第278話:天馬さま。

 天馬さまたちの案内によって、森を抜け田畑が広がる場所へと出た。目指す場所は天馬さまたちが繁殖に適しているかもしれない、とのこと。恐らく空気中の魔素の量が多いとのことで、子育てするにはうってつけ。

 自然界で生きる為、生き残る為に、強い個体が生まれたり育ちやすい場所を親は厳選するそうだ。そうして歩くこと暫く、小さな丘の上にアリアさま達が何故か佇んでいたのだけれど、天馬さまたちもそちらへと向かうのだった。

 

 「アリアさま」

 

 「ナイさまっ!?」


 驚いた顔を見せたアリアさま。そりゃ翼が生えた白馬が一緒に居たら驚くよなあと、天馬さまたちを見ると何故か目を細められる。

 

 「何かあったのですか?」


 こちらまで歩いて来る間、アリアさまたちは一歩も動いていなかった。何か見つけたのだろうかと、こちらのみんなと言葉を交わしていたのだけれど。

 

 「あ、えっと……反応があったのですが、どうして……」


 アリアさまがそう告げて、足元に視線を向けると小さな若木が。聖女の探索で見つかったとあれば、その可能性は高そうである。

 ただ聖樹の定義は曖昧だし、この若木が『聖樹』であると人間から崇められないと聖樹になることはないそうだ。どういう理屈なのかと突っ込みを入れたくなるが、お婆さま曰くそういう物らしい。


 「聖女さまの探索に反応した原因は、この若木が魔力を多く含んでいるからでしょうね」


 副団長さまが若木にしゃがみ込み、しげしげと観察したあとそう言った。アリアさまの探索は魔力に反応したようで、若木が引き寄せたようだ。

 天馬さまたちも魔力を多く含んでいる若木に惹かれたようだし、副団長さまの言葉もある。聖樹になるかどうかは分からないが、魔力を多く含んでいる時点でこの周辺に恩恵があるそうだ。


 「こちらも男爵さまに報告ですね」


 天馬さまが繁殖場所にする可能性だってあるし、そうなると保護も兼ねた管理をしなければいけないそうで。亜人連合国にも報告して、向こうに良い場所があるならそっちも紹介して頂こうという話になっている。


 天馬は魔獣に分類されるらしく珍しいそうで、個体数も少ない。最初の接触さえ気を付ければ、大人しい上に人間に懐きやすいが為に乱獲されて、数を減らした過去があるそうで、増えるならば喜ばしいことだと副団長さまが言っていた。

 ……捕獲とかぼやいていた人なのに。ただ天馬さまたちをみていると、警戒心は滅茶苦茶薄いなと感じる。個体数が減るということは、種が存続しないということである、もう少し人間に対して警戒心を持っても良いような。

 

 『何から何まで、有難い事で』


 『本当に』


 辺境伯さまにも声をかけてみるそうで、竜の方たちと天馬さまたちが問題ないようなら辺境伯領で暮らす可能性もある。

 なんだかアルバトロス王国が動物天国みたいになっていないだろうか。土地柄的に魔素量が多いし、その為に魔力を多く所持する人間も多い。副団長さまのような魔術師や聖女が多い理由がソレなのだろう。


 「しゃ、喋った……! 凄いですっ! お馬さんが喋ることが出来るなんてっ!」


 アリアさまが凄く嬉しそうな顔を浮かべて、天馬さまたちに近づいてそっと右手を差し出した。天馬さまは目を細めてゆっくりと顔をアリアさまの手に近づける。ゆっくりと顔に手を添えてなでなでしていた。本当に大人しいというか人間慣れしているというか、紳士というか。


 『運良く長く生きていることができ、自然に覚えていました』


 『いつの間にかこうして喋ることができているので、本当に不思議です』


 アリアさまが撫でる手が気持ちいいのか、目を細めて大人しく受け入れていた。男爵さまに報告をという副団長さまの言葉に『では私たちもご挨拶を』なんて言ってしまうのだから本当に知能が高いし、人間についての理解度が高い。

 下手をすると銀髪くんよりも賢いのでは。……銀髪くんに失礼なのか、天馬さまたちに失礼なのか分からないが。


 「時間も時間ですので、フライハイト卿に報告も兼ねて戻りましょう。恐らくリヒター嬢も戻って来る頃でしょうし」


 副団長さまの言葉に全員が頷いたあと、天馬さまも私たちの後に続く。これ、男爵さま腰を抜かさないかな。私たちだけでも結構な圧だとは思う。魔術師団副団長さまに、公爵家、辺境伯家のご令嬢さま。

 ロザリンデさまは侯爵家の聖女さまだし、私は一応子爵家当主。地質学者の方も爵位持ちだったから。それにプラスされて魔獣の天馬さま二頭。


 男爵家の皆さま、吃驚するだろうなと男爵家の門扉の前に辿り着く。先に戻っていたのかロザリンデさまたちご一行が私たちを待っていた。


 「ロザリンデさま、お待たせして申し訳ありません」


 待たせてしまったようなので頭を下げると、ゆるゆると首を振ったロザリンデさま。


 「いえ、お気になさらず。――……どうして天馬が」


 最後にぼそりと呟いたロザリンデさまの視線の先は天馬さま二頭へ向けてられており、驚いた顔をしたものの直ぐに鳴りを潜めたあたり、流石お貴族さま。天馬さまたちから視線を逸らし、男爵邸の方へと向く。


 「フライハイト男爵さまもお待ちでしょうから、屋敷へ参りましょう」


 「そうですね。報告すべきことが沢山ありますから」


 「はい。わたくしも伝えなくてはならないことがありますので」


 ロザリンデさまも何か見つけたようだ。副団長さまもにっこりと笑って頷き、男爵邸の門扉を潜り抜ける。玄関から出てきたフライハイト男爵一家の面々は、天馬の登場に口をあんぐり開けて驚いていた。

 

 「フライハイト卿、いろいろと発見出来ましたよ。報告の為に少しお時間をよろしいでしょうか?」


 「は、はいっ! どうぞ、中へ」


 副団長さまが男爵さまに声を掛けると、慌てて私たちを部屋へと案内してくれた。ちなみに天馬さまたちは、部屋の窓の外から顔を出して話を聞くそうで。

 報告を始めると、男爵家のみなさまの顔色が赤くなったり青くなったり忙しない。そりゃ、この後の事を考えると大忙しになる報告しかないのだから。アリアさまが見つけた聖樹候補の若木の扱いに、私が治癒した番の天馬さまたち。

 この場が気に入れば、他の天馬さまも呼ぶと仰っていたので、二頭だけで済まない可能性も出てきてる。


 「は、ははは……我が領はこれからどうなってしまうのか……」


 聖樹候補と天馬さまたちが住めば観光名所に出来るし、魔獣が守る領と喧伝することも出来る。物好きな人たちが流入希望するかもしれないし、悪い事ではない。


 「お父さんっ! ここで頑張らないと領のみんなはこのままなんだよっ!」


 「アリア……」


 「農業だけで生計を立てるには限界があるのっ! もし観光地になれば宿屋や食べ物屋さんを開いて収入を得ることも出来るんだよっ!」


 アリアさまは王都で暮らし始めたことと学院に通い始めたことで、知識を手に入れたのだろう。父親である男爵さまの弱気な態度に活を入れているが、気乗りはあまりしていないようだった。ところでロザリンデさまの結果の報告がなされていなく、この状況を眺めている彼女は微妙な顔をしている。

 

 男爵さま……止め、刺されなきゃいいけれど、とフライハイト男爵家の事情を聞きつつ心配になる私だった。

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