第265話:辺境伯領の大木。

 儀式といえど作業のようなもので、服は着たまま。切り株の上に魔石を置き聖女三人で取り囲んで聖樹さまと魔石、そして竜の意思の核となっている魔力を意識する。竜の魔力はかなり少なく、感知するにはかなり精神を消耗する行為だった。

 そもそもこういう細かい魔力感知や操作系は苦手な類であったが、アリアさまとロザリンデさまは平気そうな顔のまま儀式に挑んでいた。

 

 「…………」


 私、この儀式に役に立っていないと少々凹むが、私だけだったら失敗していたかもしれないし、お二人を誘っておいて良かった。報告書には二人を褒めちぎっておこうと、心の片隅に置いておく。


 『随分とスッキリしたよ』


 言葉通りに聖樹さまはスッキリとした顔を浮かべていた。頭を手で軽く押さえて何かを確かめているが、なんだか嬉しそう。


 「お役に立てて、良かったです! これで聖樹さまは落ち着いた日々が過ごせますね!」


 アリアさまが胸の位置で両手を組み、嬉しそうに綺麗な笑顔を浮かべていた。今にも尻尾と耳が生えそうな勢いで。


 「良かったですわ。――しかしナイさまの魔力のお陰で竜の残滓が分かり易いものでした。流石です」


 ロザリンデさまが私の魔力と聖樹さまの魔力、竜の残滓となっている魔力の違いが分かり易かったと言っているけれど、把握するのに結構精神を擦り減らした。平気そうにして、私のお陰とか言われてもなんだか腑に落ちない。人によって得手不得手があるので、アリアさまとロザリンデさまはそういうことが得意なのだろう。


 『オレの為にすまない。これで残りの命を使うことが出来る。まあ、そう長くはないだろうが』


 『本体を失ったものねえ。代わりになる木でもあれば良いけれど、そんなもの何処にも……あら?』


 王城横の神殿の木自体が本体となるので、妖精化が出来ても命は長くないらしいが、代わりになるものがあれば大丈夫なようだ。その辺にある木から枝を切って、株に刺しておけばどうにかなりそうだけれど、どうなのだろう。


 「辺境伯領の大木から枝分けすればいいんじゃない? ちょうどこの子の魔力を大量に吸収しているんだし、良い代わりとなるんじゃないかしら?」


 「ああ、そうだね~。切り株に挿し木でもすれば良いよ。多分根付くでしょ」


 『丁度良いわね。――じゃあ転移でそっちまで行きましょ。私が連れてってあげる』


 なんだか当人や周りを置いて勝手に話が進んでいるけれど、良いのだろうか。聖樹さまは意味が分かっていないようで目を白黒させているし、第三王子殿下も『そ、それは不味いのではないだろうか……』と口を引きつらせていた。

 

 「良いよね?」


 「良いわよね?」


 エルフのお姉さんズの視線がセレスティアさまへと向く。お二人はセレスティアさまが辺境伯家のご令嬢さまと知って問いかけているようだ。二人の言葉に逆らえるはずもない彼女が、珍しく気圧されている。


 「止めろ、二人共。辺境伯に許可を取るのが筋だ。済まないが、仲介役を頼めるか?」


 「勿論ですわ! 一緒にお連れ下されば、直ぐに父である辺境伯へ面通しか連絡を取れるよう手配したします」

 

 竜は竜でも人化できる代表さまに語り掛けられ、先ほどとは百八十度態度が変わってびしっとした声で答えたセレスティアさま。本当に竜に対する憧れが凄いと感心していると、あれよあれよという間に私も同行することになり、一時間ぐらいで戻って来るからと待っていてねと話が付いていた。


 で、代表さまとエルフのお二人にお婆さま、セレスティアさまにジークとリン、アクロアイトさまと私というメンバーで転移で辺境伯領都まで一度飛ぶ。


 突然の訪問に慌てふためく辺境伯家で勤める人たちを宥め、事情を話すと辺境伯さまは王都へ出張っているようで、魔術具を使って連絡を取って事情を話し『そういう事情なら構わない』と告げた。代表さまとエルフのお二人とお婆さまの言葉が決定打だったのだろう。あっさりと許可が下りて直ぐに、若木があった少し手前の場所へ転移したのだった。


 「――っ、誰だっ!! ここは神聖な場所であるっ! 許可なくの立ち入りは首を切られても文句は――」


 大樹の警備に就いていた騎士の人たちが私たちの登場に血相を変え、剣の柄に手を掛けてこちらへとやって来る。


 「お待ちなさい! この方々を誰と心得ておりますのっ!?」


 セレスティアさまは鉄扇をどこからか取り出し騎士の方々へと先を向けて、警備の騎士を諫める。

 突然の登場だし許可なくの立ち入りは禁止されているようだから、目の前の騎士さま達の行動は正しいこと。セレスティアさまを認識して、闖入者ではないと認識したようだ。


 「お、お嬢さまっ!! どうしてこちらに? それにどうして貴方方が……――申し訳ございませんっ!」


 「大変失礼をいたしましたっ!!」


 ばっと勢いよく頭を下げた騎士の方々へと背を向けて彼女もいっしょに頭を下げた。

 

