば内政干渉になるし、知らぬ存ぜぬを決め込むのが吉。


 主だった産業は観光で、教会本部を聖地化させて各地から訪れる信者からお布施を頂きつつ、宿屋や食事処で市民の皆さまは生計を立てているそうな。

 教会が終われば、この国はともに滅びなければならないのだけれど大丈夫だろうか。まあ、他国の事をいちいち気にしていると、禿そうだからやらない。

 聖女だけれどアルバトロス所属だし、聖女と言っても滅私奉公の精神なんて欠片も持ち合わせちゃいない。聖女と言う職業を得て働いているという感覚が強く、前世での歴史に残っているマザーなんとかさんのような心なんて、ミリもない。私の手が届く範囲のみんなが幸せならばそれで良いのだ。

 

 『痩せればそれなり』


 『趣味じゃないなあ~』


 お姉さんズが厳しい評価を下しているけれど、イケメン査定なんてするんだと驚いた。あまり興味がなさそうだというのに。教皇さまと呼ばれた人は、太ってはいるものの顔の造りは良かった。アルバトロスで見せられた姿絵は、痩せていた時のものか、絵描きの人に痩せて描けとでも注文したのだろう。

 こちらに赴く直前に聖王国側の重要人物一覧と、主だった人たちの姿絵を見せられたけれど、彼の顔を見て誰だろうと考えてしまったし。

 お姉さんAが言うように、痩せれば美中年と言った所。見た目はアルバトロスの陛下より少し年上に見えるが、十歳は歳が離れていたはずだから五十歳ちょい。顔若いし、顔面偏差値も高いのに太っているから勿体ないなあと、微妙な顔になる。

 

 竜の方々に取っ捕まった枢機卿さまを引っ張ってきてドヤ顔を披露している辺り、無邪気な人である。聖王国も竜の方々が空を飛んだ昨日は驚いたことだろうし、頭が幸せな人なら捕らえられている枢機卿さまを逃がさなければ、自分たちに被害はないと信じているかもしれない。

 

 教皇さまはアルバトロス王国だけに謝罪をしたけれど、リーム王国にも随分と迷惑を掛けているはずだけれど。

 リームの王太子殿下やギド王子が剣呑な空気を纏わせているので、気付いて欲しい所。教会に迷惑を被っているアルバトロス周辺国の方々も、良い顔なんてしていない。何だあの態度、と言った所か。


 「この者が貴国に迷惑を掛けたと聞く。我が国で厳しい処分を下すと約束しよう、それで怒りを納めてはくれぬか?」


 捕らえられている枢機卿さまに視線を向けて、割と舐めたことを抜かした教皇さま。自国で処分をするのは勿論だけれど、アレの財産をマルっと没収した上でアルバトロスに差し出し、アレの身柄の引き渡し。

 そしてアレを任命してアルバトロスに派遣した責任を忘れ去っている。ワザと呆けているなら、脅すなり付け入るなりすればいいが、天然で言っているなら目も当てられない。そんな人間が教皇さまという椅子に座してて大丈夫なのかと心配になってくる。


 「異なことを。我が国で起こした不祥事を聖王国だけで処分を済ませるなどあり得ぬよ。それにアルバトロスだけではなくリーム王国や周辺国も聖王国から派遣されてきた者に頭を抱えておってな」


 任命責任も問われようと陛下が続けると、にっと笑って教皇さまが口を開いた。


 「おお、忘れておったよ。そうだな、今回騒動を起こした者は聖王国で厳しい処分を下した後に、貴国らに引き渡そう!」

 

 うーん。事の重大さを正しく認識していない雰囲気だけれど、大丈夫だろうか。陛下の顔を見ると『悠長に構えすぎだろうコイツ』といった雰囲気で顔が引きつっている。

 代表さまは表情を全く変えずに話を聞いている。お姉さんズはにこにこと笑みを浮かべたままだ。で、アルバトロスの面々は私に視線を向けていた。なんだか『余計なことはするなよ』と視線に気持ちが乗っているような。特に真面目な方たちから強く感じる。

 

 「感謝する。――では、我々からの要求だ」


 陛下の言葉に財務卿さまの部下の方が、聖王国側へ紙を渡している。それをまた回し読みしていく聖王国の皆さまは驚いた顔をしている。

 

 「そんなっ! このような金額を唐突に払えなどっ!!」


 聖王国側の人たちが困惑に包まれた上に口々に声を上げており、それを確認した陛下がゆっくりと目を閉じてもう一度開く。


 「分割でも構わんぞ。聖女たちへの補填は既に我が国と我が国の教会が済ませてある」


 あとは聖王国から回収すればアルバトロスの懐は痛まないという寸法で。使い込まれたお金はアルバトロス王国と教会が補填を既に済ませてくれているから、聖女である私たちの懐もどうにかなっているし、教会所属からフリーになるという手段も取っていない。

 首の皮一枚で繋がったから、陛下やアルバトロス上層部はホッとしているのだろう。ノリノリで聖王国の教会の人たちを脅しているし。


 「リーム王国も貴国が賠償してくれるなら分割でも構わない。――だが譲歩するつもりは微塵もないと伝えておく」

 

 リームの王太子殿下もノリノリだった。これから国を盛り立てていかないといけないし、神殿はもう役に立たないから新しい教会を求めている。

 聖王国からまたお偉いさんを派遣されるのは、あまり気分の良い物ではないだろう。アレ、リームは確実に宗教の部分は聖王国の教会から独立ルートだろうか。

 まあ、神殿に残っているまともな人たちを集めて、聖樹に頼らない宗教を確立するしかないよねえ。あったらあったで宗教って便利だろうから。他の周辺国の方たちも同様で、こくこくと首を縦に振っていた。

 

 「額が多いな……流石に我々ではこの金額を払うことは出来ぬ。清貧を旨としておるのでな、貴国らのように潤沢な予算などないのだよ」


 教皇さまが両手を上げて肩を竦める。清貧、ねえ……。その指や首からぶら下げているものを外してから、口にすれば良いのに。流石に教皇さまには立場があるのか、大きな青い宝石が付いた指輪しか付けていないけれど。あれは教会の教えで、お偉いさん方が信徒へ祝福や神託をする時に用いるものだから仕方ないとして。


 他の面子は金の指輪をベースにジャラジャラと赤や緑の宝石が付いた豪華なものを身に着けている。あまり聖職者らしくない態度だし、舐められていないかなあと目を細めると、私の直線上に座っている少女が小さく手を上げるのだった。

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