第266話:接ぎ木。

 ご意見番さまが朽ちた場所である辺境伯領の若木は、この一ケ月強で随分と成長を遂げていた。いや、成長し過ぎていた。なんでこんなことになっているのかと頭を抱えるけれど、事実を受け入れるしかない訳で。本当、自然法則とか物理法則とかを無視した成長ぶりである。


 大木の下には木陰が出来て草花が咲き誇ってそこには蝶が飛んでいるし、太い幹には蜜を吸う為なのか虫が付いている。で、さらに外側には竜の方々と辺境伯領に所属している騎士さま達の姿が。共にこの場を守る仲間意識が芽生えているらしく、和気あいあいとした日々を送っているそうだ。


 が、無法者が訪れると烈火の如く怒った上に捕まえ、竜の背中に乗って辺境伯領都へ移送後、裁判に掛けられるとか。これが噂になって最近は馬鹿が減ったそうだが、それでも竜の卵や急成長した大木を見たいが為にこの場所へとやって来る人が居るとのこと。


 竜が多くいるし騎士さまも守っているから、早々問題になるようなことはないだろうが、また銀髪くんのようなヒャッハーな人が来ないか心配だ。

 

 『この辺りが良いかしら?』


 お婆さまが大木の周りを飛んで、太い幹の脇から伸びている小枝を見ていた。どうやら良さげなものを見つけたようで、そこでずっと滞空してた。


 「あ、丁度良さそうだね~」


 「そうね。良さそう」


 かなり細い小枝なのだけれど、こんなモノで良いのだろうかと心配になってくるが、お婆さまとエルフのお姉さんズが選んだものだから、間違いはないのだろう。誰かが枝を切り落とすだろうと待っていると、誰も何も行動へと出ない。どうしたのだろうとキョロキョロと周りを見ると、私に視線が集まっていた。


 「ジーク、ナイフ持ってる?」


 細い枝なのでナイフで十分と判断。討伐遠征用の装備ではなくリームの衣装を着ているので、残念ながらナイフや鉈は持っていなかった。こういう時は私の護衛であるジークかリンにお願いすれば良いと、彼に声を掛ける。


 「気を付けろ、よく切れるからな」


 そう言ってジークは皮ベルトに装備していたナイフの刃の側面を持って、柄を私の方へと向ける。ゆっくり確りと握り手を動かさないように気を付ける。


 「うん。ありがとう、持ったよ」


 騎士だからか、こういうものの手入れは怠っていないようで、確りと研がれているナイフは本当に切れ味が良さそう。代表さまやドワーフの職人さんたちから譲り受けたナイフは、手に随分と馴染む。

 

 「ああ」


 ジークが刃から手を放したので、大木の幹の脇から生えている小枝を、何の抵抗も感じないまま切り落とした。

 切れ味良すぎませんかねえと業物のナイフを見ると、少しだけ魔力が宿っているようで切れ味の原因はこれかと納得。大木の幹から切り落とした小枝。普通なら気にも止めないのだけれど、ご意見番さまの墓標と私は解釈している。


 「――"君よ陽の唄を聴け"」


 傷を付けてごめんなさいと治癒魔術というよりも、自然治癒力を高める魔術を木に掛けておいたが、人間以外に施したのは初めてでちゃんと利くかどうかは分からない。私の自己満足だよなあと苦笑いをしながらみんなの下へと合流したその時。


 ――アリガト。


 私の背から何か言葉が聞こえたような気がして後ろを振り返るけれど、誰も居ない。幽霊かゴーストか不可思議現象は苦手だと警戒するけれど、周りの人たちは何も気にしていない。気の所為かと頭を振って、大木を守る竜の皆さんや騎士の方々に『お騒がせしました』と別れ、辺境伯領からリーム王国の王都周辺のあの場所まで転移で一足飛びして。


