第274話:アリアさまのご実家。

 リームから戻って一週間が過ぎ学院へ赴くと、なんとギド殿下がいらっしゃった。驚いて彼の顔を凝視すると私に気付いたギド殿下が『兄上、王太子殿下がアルバトロスで勉強を続けろと仰ってな』と良い顔で教えてくれた。リーム王国の今現在、と言っても一週間しか経っていないが聖樹が枯れたことを少しずつ受け入れ始めているそうな。

 神殿も聖樹がなければ意味がないので、ほぼ崩壊状態だそうだ。ギド殿下は邪魔だから暫くは必要ないだろうと豪快に笑ったが、本気で教えに従っていた人には悪い気もする。まあ、その辺りは五日後に控えている、聖王国の教会へ行った時に文句を言えば良い訳で。


 聖樹は枯れてしまったが、リームは新しい未来へ足を進め始めた。で、今日は学院がお休みの日……なのだけれど、私の予定はギッチリと埋まっていた。

 

 以前、リーム王国で聖樹から逃げた魔力を追う為にダウジングを実施して、何故か地図の端にあるアルバトロスとリームの国境に位置するアリアさまの実家がある場所で反応を示したのは記憶に新しい。侯爵家の聖女さま、ロザリンデさまの結果であったが、リームから戻って時間が出来れば調査してみようということになっていた。


 朝、ご飯を終えて幼馴染組で『今日も一日頑張ろうっ!』と言ってみんなの拳面を突き合わせ、それぞれの予定をこなす為に別れて、ジークとリンと私は馬車に乗って王城へと向かう。先にお城入りしていたソフィーアさまとセレスティアさまと合流した後、魔術師団の方たちが活動している隊舎へと赴くと、副団長さまが笑顔で迎え入れてくれた。


 「皆さん、おはようございます」


 副団長さまの声に私たちも挨拶を返していると、少し慌てた様子で遅れてやって来たアリアさまとロザリンデさま。


 「お待たせして申し訳ございません」


 「みなさん、ごめんなさいっ! ロザリンデさまは悪くないんですっ! お城が珍しくて目移りしていたら騎士の方とはぐれて、迷っていた所を助けて頂きましたっ!」


 アリアさまとロザリンデさまは、私たちに頭を下げた。お二人は、なんだかんだで仲良くなっている。リーム王国で政治の話となると彼女たちも一緒に……とはいかない場面があり別室で待機して貰っていたこと多々あった。その時に仲を深めたのだろう。アリアさまは人懐っこい性格で誰とでも話しが出来る方だし、ロザリンデさまとは討伐遠征で面識がある。


 アルバトロスの城の魔術陣に魔力補填をしているし、先輩後輩みたいな関係になれば良いけれどと願う。ただ、どうして騎士の方とはぐれてしまったのだろう。彼女の後ろに控えている教会騎士は微妙な顔になっているが、大丈夫だろうか。


 「大丈夫ですよ。そう気にせずとも、待ち合わせの時間より前ですから」


 副団長さまがみんなの代表として、頭を下げたお二人に声を掛ける。魔術が絡んでいなければ、紳士な副団長さま。

 長い銀髪を揺らしてにっこりと笑う姿は、本当にカッコいい。残念なのはこの場に居る女性陣は、そんなイケメンの彼を異性として全く興味がないことだろうか。私は色気より食い気だし、リンもその気配がある。

 ソフィーアさまはどう考えているか分からないけれど魔術の先生と弟子の関係だろうし、セレスティアさまは婚約者であるマルクスさまが居る。アリアさまも副団長さまに熱視線を向けている訳でもないし、ロザリンデさまも興味がなさそう。


 こう、甘酸っぱい青春みたいなものはどこかに転がっていないのかね。ニヤニヤしながら眺めるというのに。まあお貴族さまが多く通う学院だし、婚約者が既に宛がわれている人も多い。

 私が通うクラスは特進科で、高位貴族の子女の方々が多いから、自由恋愛は難しそうだし。最良物件であろう、ギド殿下と第四王子殿下に熱い視線を向けている女子は多いけれど、お二人は興味なさそう。


