第270話:頑張れ。

 遠くから響いていた魔物の咆哮がどんどんと近くなる。雑魚はゴブリンの巣を掃除した時に大方片づけているから、中型か大型の魔物がこちらに向かってくると予想していた。

 木の幹がひしゃげる音が聞こえて姿を現したのはオークが二十匹ほど。ゴブリンよりも大型で狂暴で強いと言われている。魔石に誘引されている所為なのか、狂化している気がする。初めて見たけれど臭そうというのが第一印象。お風呂に絶対に入っていないよねえと、目を細める私にギド殿下が視線を向けた。


 「オークっ! 聖女殿、助力を願えるか?」


 「勿論ですが、出来ることならリーム側の騎士さま方で倒して頂けると」


 このくらいならば私たちが出しゃばらなくとも対処出来そうだ。近接攻撃しか出来ない騎士さまたちだが、数は多いし組織的行動を取れるなら大丈夫そうだけど。あとはギド殿下の指揮能力次第だろう。


 「何故?」


 きょとんとした顔でギド殿下は私に問う。


 「自国のことは自国で解決しないと、自立できませんよ。これから聖樹を頼らないのでしょう?」


 「然りっ! ――聞いての通りだっ! 我々だけで対処するぞっ!」


 にやり笑みを浮かべながらギド殿下を見ると、彼も同じような笑みを浮かべて騎士の方たちを鼓舞する。アルバトロス王国の面子は高みの見物の態勢だった。


 いまだぐぬぬと歯軋りしている向こうの騎士長さんには申し訳ないが、出現した魔物を処理しないと不味いのは理解出来ているようで黙ってこちらを見ているだけだった。

 彼が率いていた騎士のほとんどは第三王子殿下に賛同してこちらへついたので、戦力が全く足りず何も出来ないというのが正解だけど。神殿の神官さまたちも、怯えながらこちらの様子を伺っているが、逃げたそうな顔を浮かべていた。嫌なら王都に戻れば良いのにと一瞥して、現れたオークに視線を向ける。


 こちらの様子を伺っているのかオークは進んでこない。うーん、代表さまがいるから本能的に強い方を理解しているのだろうか。

 抑止になっているのなら構わないけれど、こっちに攻めてきて欲しいのが本心。森に逃げられると、追うのが面倒だから。そんなことを考えていると、痺れを切らしたのか一匹のオークが一歩を踏み出すと、リームの騎士さまたちに緊張感が走る。


 「相手は一匹だが、直ぐに後続が来る可能性もある。注意を払いながら、まずは一匹目を確実に倒すぞっ!」


 ギド殿下が吠え、それに答える騎士の皆さま。私たちに出来ることは頑張れーと応援することくらいである。四人一組で小隊なのだろう。殿下の指示によって、即席小隊がいくつか編成されていた。二小隊が切り込み隊として左右から挟み込む作戦のようだった。


 「行けっ!」


 「はいっ!」


 「はっ!」


 ギド殿下の号令でざっと駆け出す騎士の方たち。オークに向かう二小隊の内の一つは私たちの護衛として同行してくれた方々だから、祝福が掛かっているから少しは戦力の底上げに期待出来るだろう。

 

 「はあぁあああっ!」


 オークの動きが鈍いのか上手く相手を翻弄しつつ、一人の騎士さまが大上段を構えてオークの頭へ剣を降ろした。頭蓋が割れて中身が見えているので、慣れていない人には少々きつい光景かと、アリアさまやロザリンデさまを見ると顔色を悪くしていた。ソフィーアさまとセレスティアさまは平気そうだし、クレイジーシスターはこの状況でも笑みを携えている。


 盲目のシスターは視力を失ってはいるものの、魔力で状況を把握出来ているそうだから、オークを一匹倒したことは理解しているのだろう。ジークとリンは慣れているし、近衛騎士さまたちは訓練を積んでいるから問題ない。副団長さまも平然としているし、代表さまたちも当然普通。

 

 『弱いわねえ』


 お婆さまが呟いたけれど、リームの騎士に対してなのかオークに対してなのか良く分からなかった。ただ聞かない方が精神的に良さそうなので、スルーしておく。

 というかお婆さま、オーク十匹を相手取る力を持っているんだ。可愛らしい見かけによらないが、長く生きている個体だし私の魔力をしょっちゅう吸い取っているからなあ。強いのだろうと一人で勝手に納得する。


 「次っ! また一匹だっ、同じように対応しろ。落ち着いて行けば大丈夫だっ!」


 そうしてまた一匹倒すと、オークは駄目だと悟ったのか三匹ほど一気に前に出る。


 「他の者たちも前に出ろっ! 一人で倒そうと欲張るなっ! 相手を翻弄して上手く立ち回れっ!」


 知能が高くないようで、同じ作戦でも効果は十分にあった。そうしてどんどん倒していき最後の二十匹目を倒したその時だった。森の奥からオークの五割増しな大きさのオークが、随分と大きく立派な両手斧を携えて一匹現れたのだった。


 ――あ、不味い。


 本能的にそう理解する。現状ではリームの騎士さまたちでは太刀打ちできないと頭の中で警報が鳴る。


 「ギド殿下っ!」


 「どうした、聖女殿?」

 

 「申し訳ありませんが騎士の皆さまを引かせて下さい。恐らく太刀打ち出来ないでしょう」


 「しかし、我々だけで対処せねば……」


 そんなものはどうとでも言い訳が立つから大丈夫。リームの騎士さまたちとアルバトロスが協力したと、美談に仕立て上げれば良いだけだし。


 「大丈夫ですよ。我々と一致団結して倒せば、リームの騎士さまたちの評判が下がることはありません」


 とはいえ手柄をアルバトロス側に傾けすぎると駄目だから、止めはギド殿下にお願いするけど。


 「ジーク、リン。リームの騎士さまたちの助力・・をお願いしても良いかな?」


 「ああ」


 「うん」


 「ごめん、よろしくね」


 二人には『助力』という私の言葉で伝わっているはず。確りと頷いて教会騎士としての礼を執った二人は、鞘から剣を抜いて前に出て爆ぜる。

 ジークとリンが居た場所の地面は、大きく土が抉れていた。一気に大きなオークへと詰め寄って、両手を動かす為の腱を切断。その途端、ぷらんと両手が垂れ下がり片腕に抱えていた両手斧が自然と地面に落ちて、突き刺さった。

 

 「凄いな……」


 「ええ。お見事ですわ」


 ソフィーアさまとセレスティアさまが感嘆の声を漏らしているし、リームの騎士さま達は口をあんぐり開けて驚いていた。まだ凄い人が控えているから、ジークとリンは地味な方と思うのだけれど、感覚麻痺起こしているのかな、私。


 「ギド殿下、首の側面を狙って下さいっ!」


 人型の魔物なので、弱点は人間と同じ。切り口が浅くとも致命傷となる首の側面を指定して、ジークとリンではなくギド殿下が倒したように見えるようにしないと。首を斬るから派手な演出になるはず。


 「ああっ! 聖女殿の騎士たちよっ、助力感謝する!」

 

 そう声にしてギド殿下は私が伝えた通りにオークの首を狙って切ると、大動脈が丁度の位置にあったのか、かなりの勢いで血を噴き出し絶命するのだった。

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