第269話:鼓舞。

 古い竜の意思が入った魔石に誘引され魔物が押し寄せてきているようですと、盲目のシスターが私に告げたのは聖樹さまが居た切り株から離れる少し前。この場所で戦う訳にもいかないし、森の中よりも開けた場所の方が戦闘に適しているからと森を抜けてこちらへとやって来た訳だが。

 待ち構えていたリーム王の息が掛かっている騎士たちに阻まれて、さてどうしたものかと考えていた。後ろには魔物、前には騎士の人たちプラス神殿の神官さまたち。前門の虎後門の狼状態だけれど、前門の虎は今にも死にそうな虎なので、問題視する必要はなく。


 「間引いていて良かったです」


 本当に。あの時にゴブリンたちの巣を処理していなければ、相手をする数が増えて面倒なことになっていたに違いない。


 シスターたちの言葉に渋々頷いて決行したが、もしかして彼女たちはこの展開を予測していたのだろうか。まさかそんなことはあるまいと否定しつつも、割とクレイジーでヒャッハーな気配のある人たちなので予見していたのかも。


 副団長さまにお願いすれば一瞬で消し炭に出来るけど、リームの為にその力を振るうのは勿体ないような。

 勿論本人は私の防御魔術があれば高威力の魔術を連発することが出来るし、祝福も掛かった状態だから試し撃ちをしたそうな顔をしていた。ギド殿下も、高名な魔術師の神髄を見られるならばと息巻いていたけれど、この辺り一帯を焦土と化したいですかと問うと、しょんぼりした顔で諦めると言ったし。


 「だな」


 「ええ」


 ソフィーアさまとセレスティアさまが私の言葉に同意して頷き。


 「取りあえず、試し切りが出来たからな」


 「良い切れ味で手に馴染むから使いやすい」


 ジークとリンは頂いた剣をずっと試し切りがしたいと言っていたので、満足だったらしい。


 「あ、あのな……魔物が近づいてきているんだが、どうして聖女殿たちはそんなに落ち着いていられるのだ?」


 ギド殿下はこの状況に不安があるのか、少々落ち着かない様子。


 「そうですっ! 魔物が近づいてきているんですよ?」


 「ええ。この辺り一帯にも被害が出ましょうし、対応した方が良いのでは?」

 

 アリアさまとロザリンデさまが真っ当な事を申し出て、ギド殿下とリームの騎士の方々が安堵の顔を浮かべる。


 「近隣の方々のご迷惑になりますから、対応は勿論します」

 

 そう。対応するのだけれど、この場に居る面子を考えて欲しい。亜人連合国の方々が肩入れするといろいろと問題が発生しそうなので、頼らないのは決定。危なくなれば我々も対処すると、代表さまは仰っていたけれど。


 副団長さまが居る状況で、苦戦する情景が全く浮かばないのである。ソフィーアさまとセレスティアさまも高威力の魔術が使えるし、近接ならばジークとリンも居る訳で。私も補助でバフや防御系の魔術を駆使すればいいし、アリアさまとロザリンデさまも居るのだから治癒に関しては万全の体制。

 護衛に就いてくれている近衛騎士の人たちも精鋭を選んでいるそうだから、実力はかなり高いと聞いている。あとはギド殿下とリームの騎士の方々がどれだけ実力があるかが問題だけど、出番……あるのかなあ。


 「ただ魔石に魔物が誘引されているので、コレをどうにかしないと根本的な解決にはなりません」


 ちなみに魔石は代表さまが持っている。リームの王城へ着いたら少しの間借り受ける予定だ。それが終われば亜人連合国で魔石の保管をしてくれるそう。

 魔物の数にも限りがあるし、一度倒しきれば暫くの間は凌げるそうだ。なら、今誘引されている魔物を駆逐すれば数日間は時間を稼げる。昔から魔物の数が少ないのがリームの特徴。聖樹が現れる前からそうなので、この辺りの土地は比較的安全なのだそうだ。


 リーム王の前で魔石の所為で聖樹が病んだことと、聖樹から魔石を分離させたことを王太子殿下から伝えて貰って、もう聖樹に頼るのは止めろと止めを刺して頂く。

 

 「魔物が出たようですが、我々をどうなさいますか?」


 と言っても向こうの指揮官さんが言った通り素直にリームの王城には向かうのだけれどね。王太子殿下に報告の義務があるし。目覚めたリーム王は知ったことではないが、アルバトロス王国は現リーム王ではなく、次代のリーム王に助力すると決めているんだから、私たちもその方針に従う必要がある。

 

