第280話:聖王国まであと二日。

 フライハイト家で見つかった天馬さまに聖樹候補と魔石の鉱脈と薬草の群生地。貧乏男爵家の手に負えるものではないので、天馬さまたちと聖樹候補と魔石の鉱脈は王国に知らせて管理して貰うことになりそうだった。

 意識がはっきりとした男爵さまが、薬草はどうにか管理できるかもしれないと言っていたけれど。ちなみにその薬草は胃薬として重宝されているそうな。


 欲のない男爵さまである。お貴族さまなら、聖樹にも魔石の鉱脈にも喰い付きそうなのに。どうやら自身にその能力がないと理解しているようで『私は学もなく、我が男爵家を維持するのに手一杯』と言い切った。

 知識も能力も備わっていないのに、身の丈を超えるものに手を出せば痛い目をみるだろうと。ただ、次代である継嗣は学院にも通わせたから、男爵さまよりも知識はある。どうにか協力して男爵家を盛り立てていきたいと言っていた。


 アリアさまも協力するよと元気いっぱいに、ご家族に宣言していたし。聖女として働き始めたので、彼女の懐も少しは潤っているようだ。辺境伯領の討伐遠征の派遣料にリームへの国外派遣と、今回の男爵領調査で割といい金額が彼女の下へと入る筈。


 副団長さまによると、聖樹の元になっている魔石はごく普通のものらしい。リームの聖樹さまのようなことにはならないが、搾取するだけだと直ぐに枯れてしまうので管理は必要とのこと。

 肥料やら魔力補填やらバランス感覚が大事だし、崇めなきゃ普通の木で止まるそうなので、男爵さまの方針次第。ただ引っこ抜かれて盗まれるのは頂けないので、結局は警備をつけるかなにか手を打たなければとのこと。

 

 魔石の鉱脈開発があるので、一緒に警備もお願いすればいい。


 聖樹候補が生まれた原因も近くに魔石の鉱脈が存在したからみたいだし。たまたま、丘の上に魔石があってそこに種が落ち発芽した。相変わらず凄い確率だが、魔力で奇跡を引き寄せるとかなんとか。

 鉱脈も盗掘被害も考えなきゃならないし、産出量の制限に市場価格の値崩れも懸念されるから、王国がその辺りをきっちりと管理する。魔石一個でも随分と大金になるから、本当に凄い事だ。


 取り過ぎて魔石が無くなるということはないのかという疑問に、だからこそ管理するのですよとにっこり笑った副団長さま。空気中の魔素を取り込むか、地下から魔素を取り込んで魔石化するのだけれど、魔素が枯れることはないらしい。

 一説によると、この世界にある魔素量は一定であり、生き物や魔石に取り込まれるが、年数が経ったり死んだりすると空気中に戻るとかなんとか。他にも説が存在するそうだが、それらも魔素は枯れないというのが通説。恐らく、水みたいなものなのだろう。水もいくら使っても枯れないのだから、人間には感知できない循環システムで成り立っているのかも。


 男爵領はこれから忙しくなるだろう。どういう方向性に持っていくのかは、これから男爵家と王家や侯爵家に投資家とかの人たちとの話し合い次第。


 珍しい天馬さまも居るということで、亜人連合国にも連絡を入れるとのこと。――何故か私が。いや、良いけれど。見つけたのはアクロアイトさまだし……。いや、やっぱり相談ルートが変じゃないかなあ。普通は王家と向こうの代表さまがコンタクトを取るモノなのでは。


 「ナイ、どうした?」


 またしても考え事をしていた意識が声によって引き戻される。


 「クレイグ。新人聖女さまの実家が大変な事になってるから……ちょっとね」


 取りあえず、見つけるものは見つけたので調査団のみんなは男爵領から王都へ戻っていた。夜、就寝前の幼馴染が私の部屋に集まって、今日一日の出来事を語り合っていた。クレイグは相変わらず家宰さまに扱かれているし、サフィールも託児所の開設間近ということで、備品や必要なものの買い出しやらに精をだしているそうな。


 「大変と言いつつ、他人事のように聞こえるけどな」


 くつくつ笑いながら紅茶を飲むクレイグを、私は苦笑いを浮かべながらソーサーにティーカップを置いた。


 「私に降りかかった事の方が、大事だった気がするからなあ」


 マジで。男爵さまには申し訳ないが、学院へ入学してからというもの巻き込まれてばかりである。学院行事で魔獣と遭遇するし、第二王子殿下と公爵令嬢さまとの婚約破棄騒動。

 ジークとリンの落胤問題に、辺境伯領への討伐遠征で浄化魔術を施して、そのまま亜人連合国に転移するし、何故か気に入られるし、卵さま孵っちゃうし。そのまま孵った卵さまを預かるだなんて誰が考えるのさ。しかもそこから叙爵と邸を賜るし。


 二学期になって学院初日で第四王子さまと第三王子さまに声を掛けられ、無茶振りくんに土下座されて。

 そこから聖女さまたちや私が教会に預けていたお金が使い込まれていたことが露見して、教会の枢機卿連中を捕まえて。さあ、聖王国へ乗り込むぞっと意気込んでいる所に、リーム王国からの聖樹への魔力補填依頼。補填をしたのは良いものの、枯れちゃうし。しかも私の所為じゃないのに、私の所為にされかけたし。