 「我が領の者が失礼を致しました。わたくしの頭で足りるか分かりませんが、お許しを頂けると幸いです」


 「気にせんよ、それが君たちの仕事だろう。それより、驚かせて済まなかった。火急の用件で転移でこちらへと参ったのだ」


 代表さまが許しと、こっちへ転移してきた理由を告げる。辺境伯さまから許可を取って枝を分けて貰う許可は取ってあると伝え、セレスティアさまが父からの許可はキチンと頂いていると騎士の方々に補足した。


 「そういうことでありましたか。――では、こちらへ」


 木を護衛している方々に連れられて若木の下へと歩いて行く私たち。暫く歩いて行くと森が開けた場所の真ん中辺りに一本の立派な大木が悠々と茂っていた。まあ、話は聞いていたから問題はない。問題はないのだ。大木を取り囲んで竜が十匹ほど居るのだろうか。


 「…………」


 うわー……第三王子殿下たち、この中に突っ込まなくて本当に良かったねえと安堵する。手前で辺境伯家が抱える手練れの騎士さまたちを相手にした上に、辿り着いたと思ったら竜が控えているという無理ゲー状態なんだけど。


 「どうにもこの場所が気に入ったらしくてな。番で此処へとやって来て、卵を産んだ」


 一体どういう事で。産むなら亜人連合国内の方が安全なのでは。妙な顔になっている私に気が付いたお姉さんズがくすくす笑って、口を開く。


 「あのね~、彼の方が朽ちた場所ってこともあるけれど、魔素が多いし君が若木に注いだ魔力も周辺に漏れているんだよね」


 「竜は魔素の多い場所を好むのだけれど、代替わりが生まれたことで竜の連中が色づいたのよ」


 「はあ……」


 「番が数組できた上に、単体で子を成す連中もこの場で産みたいと言ってな。辺境伯には無理を言って許可を得た」

 

 で、この状態だそうだ。あと妙な連中が来ると困るので大木の警備も兼ねているのだそう。辺境伯さまストレスで倒れないかなあ。卵を奪われたとあれば、生きた心地がしなさそう。


 「有難い事ですわ。我が領には大木を守る竜が住んでいると話が広がっていますし」


 いつの間にそんなことになっていたのか。まあ国境に接しているのだから、ある意味でタダで戦力を手に入れたようなもの。

 辺境伯家にとっては悪い話ではなかったのだろうが、やはり辺境伯さまの頭か胃が心配。セレスティアさまは豪胆な方な上に、竜至上主義者。多分、卵が産まれて舞い上がっていそうだからノーカウント。


 『若、どうしました?』


 私たちに気付いた一匹の竜の方がこちらへとやって来て、首を下げて語り掛けた。この場に居る竜の皆さんが集まると、狭くなるので話し合いの末に選ばれたそう。


 「枝分けをしたくてな、お婆さまの転移でこちらへと参った次第だ。――どうだ、順調か?」


 『はい。もうすぐ卵が孵りそうなのです。――聖女さまには感謝せねば』


 竜の皆さんの間ではベビーブームが起こっているそうで、個体が増えることに喜んでいるそうな。あとこの場で産めばご利益がありそうだと予感がしているそうで、余計に加速しているそうで。

 繁殖期とかに入れば勝手にペアが組まれて増えるという訳ではなく、番となって一生を共にして同意の上で子供を作ったり、個体が強ければ単体で子供を残すことが出来たりいろいろだそうで。長命種故か子孫を残すことに余り頓着していないそうで個体数の減少を懸念されていたが、ご意見番さまが代替わりしたことによって繁殖意欲が高まっているとのこと。


 『我が子らが共にこの空を飛べる日が楽しみです』


 そう言って竜の方は、どこまでも広がっている青空を見上げた。ああ、でも、そうだ。――悪い話ではないのだから、喜ぶべきなのだろう。理性的な方が多いようだし、子育ても問題なさそうだ。

 

 「はい。きっといつか空を飛べます」


 私も広い空を見上げる。アクロアイトさまは他の竜の方のように、あの空を高く飛ぶことは今は出来ないけれど、いつかは自由に飛び回る日がやってくるのだろう。

 

 『ええ』


 『――ねえ、早くしましょ』


 しみじみとしていたら、お婆さまが待ちきれなかったのか急かすような言葉が掛かった。それに頷き辺境伯領の大木の下へと行く私たちだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る