 『戻ったわよっ!』


「お待たせして申し訳ありません、皆さま」


 お婆さまが明るく第一声を上げた後、私がこの場に留まって居た人たちを待たせたことに頭を下げる。


 「構わんよ。そもそも聖樹さまへの対応なのだ。我々が文句など言えようはずはない。むしろ、礼を述べねばならぬのは我々だ」


 開口一番第三王子殿下が口を開いてリーム側は問題ないと教えてくれ、休憩を取っていたソフィーアさまが立ち上がり、こちらへとやって来る。


 「おかえり、ナイ。何もやらかしていないだろうな?」


 毎度何かやらかしているようなソフィーアさまの言葉が胸に刺さるが『怪我や無茶はしていないか?』と確認を取る辺り優しい方であった。


 「おかえりなさいませ、ナイさま」


 「ナイさま、何事もなく戻られたようで、何よりですわ」


 アリアさまとロザリンデさまも立ち上がり、こちらへとやって来て迎え入れてくれ。


 「僕も付いて行きたかったのですが……」


 『仕方ないわよ。人数制限があるのだもの。貴方を加えると過多になって目的地に着けない計算だったの。諦めなさいな』


 副団長さまの事を苦手そうでいて、相手をきっちり務めるお婆さま。ショボーンとしている副団長さまの頭の上に乗って腕組みしてる。

 

 『さ、切り株に刺してみましょうっ! 上手くいく予感しかしないから、きっと大丈夫よっ!』


 その根拠は何処にと思うが、聖樹さまの魔力は殆ど私が注いだ魔力なので相性が良いとかなんとか。副団長さまは結果が気になるのか私の真後ろに着いていて、顔色は伺えないけれど喜色満面の笑みを浮かべていそう。聖樹さまが居る切り株の下へと行き、しゃがみ込んで聖樹さまと視線を合わせる。


 「勝手に話が進んでしまいましたが、聖樹さまはどう致しますか? お答え次第でこの話はなかったことに出来ますから」


 『オレの為に骨を折ってくれたのだ、異論などない。それに目の前の男とリームを見ていると約束を交わした。であれば文句などなかろうよ』

 

 竜の残滓が取り払われた聖樹さまは、良い顔を浮かべてそう言い切った。

 

 「分かりました。ではリーム王国のこれからをこの場所から見届けて下さるようお願いいたします」


 これから搾取されることはなくなるだろう。リームの次の世代は聖樹脱却派の人たちなのだから。


 『ああ、アンタとも約束しよう。――そして王子よ、困ったことがあれば此処へ参れ。多少の助言くらいならオレでも出来よう』


 木の妖精さんとなるから、植物に関しての知識は長けているそうだ。お婆さまはそのくらいは簡単だものねえと、副団長さまの頭の上で呟いている。


 「は、はいっ! はいっ! ありがとうっ、ございますっ!」


 何でか漢泣きしている第三王子殿下を見ない振りをして、そういうことならばと魔力を練る。枯らしてしまった償いとでも言うべきだろうか、この細い小枝がきっと遠くない未来にリーム王国を見守ることが出来る大樹に育てと期待を込めて。


 「では、失礼して」


 切り株にあった丁度良い裂け目に手に持っていた小枝を差し込むと、聖樹さまの姿が消えた。


『前の体より居心地が良いな。悪くない』


 いや、そんなにすぐ馴染むものなのかと不思議になる。というか速攻で居心地を判断した聖樹さまにも問題があるような。こう、狭いとか広すぎとか暑いだの寒いだの文句の付け所は沢山あるでしょうに。気に入ったのなら良いのか。聖樹さまには長生きしていただかなければならないし。

 

 「――ナイさん、誰か来ました」


 盲目のシスターが静々と近寄って耳打ちをしたその言葉の後、不穏な感じがしますと追加された。ようやくリーム王国の聖樹事件が解決しそうなところに割り込んできた、シスターの言葉に気持ちを切り替えて私たちが来た道を見据えるのだった。

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