第267話:神官さま。

 取りあえず嫌な予感がするので、この場に居る全員に盲目のシスターの言葉を告げると警戒態勢となった。

 そういえばリーム王が目を覚ましたとお婆さまが面白おかしく告げていたが、彼が放った追っ手がこちらへとやって来ている可能性もある。案外、予感が当たりそうだと暫く待っていると、案の定予感が当たっているのだった。


 「聖樹を枯らしたアルバトロス王国の聖女めっ! のうのうと国内をうろつく傲慢を私は許しはしないぞっ!」


 神殿の神官さまの恰好をした男性が凄い剣幕で私を睨む。栄養不足なのか、それとも加齢の所為なのか……瘦せ細り今にも倒れそうな様相なのだが大丈夫だろうか。逃げた魔力を追うことに注力していて、神殿の人間を取り込むことを忘れていたなあ。

 この辺りは私や第三王子殿下には足りない所か。リームの王太子殿下やアルバトロスの外務卿さまに期待しておこう。根回しとか慣れているだろうし、私たちが気付いていないことのフォローはこっそり済ませてくれるはずだ。別名、人任せである。


 「――あの男は神殿では有名な男だ。勿論悪い意味で」


 相手に聞こえないように小声で説明をしてくれるギド殿下が追加情報をくれた。聖樹が弱り始めてから彼も食事を採っていないと公言しているそうな。真相は裏で多少は食べていると影からの報告があるとかなんとか。

 神殿の聖樹派であり、さらに狂信化している危険人物でリーム王との繋がりも強いらしい。ああ、要らないなと悪い思考が頭に過ぎる。


 取りあえず切り株の聖樹の妖精さんは彼の目に捉えることは出来ない筈だ。何の変哲もない切り株に、一本の細い小枝が挿されているようにしか見えないだろう。


 「確かにわたくしはリーム王国の聖樹を枯らしました。ですが、王太子殿下には許可を得て消えた魔力の行方を探っております」


 アルバトロスの聖女たち一行が聖樹の魔力を探しに行ったと公言されているので、彼に言っても何の問題もない内容である。


 「何を言うかっ! 王太子に取り入ってリームから出て行くつもりなのだろうっ! 聖樹を枯らした罪を償う為に、我らの聖女となれっ!」


 第三王子殿下が速攻で青い顔色になり、それと同時にリームの騎士さまたちも顔色を悪くする。そしてアルバトロスの面々のボルテージが一気に上限まで上がる。ちなみにこれは全て予定通りである。盲目のシスターが誰か来ると教えてくれたので、碌な連中じゃないのは分かっていた。


 それなら、下手に動かれるよりも罪に問うて動けないように言質を取った上で、捕まえようということに。第三王子殿下は騎士なので、そういう権利も持っているそうな。理由さえあれば、捕らえることが可能だそうで。


 このことはアルバトロス側もリームの聖樹脱却派の面々も知っているのだけれど、目の前の男の失言が些かヤバすぎたようで血相を変えるものとなった。うーん、発言の勢いだけは良いんだけれど。無理があるだろうに。何で罪を犯したから償う為に他所の国の聖女にならなきゃいけないのか。


 「お断りいたします。わたくしはアルバトロス王国の聖女であり、リームの僕ではありません。ギド殿下っ!」


 代表さまたちも居るのに、自身の感情だけを優先させて暴走したあげく、私たちの策略とも言えない策に嵌まっているのだから、救いようのない馬鹿なのだろう。怒っていますよアピールでギド殿下を呼ぶときはちょっと強めに声に出した。


 「どうした、聖女殿」


 「先程も申した通り、わたくしはリーム王より聖樹に何が起こっても責任は問わないと確約を頂き、その上でアルバトロス王家と教会から命を受け派遣されてこちらへと参り、儀式を執り行いました」


 にやりと笑って魔力を練ると、驚いたのか腰を抜かす神官さま。こんなのを捕えても仕方ないと落胆するが、一つ前進したのだと前向きに考えよう。

 そしてアクロアイトさまとお婆さまは陽気に私から漏れた魔力を回収しているし、聖樹さままで『有難く頂く』といって吸収してた。少し前まで悲壮な顔をしていた聖樹さまは何処へ行ったのかと、小一時間ほど問い質したい気分になるが今は我慢。

 

