第275話:フライハイト男爵領。

 小高い丘の上に調査団一行は転移したようだ。私たちの背には高い山々が、目の前には田畑が広がっている。水車が見えるし、水車小屋の中では小麦かなにかを挽いているのかも。本当に長閑で目に優しい光景。

 聖女の服に、騎士服を纏った一団と魔術師である証の外套を纏った副団長さま、かなり良い身形のソフィーアさまとセレスティアさま、ようするに私たち調査団はこの景色に溶け込むのは無理があった。


 「そういえばフライハイト男爵さまにこの話は通してあるのですか?」


 まあ仕事でやってきているのだから、気にしても仕方ない。ただ、この長閑な場所に似合わない一団がいきなり現れれば、男爵領の方たちはさぞ驚くだろう。


 「通信用の魔術具もお持ちでないようでしたから、直接お話する予定です。一応、先触れは出してあるので僕たちが来ることは知っているはずですよ」


 副団長さまの言葉に胸を撫でおろすと『失礼ですねえ』と本人からそんな言葉が返ってきた。だって副団長さまって自分の興味優先の人だもの。意外だっただけで、失礼じゃないと思う。

 

 「あっ! では、私は皆さんが来たことを父に知らせてきますねっ!」


 アリアさまが突然に声を上げて、ぴゅっと走り出した。彼女の護衛である教会騎士さま二名が驚いた顔をして、私たちに頭を下げ『お待ちください、聖女さまっ!』と声を上げながら彼女の背を追いかける。

 アリアさまの足が意外に早く、なかなか追いつけない。その姿を見て野生児だなあと、目を細める。彼女が野生児なら、私は野犬とかそんな感じになるのか。生い立ち的に。

 

 「足、早いな。しかし護衛を放って行くのはな……」


 「ええ。足腰が確りしていらっしゃるようで。騎士の方、怠けていらっしゃるのかしら?」


 ソフィーアさまが小さくなっていくアリアさまの後ろ姿を眺めつつ苦言を呈し、セレスティアさまが教会騎士さまの鈍足っぷりを嘆いていた。いや、あれはアリアさまの足が速いだけのような気がする。お二人とも運動神経が良いから、騎士に対する評価が厳しすぎるだけだろう。


 アリアさまは自分に護衛が付いているということにまだ慣れていないのか、単純に思い立ったから即行動に起こしただけなのか。


 「後で彼女には言い含めておきませんと」


 アリアさまの背を見ていたロザリンデさまがぼそりと呟いた。


 「お願いします。あれでは彼女の護衛に就く人間が迷惑を被るだけです」


 城で騎士の方とはぐれたのも、今と似たような理由なのかも。


 「ですわね。――元気が良いのは構いませんが」


 ロザリンデさまにソフィーアさまが口調を変えて目だけを下げ、セレスティアさまは鉄扇で口元を隠していた。


 ジークとリンがまだ見習いだった頃は、教会から宛がわれた騎士さまが控えていたが苦手だったものなあ。

 何をするにも、どこへ行くにも後ろに控えている。気にすると余計に気になるし、護衛の方は気にするなという顔をしているし。まだ新米聖女さまなのでアリアさまも直に慣れてくるのだろう。彼女は一度伝えれば二度目は失敗しないし、素直に受け入れる子だし。

 

 「ゆっくり男爵邸まで参りましょう。――お二人には、こちらを」


 副団長さまから紐を括りつけた指輪を渡される。どうやらロザリンデさまと私はダウジングをしながら移動しなければならないようだ。手のひらの上に置かれた指輪の片方を受け取って、糸の端を持ち指輪を垂らす。今の所何の反応も見せていない指輪が、反応を見せることはあるのだろうか。

 

 「足元にはお気をつけて」


 そうして歩き始めた調査団一行。先頭は護衛の騎士さまが二人歩き、その後に続いて私とロザリンデさまが。その後ろにゾロゾロと固まって続いてた。

 なんとなく垂らしていた指輪が反応することはないまま、フライハイト男爵邸へと辿り着く。立派とは言い難く所どころに自前で修繕したのだろうかと思えるような場所がある。門扉の前にはアリアさまと護衛の騎士さま――大汗を掻いている――が待っており、邸の前まで案内してくれた。