 「ぐっ! 我々が陛下から命じられているのは殿下を始めとした貴女方を城へと連れて戻ることだっ!」


 「おや。国と民を守る騎士さまがそのようなご様子では、民から見放されても仕方ありませんね。――もしや、聖樹が枯れた原因の一つにはそういう物が含まれているのではありませんか?」


 煽ってメンタルを揺さぶっておこう。彼らは聖樹が枯れた本当の意味を知ることは後になってからだし。確かにリーム王から下された命だけ守っていれば良いが、こういうものは時と場合だ。堅物騎士さまでは柔軟な対応は無理そうだなあと、ギド殿下を見てどうするのか判断を仰ぐ。


 魔石に誘引されているので、魔物たちは村や町、人間には目もくれずこちらを目指すそうだ。本当に執念深い魔石だなあと目を細めていると、ギド殿下が口を開いた。


 「先程の咆哮は普通の魔物の声ではない。我々だけでは対応できぬ、聖女殿助力を願えるだろうか」


 これも話し合い済み。リーム側の面子では倒しきれないと判断して、魔物討伐の報酬は第三王子殿下に充てられているお小遣い予算で支払うそう。分割で。

 なんだか世知辛いというか可哀想になってきたのでどうにか安くしたい所だが、リーム王を引き摺り下ろせば解決するような。王太子殿下も放っておかないだろうし、報告されれば考えるだろう。出来ればリーム側だけで解決を願いたい所だけれど。


 「……何を勝手にっ!」


 「勝手ではなかろうっ! 本来は我々の手で対処しなければならないものを、他国の聖女殿に助力を乞わねばならぬのがリームの現状であると理解しろっ!」


 「殿下っ! 貴方はリームを裏切るというのかっ!


 「何を言うっ! 俺の忠誠はリームのみだっ! だが聖樹が枯れた今、聖樹に頼るだけの陛下方や神殿には疑問を呈す必要があるっ!」


 第三王子殿下の言葉にはっと顔色を変える、対面しているリームの騎士の皆さん。彼らは公務員なのだから、聖樹が枯れたことは知っているはずだし、欺瞞魔術で誤魔化しているけれどその内に情報は洩れる。

 いずれにしても、枯れた現場を見た人間から噂は王都に流れ、次第には国中に広まるのは自明の理。


 「聖樹に頼るだけの歪さに気が付いている者は俺に続けっ! 聖樹が枯れた今、頼れるのは己自身だっ! 言われるがままの人形に徹するか、自ら考え動くかっ!!」


 ギド殿下の大音声はリームの騎士たちに響いているのか、どんどんと顔色を変えて現状を認識し始めているようだった。貴族の人たちが多いのだろう。知識階級の人たちならば国外の事情にも多少は精通しているだろう。

 

 「後悔しても遅いのだっ! ならば己の意思で決めた道を信じて進み、後悔した方が悔いは残らんっ! さあっ!」


 ――リームの騎士として覚悟を決めろ! 決断しろっ!


 聖樹派であるリーム王に与するか、脱聖樹派である王太子殿下に与するか。言葉にはしないが、聞いていれば分かるだろう。ギド殿下が言った通り、自分で考えて決めればいい。なら、結果が出た時に不満が少なくなる。


 「俺は……俺は……」


 「……聖樹は枯れたんだ。未来がないというなら、未来へ続く道を造るだけだ!」


 神殿の神官さまたちはかなり嘆いていたし『リームは終わりだ』とか口にしていたものなあ。そりゃ不安は伝播しますとも。そこに現れた未来を指し示す人間が出て来れば、希望の御旗になる。あとギド殿下は騎士の方たちに慕われているそうなので、聞き入れやすい事もあるのだろう。


 「お、おいっ! 貴様らっ!」


 「このまま滅ぶというのなら、希望がある方が良い。破滅を待つしかないなんて、そんな馬鹿なことにしたくない。何より、守るべき民が居る……」


 「ああ、枯れた聖樹の代わりを探すよりも、常々殿下たちが語っていてくれた、聖樹からの脱却を叶える時が来たんだ!」


 リーム王に隠れて殿下たちは、若手の騎士や文官たちにリームの危うさを説いていたらしく、撒いていた種が上手く咲いたようだった。ちらほらとギド殿下の側へとやって来る方たちを受け入れる。


 「決断した者たちよっ! 騎士の本懐は弱き者を守ること、民を守ることであるっ! 魔物が現れた今、危機に晒されているのは民たちなのだっ!」


 ――我らの力を見せようぞっ!


 剣を抜き高く掲げたギド殿下に賛同しているリームの騎士さまたちの『応っ!』という厳つい声が辺りに響くのだった。

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