第268話:誘引されて。

 クレイジーシスターが神官さまへと魔術を施してしばし、そろそろ王城へ戻ろうかとギド殿下と相談をしていた。


 「ナイさん」


 盲目のシスターに名前を呼ばれて何だろうと振り返ると、背を屈めて耳打ちされた。その内容に驚くがお婆さまやお姉さんズの説明で納得し、ギド殿下たちと相談した後、取りあえずリームの城に戻ろうと決めたのだった。


 『オレはこの場で木としての役割を全うする。元の場所より良い所だしな。落ち着いて暮らせそうだ』


 聖樹さまはこの場で生きて行くことを決めたので、それも報告するようで。ただリーム王たちには教えないとギド殿下が言い放った。

 

 「では私たちはリームの王城へ戻って、王太子殿下に報告を。リーム王が目覚めているようなので、なるべく気取られないようにしましょう」


 ひっ捕らえた男を何故か第三王子殿下が捕縛用の縄を掴んで引き摺って歩いている。しかも同行者が増えて代表さまとお姉さんズも一緒にリームの王城へと行くと告げられた。代表さまはリーム王が何が起こっても文句は言わないと契約していたのに、それを反故にしたことに立腹しているし、お姉さんズは面白い物が見られそうと愉快に笑ってた。

 ギド殿下がちょっと引いていたけれど、亜人連合国の方々の力添えがあれば、父親を引き摺り下ろすことに少しでも役に立つだろうし、王太子殿下との繋がりが出来れば益しかないと判断したようだった。


 「何故だろうな。いつもより力が滾っている気がする」


 祝福の効果ですとは告げないまま、元来た森の獣道を歩いている。右手で捕縛用の縄を握っているので、空いている左手をにぎにぎしているギド殿下。リーム王国の騎士さま達は『凄いです、殿下っ!』『しかし不思議ですな』とか首を傾げていた。

 結構な距離を歩いているから疲れている筈だろうに、痩せているとはいえ成人男性一人を引き摺っているのだから、驚異的な体力だ。神殿の神官さまな男は顎が外れている所為で、まともに喋れなくあがあが声を上げている。


 『みっともないわねえ。男の癖に』


 飛びながらそんなことを呟いたお婆さま。顎が外れていることを考慮してあげて下さい。お馬鹿で救いようのない男だけれど、一応生きているのでなんらかの使い道はある筈なのだ。路傍の小石位の価値しかなくとも、物質としてそこに存在しているのだから。

時折、男が絶叫するのでリームの騎士の方が鞘を佩いたままの剣を手にして殴打して黙らせてた。手違いで息を途絶えさせてもいけないので、こっそりと治癒魔術を掛けてる。連行中に息絶えたとしても問題はないのだろうが、妙な展開になってもいけないし保険だった。


 『気にしすぎじゃないかしら?』


 『そだよ。こんなのに価値なんてないよ~』


 また頭の中にお姉さんズの声が響く。どうにも顔に出やすいのか私の考えを読み取るのが上手い方たちである。

 念の為だし証拠なのだから大事に扱わないとと念じてみると『それはそうだけれどね』『ん~他にも居そうだけれどね証拠品』とお姉さんズ。神殿を捜索すれば何か証拠が沢山出てきそうではあるが、それは王太子殿下の役目だ。他の人の仕事を取っちゃ駄目だよねえと、森の隙間から見える空を見あげる。


 「もう少しで森の外縁に辿り着くな」


 リーム王は目覚めたと聞いているし、追っ手を仕掛けて来るならこのタイミングが一番絶好かもしれない。

 第三王子殿下の言葉に、周りの人たちの空気が変わり始める。唯一変わっていないのは亜人連合国の方々のみ。まあ、取り囲まれても単体でもどうにかしそうな勢いだけど。


 外で待ち構えていれば簡単に捕えられえる状況だろう。後ろは森で私たちが逃げ込んだら、後で山狩り命令でも下せばいい。この森、そんなに広くはないからなあ。後は数が多ければ多いほど楽にはなるか。争いごとや戦争は質より量と言うから、数を揃えてきそうなんだよね……って考えている事って的中するんだねえ。


 森が開けて外に出るとリーム王国の騎士の方々が大勢揃っていたのだった。一部には神殿の神官さまの服を着込んでいる人も居るので、先ほどの神官さまは斥候扱いだったのだろうか。

 勝手に行動したとしても、ドンマイな人には違いない。一人で森の中に向かって、さっさっと私たちに捕縛されているのだから。


 「これは何事だっ!」


 ギド殿下が私たちより前に進み、怯むことなく大音声を上げた。


 「ギド殿下っ! リーム王から言伝です! 逃げた魔力の居場所を特定したなら教えろ、とのことですっ! 殿下、聖樹はどこへ行ったのですかっ!」


 向こう側に立つ騎士さま達の態度はまちまちである。敵意を明確に向けている人に、困惑している人、何かもう全てを諦めているといった顔を浮かべている人。神殿の神官さま達は明確な敵意で、碌な人がいなさそう。お金の臭いがぷんぷんしているんだよねえ。

 身に着けている指輪は金でドでかい宝石が付いているし。金より白金の方が確りしているのに、金を身に着けるのは富の象徴と言われているからだろうか。金は大陸統一価格が存在するので、国内で流通している金貨でも重量で価格が決まる。逃げた時用に隠し財産として丁度良いのだろう。


 「そんなもの見つかってはおらんっ! 逃げた魔力は霧散し、リームの大地へと還ったのだっ!! もう聖樹に頼ることは止め、我々は自立すべきなのだと父に伝えろっ!」


 「……そう、ですか。申し訳ありません殿下、リーム王より貴方方やアルバトロスの客人たちを連れてこいと厳命されております故、無礼をお許し頂きたい」


 集まった騎士長さんが叫び終わると同時に森の奥から咆哮が上がり、木々の上で休んでいた鳥たちが一斉に飛び立っていく。


 「っ!」


 「なんだっ!?」


 「魔物の声、か……?」


 聞いたことのない断末魔のような低く唸る叫び声に、私たちを待ち伏せしていた人たちが慄いてた。


 ――来たか。


 私たちはこの状況を掴んでいたので驚きはしないが、リーム王が差し向けた騎士の人たちには動揺が走り士気が下がっているのが丸わかりで。さて、そろそろこちらに来る頃だろうと、悪い顔をする私だった。

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