第282話:【前】大会議場。

 聖王国の教会の大会議室はざわついており、私たちに向けられた視線は余り良いものではなかった。


 教会の枢機卿さまたちに使い込まれた聖女さまたちのお金は、全額戻ってくることになっている。アルバトロスの教会や王国が必死に工面したものだ。もちろん捕まった枢機卿さま二人からは全財産毟り取って、何も残らない不毛の地状態になっている。

 領地も没収されているのだけれど、領民の人たちは肩身の狭い思いをしているようで。使い込んでいた領主が悪いのだけれど、噂やらは勝手に広まって『聖女さまたちのお金で良い思いをしていた』とか『他人の金で発展させた土地に住んでいる愚かな連中』とか言われているそうだ。

 教会やアルバトロス王国上層部の面々で問題解決の為に動いている所。王国側も教会も枢機卿さまたちの使い込み発覚を見逃した負い目がある為か、代わりの人間を派遣しても状況はそう変わらないだろうと頭を抱えているそうだ。

 

 「今回、聖王国の教会から我が国の教会へ派遣された枢機卿が聖女の金に手を付けるという、あるまじき行為が露見した」


 席に着いて暫く、聖王国の教会の人たちが誰も音頭を取らない為に、痺れを切らした陛下が口を開く。一連の経緯を説明して事態を正しく認識して貰うようだ。アルバトロス王国に竜がやって来て、王都の空から降り立ち、王都の民を恐れさせた。


 「聖女は竜に気に入られていてな。彼らの多くが立腹している」


 陛下が代表さまに視線を向けた。


 「ああ。私の制止も聞かずアルバトロスへと飛び立ったぞ。――誠意がなければ大陸を滅ぼすことも厭わんと言い残してな」


 そんなことは全く聞いていないから代表さまの茶目っ気だろう。創作話で聖王国の教会を脅してたんまり頂こうという寸法みたい。お金がなければ困ってしまうが、お金があり過ぎて困るという事はないので大歓迎だ。


 「竜を従えることが可能な聖女がおらぬ聖王国は、一体どうするのだろうなあ?」


 「私は代表だが、怒った者を引き留めるのは難しいからな」


 くつくつと陛下が笑い、代表さまも目を細めながら大会議場に居る人たちを見渡した。亜人連合国の竜を統べてはいるが、基本干渉することはなく自由にそれぞれが行動していると言い放つ。

 ご意見番さまが居なくなったから、ご意見番さまの意思を継いで竜族の代表に就いたから、代表さまが竜の皆さまに命令するとみんな右へ倣えなのだけれどね。


 いやはや、陛下も代表さまも容赦がないが、聖王国からお金をたんまりと毟り取る為にみんなには頑張って頂かないと。


 「聖女よ、教会に所属しているが教会信徒ではないな?」


 「はい」


 陛下が私に顔を向けて語り掛けたので、ちゃんと彼の目を見て返事を返した。陛下の言う通り私は教会所属ではあるが、教会信徒ではない。入信の為の洗礼を受けていないし、教会に入れとも言われていないから。

 神さまを全く信じていないから、その辺りの事を自由に決められるのは有難かった。恐らく、無理強いして聖女が教会に不信感を持つことを防ぐ為だろうけれど。

 

 「だそうだ。――教会が潰れても我が国は全く困らんのだよ。教会預かりの聖女を国が引き取れば良いし、貴族にも聖女は居るからな」


 とはいえ熱心な信徒兼聖女さまも居るから数が減る可能性があり、討伐遠征の際に聖女が足りないなんて事態にもなりかねない。

 アルバトロス王国だけの話し合いの場だと、王国の教会存続は決定事項。ただ、この事実を聖王国側に知らせる義理はないわけで。あと私が教会の教えに全く興味がないことも向こうに伝えたいのだろう。私が教会信徒であれば、縋りつかれそうだから。余計な手間は早々省いておこうというのが、陛下の判断らしい。

 

 「あ、アルバトロス王よ。――彼の枢機卿たちは一体いくら使い込んでいたのだ?」


 「ああ、良い質問だな」


 陛下が片手を上げて財務卿さまの部下に指示を出すと、数枚の紙が聖王国側に回された。ざっと目を通すと次の人へと渡されることが何度も繰り返され、最後の人にまで行き渡る。


 「冗談だろう!? 一介の聖女にこのような額が与えられる訳はない! 我らを謀かるつもりかっ!!」


 紙に目を通した最後の人が大声を上げると、周囲の人も頷いている。あの紙には私を始めとした、お金を使い込まれた聖女さまたちの金額が記されていた。言うまでもなく、私が一番額が多く貯め込んでいたし、使い込まれた額もかなりの金額となっている。


 「我が国の障壁維持に一番貢献し、竜を従わせる聖女が一介と申すのか。それとも聖王国の教会には我が国の聖女を超える者が沢山居ると? ああ、確か聖痕によって選ばれる大聖女が居ると聞いているなあ」


 一度、会ってみたいものだと煽りまくる陛下。聖痕を所持していれば問答無用で大聖女に任命されるらしい。

 お飾りの要素が強いと聞いたけれど、大聖女さまに会ったこともないのでどんな方なのか情報が手元にない。聖痕持ちの女性が居なければ、刺青を施して周囲を騙すこともできるから、本当に大聖女さまなる者が存在するのか怪しいし。


 「居るというならば、紹介して欲しいものだな。興味がある。本物ならば我々亜人は魔力の多さ故に惹かれるだろうしな」

 

 そんな事実は初耳だ。私より魔力を多く持つ人が居れば、代表さまたちはその人に惹かれるようになるのか。私の肩に乗っているアクロアイトさまが急に顔を擦り付けて、一鳴きした。何の意味があるのかは分からないが、頭を撫でると満足したようだから、単純に暇だったらしい。


 「なんと……」


 「っ!」


 代表さまの言葉に息を飲む聖王国教会の面々。亜人連合国の方たちを従わせることが出来れば大陸統一も夢ではないだろう。そのくらいの戦力が代表さまの国にはある。喜色の笑みを浮かべながら『誰か居らぬのか』と小声を上げている面々を、アルバトロス王国やリーム王国を始めとした周辺国の皆さまは冷ややかな目で見ているのだった。

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