 「他国の聖女への不敬、どう処分なされます?」


 国賓扱いだったはずだし、不敬は不敬である。お姉さんズが魔法で『馬鹿ねえ』『お馬鹿だね~』と私の頭の中に直接流し込んでくる。

 ですよねえと聞こえているかどうか分からないが、頭の中で考えていると、くつくつとお二人の小さな笑い声が聞こえた。どうやらお馬鹿な人間を見て楽しんでいるみたい。


 「馬鹿め」


 代表さまは皆に聞こえる声で言葉にしてしまい、それを聞いたアルバトロスの面子はぶっと吹いた。アリアさまが何事かと驚いているけれど、貴女は事情を分からないままのピュアで居て下さい。

 あー……でも聖女として働くならある程度お貴族さまの流儀には慣れておいた方が良いのか。綺麗なままで生きていられないのは世の常だなあ。まあ後々慣れて行くだろう。こんなものは経験がモノを言うだろうし。


 「そうだな。――知らなかったでは済まされないし、厳しい物にせねばなるまい。皆、行けっ!」


 号令を出したギド殿下の声に、リーム側にだけ緊張が走った。


 「はっ!」


 「はい!」


 そうして速攻で捕縛された神殿の神官さまは『なんでこんなことにっ!』と叫んでいるが、鴨がネギを背負って突っ込んできたんだもの、そりゃそうなるでしょと呆れた視線を送る。捕縛用の縄を何処からともなく騎士さんたちは取り出して、確りと後ろ手に縛り上げられていた。

 

 「何故、どうしてこうなるっ!」


 「それは自身の行動を省みて頂ければと」


 私も馬鹿なことをする時もあるけれど間違えたなら反省して謝れば良いし、次から気を付ければ良いだけ。白けた視線を向けられていることに気付いていない目の前の男に何を言っても意味がなさそうだ。

 

 「ならば貴様自身の事を考えろっ! お前は我が国の聖樹を枯らした大罪人だっ! それを何故、王太子は許しを与え我が国を好き勝手に出歩いているのだっ!」


 はあと深い息を一度吐くと、ギド殿下が私を一瞥して口を開くと同時に勢いよく右腕が射抜かれて、男が芋虫のように地面へと転がる。

 

 「もう黙れっ! その発言がリームを貶めていると気が付かぬのかっ!! 猿轡を噛ませろ、これ以上は聞いていられんっ!」


 殴られた所をあまり捉えることが出来なくて、ちょっと残念な気分に陥る。


 「殿下、顎が外れておりますが……」


 「……そんなに強く殴った覚えはないのだがな」


 あ、祝福を掛けたからもしかしてギド殿下の筋量が上がったか、副次的に何か効果があったのだろう。


 「魔術で治すことも出来ますが、如何します?」


 勝手に治す訳にはいかないし、一応殿下にお伺いを立ててみる。


 「このような者に貴女が心を砕く必要はないだろう。良い機会だが痛みで気絶しては意味がないな。どうしたものか」


 心を砕いた訳ではなく、精神が折れて廃人になって責任能力がないとか言われると困るから。そっちが理由の主なんだけれどね。

 顎が外れているなら舌も噛み切れないし、ギド殿下に任せてしまっても問題はないか。気絶したら水でも掛けて無理矢理起こしますかとか、もう一度殴れば良いではありませんかとか、騎士の方たちは原始的な方法で男の意識を保とうとしていた。

 

 「ナイちゃん」


 「はい?」


 クレイジーシスターに声を掛けられて耳打ちをされる。シスターは痛覚遮断魔術を使用できるのだが、それを応用して痛覚だけを残して意識を保つことも可能な魔術も考案しているそうな。

 本当にこの人はシスターなのかと疑うが、正真正銘教会所属のシスターである。それに教会も後ろ暗いことのひとつやふたつあるだろうし。第三王子殿下にアルバトロスの面子の一人がこんな魔術を使えるけれどどうしますと問うと、良い笑顔で許可を出してくれた。


 綺麗ごとだけでは組織運営は出来ないだろうし、光が強ければ影も濃くなる訳で。深く事情は聞かない方が良いだろうと判断して、よろしくお願いしますと答えると良い笑顔を浮かべて男に魔術を施したクレイジーシスターであった。


 後のリーム王国ではアルバトロス王国の教会シスターは怖いと、語り継がれた一場面だったそうな。

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