第273話:動き出したリーム王国。

――リーム王が病に臥せった。


 そんな噂が流れてきたのは、私がリーム王国からアルバトロス王国へ戻って一週間後のことだった。


 リームの聖樹が枯れたことは、アルバトロスのお貴族さまたちの間でも持ちきりだそう。以前から聖樹に頼り切りのリームには疑問に感じていたそうだから、その話で盛り上がるのは仕方ないと言えるのだろう。


 聖樹の妖精さんを見つけて切り株に挿し木をして、リームの王城へと戻って一悶着あったが、リームの王太子殿下が有能だったお蔭かリーム王国内の掌握がいつの間にか済んでいた。おそらくは聖樹が枯れかけていたということ、枯れてしまったことが聖樹脱却派に回らざるを得なかったと言うべきか。


 リーム王が城へと消えた後、神殿の神官さまたちもほとんどが王太子殿下の手によって粛清された。勝手に『聖樹が枯れたからリームは終わりっ!』だなんて叫ばれたら、そりゃ粛清されても仕方ない。捕まったあげくに財産没収され、王太子殿下が国庫の足しになると良い顔で告げてた。


 神殿がそんな状態なので、アルバトロスが聖王国へ乗り込むときに一緒に抗議に向かうと約束している。お金を聖王国から沢山ぶんどりましょう――意訳――ねと、王太子殿下と別れ際に固い握手を交わしてきたので、乗り込む際にはその有能っぷりを是非とも見せて頂きたい所。

 

 魔物を誘引していた魔石は代表さまが亜人連合国へと持ち帰った。ご意見番さまに喧嘩を売った竜が死んでも尚、彼を恨んでいると向こうに住んでいる竜の方たちに懇切丁寧に教えるそうだ。

 エルフのお姉さんズやお婆さまもソレに加わるそうで、なんだかあの魔石がちょっと可哀そうになってきたが、自業自得である。ただ、あの魔石になった元がもっと真面目な竜とかなら、頑張って頑張って頑張り抜いた後に一瞬で枯れそうだから、リームにとってはあの魔石で良かったのかも。


 今のところ王太子殿下がリーム王の代理として王国の政を担っているが、落ち着いたら戴冠式を執り行うそうだ。その際には是非とも参加してくれと言われたのだけれど、行かなきゃ駄目なのだろうか。こういうことは筆頭聖女さまの役目で、一介の聖女がやることじゃあないのだけれど。


 新たな聖樹さまは、あの森の中で静かに暮らす予定である。聖樹さまが別の場所へと移動したことは、ギド殿下から王太子殿下とリーム王国の極一部の人間しか知らない。

 森には進入禁止の柵が設けられ、見回りの騎士さまたちを配置するそうだ。私が願い出た通りにリーム王国があの森一帯を管理するそうで、周辺の村々には狩場を奪ってしまった補填としてお金を出すとのこと。

 

 そして一番大変だったのは、神殿が枯れた聖樹を欺瞞魔術で隠していたのを、リーム王国の民に知らせる時だった。


 『聖樹が枯れ、リームはもう聖樹に頼ることは出来ない』

 

 王城の前に集まった民に王太子殿下は事実を包み隠さずはっきりと告げ、不安に駆られる民を一喝する。


 『だが悲観することはないっ! 我々は協力者を得たっ! アルバトロス王国や近隣国が技術提供を申し出てくれ、技術者を派遣してくれると確約をくれたっ!』


 叫ぶ王太子殿下の横にはアルバトロスの陛下や周辺国の陛下や名代の方々が立っていた。リームが亡国になると困るのは隣国であるアルバトロスやその周辺国である。教育を十分に施されていない難民が押し寄せられても困るだけで、益がない。だからこうして王太子殿下の横に立ち、聖樹がなくとも我々がサポートしますよアピールだった。

 

 おお、と歓喜に染まるリーム王国の人たちを城の城壁から見ていたのだけれど、単純だなあと苦笑いしていた。


 農業の知識や技術の普及には時間が掛かるだろうが、あの三兄弟ならばなんとか出来るだろうと考えながら帰国の途に就いた私たち。

 次の日には学院へと行き、授業を受けていた。私の休みの日って一体いつなのだろうと頭を捻る。ただ、長期休暇に入って討伐遠征へ赴いたあの日から、休みらしい休みなんてないよなあと乾いた笑いが込みあげそうになった。


 「ナイ、どうしたの?」


 サフィールに声を掛けられ、意識が浮上する。そういえば自室で仲間内五人でお茶を飲んでいたのだった。


 「サフィール、いつものことだ。また何か考え事でもしてたんだろ」


 クレイグが私の顔を見てくつくつと笑いながら、出されたお茶を飲み干し席を立つ。


 「悪い、家宰殿に油を売るのはいいが、早く戻ってこいと言われてるんだ。行くな、お茶ごちそうさんっ!」


 「いってらっしゃい」


 片手を上げて部屋を出て行くクレイグに私も軽く手を振って見送る。部屋の扉は空いているので、そのまま小走りで出て行ったクレイグの背を暫く見ていた。


 「忙しそうだね、クレイグは」


 「サフィールも忙しくなるでしょ。そろそろ託児所が用意出来るから、期待してる」


 以前、子爵邸で働かないかと声を掛けていた孤児仲間であるサフィールとクレイグが、ようやく引っ越しを終えて子爵邸で住み込みで働くようになった。商家で働いていたクレイグは家宰さんの下に就いて、見習い兼補佐役を。サフィールは孤児院で働いていたことを生かして、数日後に始まる託児所の職員さんである。