 本当に、この数か月間でいろいろと私の周りで事件が起こり過ぎている。王都に竜が現れたのは、私が襲わせたようなものだけど、教会のあの人たちがお金を使い込んでいなきゃ、そうならなかったし。

 

 「そりゃお前と比べりゃ微々たるものだろうが、田舎の貧乏男爵領に魔獣や聖樹候補に魔石の鉱脈やらが一気に露見したんだぞ」


 大事件だろうに、とクレイグが。横に座っていたサフィールも彼の言葉にうんうん頷いている。彼らには今回起きたことや過去の事は、包み隠さず話している。

 何か問題があるならば、陛下方から緘口令が敷かれるけれど、なかったので話してしまっても問題はない。ジークとリンは現場を見ている所為なのか黙ったままで、紅茶を嗜んでいた。


 「それで、聖王国にはいつ行くの?」


 サフィールが首を傾げつつ問いかけた。


 「明後日だよ」


 その間も学院に通ったり、代表さまたちと連絡を取らなきゃならない。王国と教会とも打ち合わせがあるから、過密スケジュールとなっている。


 「同行する面子を言ってみろよ」


 ジト目でクレイグが言い放つ。……突っ込み満載の人選だものなあ。


 「子爵邸の面々でしょ、陛下に外務卿さま、財務卿さまの部下さんに教会の枢機卿さま二人に土下座くん。護衛で副団長さまも来るって聞いてる。で、亜人連合国の代表さまにエルフのお姉さんたちでしょ」


 で、勝手にお婆さまも加わるのだろう。面白そうって言ってついて来るのは確実。あとお婆さまは勝手に子爵邸に出入りして、私の祝福が掛かっている人たちを何度か驚かせていた。クレイグとサフィールももちろん餌食になっており、心臓に悪いと零していた。


 「……まだ居るのかよ」


 クレイグが呆れ顔でぼそりと呟き、サフィールは苦笑いしつつ紅茶を一口含む。


 「うん。リームの王太子殿下にギド殿下と向こうの教会関係者でしょ、あとアルバトロス周辺国で教会がヤバそうな所にも声を掛けたって陛下が言ってた」


 そういうことなので、周辺国のお偉いさんたちも何名か参加するそうだ。聖王国の教会は本当に大丈夫なのだろうか。

 ここまで増えるとどうしようもない気がするけれど、腐敗しているなら腐っている部分は取り除かなければ被害が広がるだけだしなあ。今回のお偉いさんたちの話で、多少はマシになれば良いのだけれど。私は取られたお金が戻ってくればそれで良い。政治的な部分は政治屋さんに任せるのが吉で、素人が口を出しちゃならない。


 「おい……」


 「ん?」


 「……聖王国の教会を潰す気なのか?」


 「そんな面倒なことはしないよ。アルバトロスも教会も」


 神妙な顔でクレイグが私に問いかけたが、そんなことをする気はない。面倒だし、事後処理も更に面倒になるのは分かっているから。


 「ナイの一言で潰れそうだけれどね、あはは……」


 サフィールが苦笑いを浮かべつつ、誤魔化し笑いをした。


 「駄目だぞ、ちゃんと熱心な奴も居るんだからなっ! 腐った奴も居るが、きちんと教えを守っている連中だって居るんだからなっ!」


 「ちょっと待ってよ、クレイグ、サフィールっ! 私は教会潰すだなんて言ってないからねっ!?」


 「お前ならやりかねんっ!」


 「ナイは怒ると容赦ないから。ちょっと心配だよ」


 「二人とも私の認識ってどうなってるのかなあ! というか怒ってないしっ!」


 「阿呆、キレて王都に竜を差し向けただろうがっ!」


 誰が王都に竜を寄越すんだよ、んなこと出来るのは亜人連合国か魔王と呼ばれる奴しか居ないとかなんとか。代表さま自身は竜だし、彼らを統べる存在であるからして、竜を差し向けることは簡単だ。

 魔王と呼ばれる存在もあるらしいのだが、この世の終わりを告げる者と言われ、魔王が現れると勇者も現れるとかなんとか。そんな都合の良い話がある訳ないだろうにと、ふうと息を吐く。


 「ソレはソレだよ。聖王国に向かう時には、心穏やかに聖女として赴くから!」


 「絶対、嘘だ……」


 「クレイグ、ナイにも立場ってものがあるから。ジーク、リン。ナイが無茶しそうになったら止めてね」


 「善処はするが……あまり期待はしないでくれ」


 暴走したら止められないと、ジークが。


 「教会が潰れても困らないよ? そもそもナイのお金取った人が悪いんだし」


 リンは、相変わらずリンさん節が全開のようで。


 「おい、本当に大丈夫なのか?」


 「あはは。どうだろう……」


 呆れる二人に、私はいたって普通の……普通のハズ。魔力量が多いだけの聖女であると言いたくなるのだった。

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