 ――なんだか寒気が。まだ暖かい時期だというのに妙なものだ。気の所為気の所為と頭を振って、意識を戻す。


 ソフィーアさまはクラスの女性陣の中で最高位である公爵家のご令嬢だが、第二王子殿下のアレを引き摺っているのかアプローチする人を見たことがない。確かフリーの伯爵家出身の男の子がクラスに居るというのに。

 ソフィーアさまは話し方は男前だけれど、優しい人だし常識人だし、良い人だというのに勿体ない。ただ、気楽に話しかけられる人物ではないか。公爵家ということは王族の血を多少なりとも引いているだろうし、高嶺の花すぎて手が出せないのだろう。

 

 「さあ、みなさん。行きましょうか」


 副団長さまの声で我に返る。どうやら出発準備が整ったらしい。副団長さまや護衛の騎士さまたち、ソフィーアさまとセレスティアさま、アリアさまとロザリンデさまにジークとリンと私が、副団長さまの転移によってアリアさまのご実家へと移動していた。

 アクロアイトさまが私の肩で一鳴きしたので、忘れるなと言いたいらしかった。アクロアイトさまにまで、心の中を読まれるようになっている。何だろう、魔力をあげすぎなのだろうか。


 報告書に記載していた為に陛下や上層部も把握しているのだろう。副団長さまからも話を通しているので、地質学者の方が同行している辺り本気度が伺える。

 

 「あ、あのっ! あんな場所に何かあるのでしょうか? もし、何もなければ皆さんのお時間を奪っただけになりますし……」


 調査団である私たちに、アリアさまが胸に手を当てて申し訳なさそうな顔を浮かべてそんな事を言った。


 アリアさまのご実家であるフライハイト男爵領は一言で表すと田舎で、農業を営みながらギリギリの生活を送っているそうな。

 男爵さまが領民と一緒に鍬を振るっているそうなので、領地経営が上手くいっているとは言い難い。アリアさまも一緒に鍬を振っていたというし、大変なのだろう。学院へも継嗣であるお兄さんしか通えなかったと以前言っていたし。


 「聖女さまによる探索で反応があったのですから、何かしらはありますよ」


 はてさて水脈か金脈か鉱脈か岩塩に魔石に……まあ何でもござれらしい。魔力持ち、しかも魔力量が多い人間ほど反応しやすいとか。それなら副団長さまがやればいいのではと興味本位で聞くと、何故か男性は反応しないとのことで。副団長さまの切なそうな顔をみて、なんだか世知辛い世の中だねえと目を細めた記憶がある。


 「領が潤えば、そこに居る民のみなさまも潤うことになります。遠慮など必要ないかと。とはいえわたくしが反応を示しただけなので、大したものではないかもしれませんが」


 ロザリンデさまが副団長さまの言葉に補足した。確かに何か見つかって、事業を起こせば儲けることが出来る。水脈でも農地や各家庭に届けることが出来れば楽になるだろうから、こういうことは考え方次第だろう。


 「そんなことはありませんっ! ロザリンデさまは実力のあるお方だと私は信じていますっ!」


 あの討伐遠征の時の失態から彼女は心を入れ替えて頑張っていると、ソフィーアさまが教えてくれた。お貴族さまとしての評判は落ちてしまったが、聖女としての評判は上がっているらしい。

 高慢ちきな態度から一転、しおらしくなったあげく治癒院への参加や炊き出し等に参加するようになったと。一度、底まで落ちてしまったから後は上がるだけだ。彼女のように腐ることなく頑張れば、周りはちゃんと認めてくれるという好例だろう。


 「ありがとうございます、アリアさま」


 あの時の彼女を知っている人間が多い所為か、空気が温かい。それに気付いていないのはアリアさまとロザリンデさま。そうして盛り上がっていた片方がはっと気が付いて、私たちの方を見る。


 「なっ! どうして皆さまはその様な顔でわたくしたちを見ているのですかっ!!」


 いやだって、ねえ。そこまでロザリンデさまが変わるだなんて思っていなかったんだもの。この空気も仕方ないことだろうに。


 「さあ、時間は有限です。男爵領へ参りましょうね」


 少し声が楽しそうな副団長さまの言葉のあと、転移魔術陣が私たちの足元に展開して光りはじめる。

 その光に包まれ視界が遮られてから暫く、緑が生い茂る山々を背後に、目の前には田畑が広がる長閑な景色。アリアさまのご実家であるフライハイト男爵領へと、無事に転移を終えるのだった。

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