第272話:退陣要求。
静かにそっと現れた王太子殿下に王妃さまと第二王子殿下に、聖樹脱却派貴族の方々。リーム王を取り囲んで、表現しがたい顔で彼を見ていた。
逆にリーム王や神殿の神官さまたちや聖樹派のお貴族さまは何事かと、状況を把握しかねているようだった。転がっているオークの死体が異様な空気を醸し出している。
「父上、いえ陛下。もう貴方にはリームを任せておけません」
他国の者、しかも重要人物に手を出したあげく、約束も反故にして責め立てた上に騎士を差し向けたことは、アルバトロスや亜人連合国に対して喧嘩を売ったようなもの。理性が残っている聖樹派の貴族は、聖樹が枯れたことを認め王太子殿下が後ろ盾を得たことで簡単に寝返ったこと。
「貴方は玉座に居る価値はあるのでしょうか?」
王太子殿下が目を細めて、厳しい言葉を紡ぎながらリーム王を見据える。第二王子殿下も王妃さま、彼らの側に居るお貴族さま達も厳しい視線を向けていた。
「陛下、私は兄上を……王太子殿下を支持させて頂きます。聖樹がもう持たないと言われて久しいというのに、貴方は聖樹に頼るばかりで何も方策を示さなかった」
第二王子殿下がリーム王を否定し、王太子殿下の後ろへ移動する。
「俺も王太子殿下を支持させて頂く。貴方がアルバトロスへ留学を命じた時は呆れ果てたが、向こうで知識を手に入れられて良かった。聖樹に頼り切りのリームが間違っているのだと知った」
第三王子であるギド殿下もまた厳しい言葉を告げ、王太子殿下の後ろに着いた。王妃殿下もまた厳しい顔で王太子殿下の後ろへ移動した。二学期よりも前にアルバトロスへとやって来ていたギド殿下は、出来る限りアルバトロスの農業事情を調べたらしい。
特段隠している事ではないので、情報は簡単に手に入ったそうだ。そうして自国と他国の大きな違いに気付く。聖樹に頼らずとも、農業は十分に発展しており成果も十分にある。下手をすれば聖樹に頼っているよりも、収穫量が多いのではないかと。
「貴様らっ、何を言うっ! 王であるワシを引き摺り下ろそうなど、無理に決まっておろう!」
息子たち三人に激高するリーム王。神殿の神官さまたちは、リーム王のその声でびくっと肩を揺らした。
「引き摺り下ろす? 何を言いますか。貴方は聖樹が枯れたことに気落ちし、そのまま退位するのですよ。そういう筋書きです」
この機会をずっと伺っていたのだろう。今回、アルバトロスの聖女が聖樹へ魔力補填を行ったことによって、王太子殿下はアルバトロス王と接触することが出来た。
アルバトロスの外務卿さまと王太子殿下はいろいろと話し合いの末、協力体制を築いた。私たちが聖樹から逃げた魔力を探している間に、随分と話が進んだようだ。リーム王を追い落とす気満々みたいで、急展開過ぎてついて行けない。でもギド殿下は打ち合わせも何もしていないと言うのにノリノリなのだけど。彼の心の中までは分らないけれど。
「リームの象徴たる聖樹を枯らせた責任を、取って頂かなくては。これ以上醜態を見せ、後世に愚王と評されることをお望みか」
「陛下、聖樹の元である魔石が魔物を誘引させております。このまま放っておけばいずれ我々だけでは対応出来ません。其処に転がる魔物は聖女殿の騎士の助力により倒せたのです」
また強い魔物が現れれば被害は更に広がることや民に被害が出ること、リームの騎士で対応出来るか分からないこと。そして王都も王城も危険にさらされ危ないこと。
「な、何故聖樹が……我々に……」
「父上、聖樹はもう疲れ果て病んでしまったのでしょう。ずっと頼り切りの我らに愛想を尽かし、魔物をけし掛けている」
ギド殿下が事実を伝え――少々違うけど――て、リーム王に僅かに残っている気力を折ろうとしていた。
「そんな……聖樹はリームに豊穣を齎すと言って…………神殿が……」
両膝から崩れ落ちたリーム王は、静かに涙を流していた。
口上手く騙されたのか。六十年ほど前からゆっくりと弱っていたハズなのに、甘い言葉に惑わされて信じ込んでしまった。
聖樹が目の前で枯れ果ててもなお信じず、聖樹はどこかに消えただけと考えていたのだろう。現実を見据えていた王太子殿下たちに心を折られて、もう立つ気力もないリーム王。
「聖樹が枯れたならこの国は終わりだ! これから魔物に襲われ、天災にも見舞われるのだっ!」
リーム王の横に居た神官さまが、急に叫び始めた。王都近くの森の中へと移動しただけで、聖樹は枯れていない。
だから竜の意識を取り込んだ魔石さえどうにかできれば、問題はない訳で。聖樹の行方を知っている身としては、神官さまが凄く滑稽に見える。追い詰められた故の、その場しのぎの茶番に呆れ溜息が出る。
「何を根拠にそのような戯言をっ! 確かに聖樹は枯れたっ! だが聖樹が見つかる前のリームでは魔物も災害に見舞われることも稀!」
神官さまの声をかき消すように、ギド殿下が叫んだ。こちらへと戻る際に、隠し事は苦手だと言って暴露してくれた話だ。いつしか神殿が都合の良いように事実を改竄し、リームも受け入れてしまった。その秘密は王族や貴族のみが知る事実だそうだ。
今の今まで聖樹に頼り切っていたツケが自分の世代に回ってきてしまった。けれど王太子殿下や第二王子殿下に王妃さまのお蔭で、父であるリーム王からの言葉を真に受けて育たなかった。兄二人や母が居なければ、自分も父のようになっていたかもしれないと苦笑いしていたギド殿下が印象的だった。
「魔物を誘引している魔石は亜人連合国の方々により、厳重に封印処置が施されるっ! 聖樹がなくともこの国は終わらぬっ!」
ギド殿下が代表さまへと視線を向けると、ゆっくりと頷いて殿下の横に立った。
「ああ、確約しよう。黒髪の聖女から乞われ我々はこの国へ参った。呪われた魔石は我が国で預かり管理する」
いや、代表さまたちはお婆さまの気紛れに巻き込まれただけなんだけれどね。たまたま聖樹の元となっている魔石が、ご意見番さまに喧嘩売った竜で未だに逆恨みしているという、女々しい奴だっただけで。
この場に居る全員に聞こえるように代表さまが声を出すと『亜人連合国が何故?』『黒髪の聖女とは懇意と聞いているが』『いつの間に王子たちと接触を』と困惑している。代表さまたちがリーム入りしている理由は、私経由でギド殿下と知り合いになって殿下が私的に招いたと、適当に理由をでっち上げているからどうにかなる。
「代表殿、感謝いたします」
代表さまは、リーム王が私に対して契約不履行を起こしたことを怒っていたし、聖樹の話を聞いて『自立すべきだ』と語っていたので殿下たちの後援につくのは問題ないらしい。エルフのお姉さんズも約束を反故にして逆ギレしたリーム王に呆れ、リーム王が代変わりすることに反対はしていない……というか今の状況を楽しんでいる。
「父上、お体に障ります。部屋へ参りましょう」
王太子殿下がリーム王に優しく声を掛け、騎士二人に抱えられて城の中へと消えていくのだった。
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