第279話:彼女が見つけたもの。
――魔石の鉱脈を発見しました。
ロザリンデさまに同行していた地質学者さまの言葉で部屋の空気が一変した。特に反応を示したのが副団長さまで、もう既に思考の海へダイブしているようだった。
恐らく、どのくらいの質だろうとか産出量とか考えているのだろう。あまり取り過ぎると市場価格が崩壊するだろうしその辺りの事も……いや、魔術師だから取れるだけ取ったあとは知らないとか言い放ちそう。仮に副団長さまが暴走すれば、陛下の出番である。陛下の言う事ならば、聞く耳を持っているのだから。
『なるほど、この地の魔素量が多い訳です』
『あの若木も育てば良い巨木になるのでしょうね』
しかも魔素を吸収しているから、なにかしらの効果というか利益というか、周辺に齎すものがあるはずなのだ。天馬さまたちが浮ついている気がする。どうやら此処で繁殖をするつもりなのだろうか。
「フライハイト男爵閣下、この度発見された鉱脈をどういたしますか?」
「どうするもこうするも、ウチで開発着手など出来ようはずもありません。御覧の通り長閑な田舎。田畑を耕して日々の暮らしを送ることが精一杯でしょう」
話を聞く限りじゃあ、貧乏な男爵家だ。魔石を産出出来るようになるまでは赤字が確実だろうし、それに耐えうる資金を持ち合わせてはいない。
「お父さんっ!」
「アリア、黙りなさい! だが、こうして国から調査団が派遣され、国の益となるものが見つかった……――」
開発資金は出せないが、アルバトロス王国に属する領地貴族だと男爵さま。魔石の鉱脈が王国の所有となるならば致し方ないこと。ただこの地はフライハイト家が代々受け継いできた土地。退去だけは免れるようにして欲しいと、男爵さまが懇願して。
「王国はそのような横暴や搾取なんてしませんよ」
取りあえずは品質調査や産出量等の見積もりもしなくちゃだから、男爵領にて調査団が在駐する為の施設の準備から始まる。その際は男爵家の許可が必要だし、勿論見返りも用意される。それは話し合いで決まるから、無謀なことや欲を出さなければ穏当に済むので男爵家にとって悪い話ではないそうだ。
「わたくしが今回発見したということで、ある程度の権利があります。男爵閣下のご迷惑でなければ侯爵家が後ろ盾となりましょう。勿論我が父に相談して許可を得てからとなりますが」
ロザリンデさまの探索によって発見されたものだから、鉱脈の権利が何割かあるようだった。悪い話じゃないし、お貴族さまであるなら儲け話として確実に喰い付く。ロザリンデさまの実家は侯爵家であり、悪い評判を耳にしたことがない。
お金は沢山持っているだろうし、侯爵家が寄り親か後ろ盾となればフライハイト男爵家にとって悪い話ではないし、他のお貴族さまから狙われることも無くなるのでは。
というか、国も男爵家の後ろ盾になると推測している。
見つかった土地の所有者が男爵家ではなく、高位貴族とされる伯爵家以上ならば国も放っておいたかもしれない。魔石の鉱脈ともなれば、お金を鱈腹つぎ込んで開発に励み、採算ラインを確実に得るはずだ。技術者や人員の派遣等もなんなくやってみせるのだろう。
だが今回は鳴かず飛ばずの男爵家。目敏い人なら、あの手この手を使って男爵さまを適当に言いくるめて、美味しい汁を吸う。絶対に。そんなことをさせない為にも国が絡むはずである。そもそもこの派遣は王国からの指示なんだし。
「そんな……よろしいのでしょうか」
「お気になさらず。益があるからこその取引です」
言葉を飾っても男爵さまには届かないと判断したロザリンデさまは、ぶっちゃけた物言いになっていた。でも、その方が分かり易い。まだ渋っている様子の男爵さまだけれど、先程よりは理性を取り戻しているようだし、顔色も戻ってきている。
これから男爵さまは大忙しとなるのだろう。
王家や王国上層部と侯爵家に副団長さまや地質学者さまが居る話し合いの場に呼ばれるだろうし、男爵領へやって来る人も増えるはず。その場を整えなければいけないし、指揮を執るのも男爵さまとなる。施設が建つ土地の選定とかは、男爵さまが決めなきゃならないだろうし。
全権委任された代理人を雇うのも手だけれど、そのお金なさそうだものね。
副団長さまと地質学者さまがこれからのことを男爵さまと話し合っている。目を白黒させつつどうにか話について行っている男爵家のみなさまと、事務的に会話を交わしている副団長さまと地質学者さまが対照的。
こういうことに慣れているのだろうと見守るけれど、魔術師団の副団長さまがこんなことまでやるのだろうか。あ、でも自分の趣味――魔術関連――に没頭する為ならば、あらゆる手段を用いそうではある。地質学者さまだって、好きなことがソレだから興味の為にこうして男爵さまとこれからのことを話しているのだろうなあ。
これからも関わる為に。
やっぱりお貴族さまとか魔術師の人たちは特殊である。私もお貴族さまだから何も言えないけれど、ここまで真剣になることはない。取りあえず一通り話し終えたようで、男爵さまが胸を撫でおろしている。
だけれどこの先、魔石の産出話だけではなく、天馬さまたちがこの地で子を成そうとしていることや、聖樹一歩手前の若木についての扱いも決めなければならないのだけれど。魔石の話のインパクトが強すぎで、男爵さまの頭の中には残っていないようだった。
「ああ、忘れる所でした。天馬の方々が食べた毒草というのは、薬草にもなるのです」
天馬さまたちが休んでいた横で群生していたので、領地運営の為に足しにしてみてはと副団長さまが告げると、キャパオーバーしたらしい男爵さまの意識が遠くなる。
「親父っ!?」
「あなた!」
「お、お父さんっ!?」
倒れそうになった男爵さまをフライハイト家のみなさまが支えた。
「……どうして……こんなことに……」
小さく呟かれた言葉のはずなのに、やけにはっきりと耳に届いた男爵さまの言葉。こんなことになってしまったのはリーム王国の聖樹が枯れたことが原因である。
リーム王国がもっと聖樹に気を使い、搾取するだけではなく肥料や魔力を与えていれば、まだ長く生きられた可能性が高い。でもリームの聖樹は魔石の意思が邪魔をしていたから、結局遅かれ早かれ枯れていたのだろう。
まあ、IFの話を考えても意味はないし、男爵さまにはこれから馬車馬の如く働いて貰うことになるのだから、こんなことで弱音を吐いていると禿るぞと心の中で呟くのだった。
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