 「うん、頑張るよ。それにしても、良く思いついたね。子爵邸で働く人たちの子供を預かるなんて」


 「子供が小さいけれど働きに出なきゃいけない人って居るだろうし、家で留守番させるのも心配だろうしね」


 それならいっそのこと、親子で一緒に子爵邸に来て、親は働き子供は託児所で面倒を見て貰えば良いだけだ。まあ、前世の記憶で保育園とか幼稚園の知識があるから思い付いたことなので、自慢にはならないけど。


 王都といえど、家に小さい子供一人とか怖くて仕方ない。人攫いとか普通にあるし、それなら警備が確りしているウチで預かれば安心して働けるというもので。

 ご飯も出るし、文字の読み書きや簡単な計算くらいは教えられるし、結構いい環境じゃないかと自負している。始まっていないので不便なことや問題点なんかは、逐次報告に上げて貰う予定。こうやって試行錯誤することは嫌いじゃないから、楽しくはある。

 

 あとはお金が問題になってくるけど、リーム王国に派遣やら障壁の魔力補填やらで随時入ってくる。王都の扇動騒ぎで孤児院がどうのと言っちゃったので、そっちにも手を回さなきゃならないし、教会の改革にも顔を出さなければならない。だというのに学院にはキチンと通いなさいというのが、公爵さまからのお言葉だった。今も変わらず学費を出して貰っているので、逆らえなかった。

 

 貧乏暇なし金もなしって言うけれど、お金持ってても凄く忙しいじゃないかっ! って声を大にして言いたい。


 「ジークとリンも大変じゃない? どんどんナイの名声上がっているから、やっかみとかもありそうだけど」


 サフィールが同席していた兄妹へと視線を向ける。


 「男爵家の籍に入って減ったな。時折、馬鹿が居るが放っておけば良いからな」


 「うん。亜人連合国に行ってからは、遠巻きに見られてる感じだから、面倒事は随分減ったかな」


 リンの亜人連合国という言葉にアクロアイトさまが反応して顔を上げた。どうやら、なんとなく気になっただけで、深い意味はなさそうだ。私の膝の上に乗っているのだけれど、また寝る体勢に入ったし。


 「竜を従えてるって噂になったけれど、本当に竜を引き連れているとは思わなかったけれどね……」


 サフィールが膝の上のアクロアイトさまを見る。サフィールとクレイグがアクロアイトさまを初めて見た時は、かなり驚いていた。

 二人も私の祝福を受けているので、アクロアイトさまから近寄ってビビりまくっていたのが面白かったけど。そしてそんな二人を笑ってみていたら、怒られるまでがセットだったりする。

 

 「私もこんなことになるとは思ってなかったけれどね。でも可愛いからなあ」


 懐いて甘えてくれるし、基本大人しいし、こっちの言葉を理解しているようだから問題が少ない。時折、ごっそりと魔力を持っていかれることがあるので、問題らしい問題はそのくらい。犬猫みたいに予防接種とかも必要ないし、病気になれば魔術を施せばいいから。


 「確かに可愛いけれど、大きくなったらどうするの?」


 「亜人連合国に戻ってもらうしかないのかなあ…………」


 流石に一緒に生活出来なくなったら、そうするしかないような。寝ていたアクロアイトさまが急に起き上がって、一鳴き二鳴きする。どうやら話を聞いていたらしい。


 「嫌だって」


 サフィールが笑って、アクロアイトさまを見た。


 「みたいだね」


 苦笑いを浮かべてアクロアイトさまの頭を撫でると落ち着いたのか、また寝る体勢に入った。クレイグは仕事に行ってしまったけれど、こうして幼馴染組で穏やかな時間が流れるのも良い物だなあと改めて思う。


 リーム王国は新しい世代がきっと盛り立てて行く。苦労はあるのかもしれないが、聖樹に頼り切りという歪な形は終わらせた。農業以外にも畜産業にも手を出してみると気合が入っていたし、これからどうなっていくのか楽しみだ。


 「ナイ、悪い顔してる」

 

 「え? してないよっ!」


 サフィールの声にぎょっとして彼を見る私。そんなつもりは全くなかったのだけれども。


 「してたぞ」


 「してたね」

 

 ジークが静かに笑い、リンはへにゃりと笑った。


 「みんな酷い……」


 あと一週間経てば聖王国へと乗り込む手筈になっているけれど、今は穏やかな時間を楽しまないと。

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