第277話:野生の馬。

 アクロアイトさまが珍しく私の肩から飛び立って、一人でどこかへ飛んでしまったので慌てて追いかける調査団一行。

 そうして飽きたのか目的のモノを見つけたのか、戻ってきて満足そうに一鳴きしたアクロアイトさまが進もうとした先を歩く。大きな巨石が割れている横に、なんとも表現しがたい美しい生き物がいた。

 

 ――あれは……。


 白馬、かと思ったが背中に羽が生えている。地面に横たわって苦しそうにしているけれど、大丈夫なのだろうか。しかも二頭いて、どちらも苦しそうな様子。


 「天馬のようですね」


 天馬……――ペガサスだった気がする。白い馬に羽が生えているので、そうなのだろう。ただ何故苦しんでいるのかが分からないが。


 「どうします?」


 近寄っても大丈夫なのか分からないので、こういう事に滅法詳しそうな副団長さまの顔を見上げて指示を乞う。


 「害はないと言われておりますが……暴れられると危険ですしねえ。魔術で脅しても良いのですが、あまり取りたくない手段ですし、珍しい生き物ですから出来れば捕獲……いえ、保護したい所です」


 副団長さまの本心が垣間見れた気がしたが、あえて突っ込みはいれない。どうやら貴重な実験サンプルくらいに考えているようだ。どう接触するのが一番穏便に出来るのか、みんなで考えているとアクロアイトさまが天馬の方へゆっくりと飛んでいった。

 どうやら意思疎通が出来ているようで、天馬がアクロアイトさまを見てむくりと首を上げ、顔を上下させている。アクロアイトさまも空中に止まったままで、ぱたぱたと羽を動かし顔を捻ったり一鳴きしたり。


 一体何がと眺めていると、アクロアイトさまが戻ってきて私の服の袖を軽く噛み、天馬の方へと導くような仕草を見せた。


 「僕たちが全員行くと逃げる可能性もありますから、こちらで見守っていますね」


 副団長さまの言葉にソフィーアさまにセレスティアさまが頷く。ジークとリンは私の後ろに控えてくれるようだ。

 ゆっくり進み敵意はないよアピールをしつつ近寄って行く。警戒している素振りは見せていないし、逃げる様子もない。野生動物に分類されそうなのに、こんなに無警戒で良いものなのか。狩人さんとかに簡単に狩られて食べられていそうとか、無情なことを考えてしまう。

 

 「えっと、大丈夫ですか?」


 まだ苦しそうなので声を掛けてみるけれど、果たして人間の言葉は通じるのか。私の言葉に片方の天馬が首を上げて視線を合わせてくれた。


 『大丈夫、とは言い難いです』


 あ、言葉が通じる。良かったと安堵しつつ、大丈夫ではないことに不安を覚えるが、凄く丁寧な物腰の天馬だった。


 「どういたしました?」


 『お恥ずかしい話なのですが、食べたものに中ってしまったようで。貴女さまの肩に乗っている御仁が、治せる人を呼んでくると仰って下さり……』


 あのやり取りでそんなことを交わしてたのか。アクロアイトさまは私が治癒魔術を使えることを理解していて、動物相手であれば会話が可能なようで。人間相手に会話が通じないのは、種族の差故か。


 「聖女を務めておりますので、治癒魔術で治せるかと。どういたしますか?」

 

 勝手に魔術を施す訳にもいかないと一応確認を取ると、是非お願いしますとのこと。動物相手に効くのか不安だったが、魔術を掛けてしばらくすると痛みが落ち着いたようで。横たわっていた身体を起こすと、馬車を引く馬よりも随分と立派な馬体で、一回りくらいは大きい気がする。


 『お手間をかけ申し訳ございません』


 『有難うございます。自然豊かなこの地に降りて食事をしていると、気付かぬうちに毒草を食んでいたようで……』


 草の見分けは完璧な筈なのに、間違えて食してしまったようだ。しきりに頭を下げる二頭。


 『貴女のお陰で痛みもなくなりました。本当に有難うございます』


 『調べ物の前に、腹ごしらえをと考えたのが悪かったのでしょうね』


 彼らにとってこの辺りの草花は美味しかったらしい。それで夢中になって食べていたら、気付かないうちに毒草を食べちゃったとか。なんとも抜けている理由ではあるが、親しみは持ちやすい……多分。

 

 『竜の御仁も有難うございます。お陰で難を逃れました』


 『ええ、本当に』


 そんな天馬さま二頭の言葉にアクロアイトさまが一鳴きして、言葉を返していた。


 「しかし、どうしてこの地に?」


 単純な疑問だった。副団長さまが珍しいと仰っていたから個体数は少なく貴重なのだろう。捕縛とか言いかけていたし。どこが生息域なのかも知らないし、この辺りなのかも知れない。取りあえず会話が可能なら聞いてみるのも悪くはないと、彼らと話してみるのだった。


 『この辺りに不思議な雰囲気を感じまして。まだ遠い先の場所にも強い気配を感じますが、取りあえず確認の為にとこの地に降り立ったのです』


 天馬さまの内の一頭が少し先の場所の方角へ顔を向けた。どうやら彼らは番の様で子育てに適切な場所を探しているとのこと。適切な場所と言うのは魔素が豊富な場所とのことなので、まだ少し先の場所って辺境伯領ではないかと勘繰っている。

 

 『育つ場所の違いで差がありますので、親は必死で良い場所を探すのです』


 もともとアルバトロスは魔素の多い場所なので、人間に気付かれ難い場所で繁殖をしていたそうな。

 ただ魔素量も時代の経過や環境の変化に、魔力持ちの強い個体が朽ちた場所等で変わっていくので、毎度繁殖場所を探すのに苦労しているとのこと。そうしてまたアルバトロスで繁殖場所を探していたら、気になる所を見つけた。それがフライハイト男爵領だった、と。

 

 『痛みも引きましたし、その場所へ行ってみようかと』


 「そうですか」


 『貴女もご一緒に参りませんか? 良い魔力をお持ちの方とお見受け致しますし、竜の御仁にも我々が望む場所を指南して頂きたく』


 「よろしいのですか?」


 繁殖場所がバレると不味いのでは。今まではこっそりと人間に見つからないように繁殖していたようだし。


 『長く生きている所為か人間への警戒心は薄れていますし、人間と関わらず生きて行くには難しい環境となっている昨今ですので、問題はありません』


 そうなのか。ただヒャッハーしそうな方が約一名居るのだけれど、ドン引きされないかな。


 「同行者が増えても構いませんか? あちらに居る方々なのですが……」


 『何の問題もありません。ご一緒致しましょう』


 『賑やかな方がきっと楽しいですから』


 うーん、凄く真摯な方たちと笑みを浮かべて、同行メンバーを呼ぶと副団長さまが凄く嬉しそうな顔を浮かべ、何故かセレスティアさままでも嬉しそうな顔をしていた。気にしたら負けだから放っておこうと心に刻み。

 テンションの高そうな人たちと天馬二頭で森の中から出て、田畑が広がる場所へと案内されると、遠目にはよく見知っている人たちが佇んでいた。何をやっているのだろうと疑問に思うけれど、天馬さまたちの案内を無視する訳にはいかないが、何故かアリアさまたちの方へと歩いて行き。


 「アリアさま」


 「ナイさまっ!?」


 どうしてだか、アリアさま一行と私たちが合流するのだった。


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