 「このような田舎に……皆さま、ようこそいらっしゃいました」


 男爵邸の前で割と年を取った男性と青年と中年女性に迎え入れられた。アリアさまの紹介で男爵さまと、次期男爵さま、そして男爵夫人と教えてくれた。

 使い込んだ服を着たフライハイト男爵さまは、疲れているのか覇気がない。継嗣であろうアリアさまのお兄さまも男爵さまと同じ様子で、静かに頭を下げるのみ。どちらかというと男爵夫人の方が明るく、アリアさまと血縁なのだなあと実感。ただみんな目鼻立ちが整っており、年相応の美男美女であった。


 「満足なおもてなしも出来ませんが、中へどうぞ」


 そうして屋敷の中へと案内されたのだけれど、屋敷の中は質素という言葉が凄く似合うほどに質素だった。

 ま、まあアリアさまから話は聞いていたので驚きはしないが、お屋敷を賜った身としては自身の屋敷と比べてしまう訳で。王都と辺境の田舎では違うのかもしれないが、それでも調度品が少なく最低限といった感じ。

 

 「ではフライハイト卿、こちらは陛下からの書状となります。ご一読を」


 今回の調査団のリーダーである副団長さまが、懐から手紙を取り出して男爵さまの前へと出した。


 「へ、陛下っ、からですかっ!!?」


 片田舎の男爵さまが陛下と会う機会は人生で一度あるだけだろう。代替わりの叙爵の際は、陛下が式を執り行うからその時に顔を見ているはず。アリアさまのお父さまならば前の陛下の可能性もあるけれど。


 「はい。ご確認いただけると分かるかと」


 にっこりと笑って中身の確認を勧める副団長さまの顔を見たあと、手紙へ視線を落とした男爵さまは覚悟を決め、封蝋を確認すると顔を更に引きつらせた。


 「決して悪い話ではありませんので、落ち着いて下さい」


 副団長さまの言葉にごくりと息を飲んで、意を決し手紙に目を通す男爵さまの顔がどんどんと赤味を刺していく。


 「ほ、本当なのでしょうか。我が領に何か資源があるかもしれないとっ!」


 「ええ。偶然、そちらにいらっしゃる聖女さまの探索で反応を示しました。ですので我々に領内を調べる許可を頂きたく」


 副団長さまがロザリンデさまに視線を向けると、彼女が男爵さまに軽く頭を下げた。


 「分かりました。しかし、発見された場合はどういう扱いとなるのでしょうか?」


 「それは尤もな質問ですね。……――」


 男爵さまの質問に副団長さまが丁寧に答える。調査団が何かしらを発見した場合、領主に報告し自前で開発するか国も関与するかの選択が与えられる。勿論、見つかったモノによるので、一番しょっぱい水脈ならば『この辺りを掘れば井戸が使えるようになる』で終わるらしい。あとは岩塩なんかも、場所を教えてそれで終わり。


 国が関わって開発する価値があるもの、金や銀に金属類の鉱脈に宝石類に魔石等は、取り分や出資率を協議した上でそこから開発に着手する。揉めて戦争になる可能性もあるそうだから、かなり慎重になるらしい。お金を生み出す卵だから、欲が凄い事になるそうで。

 

 「こんな田舎に……ですが我が家が出資できるお金は微々たるものです……」


 「フライハイト卿、悩むのは見つかってからで良いでしょう。空振りになる可能性があることも考えておいて頂かねば」

 

 確かに空振りに終わる可能性もある。それなら知らない方が幸せだろうけれど、勝手に領内をウロウロする訳にもいかないので、こうして話をしている。

 

 「そうですな。――ではヴァレンシュタイン卿、調査をよろしくお願いいたします」


 男爵さまが副団長さまに頭を下げる。

 

 「はい、承りました。日没までには一度こちらへ戻りますので」


 副団長さまが立ち上がったので、私たちも立ち上がる。そうして男爵邸を後にして、捜索開始と相成るのだった。

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