第264話:副団長さまは副団長さま。
どうしてお婆さまは代表さまとエルフのお姉さんズを、この場へと連れてきたのか。お婆さまが消えてしまった後の話を考慮すると、あまり意味がないような。リーム側の第三王子殿下は王太子殿下と話し合っており、聖樹さまに頼らずこの国を発展させていくと決めているみたいだし。
なら聖樹さまにはこの場に留まって頂いて、聖樹と気付かれないまま育てば良いだけのような……。その辺りは聖樹さま次第だろうか。竜の意識が残っているようなので、聖樹として酷使されることはなくなるだろうし、私たち――というかアクロアイトさま――が居なければ問題なさそうだし。
『面白そうじゃない。それに、残っている竜の意識と分けられないかしらって思いついて』
「で、私たちを呼んだわけなのね」
「ふーん」
「私が呼ばれた意味は……」
納得した様子のお姉さんズにまだ納得出来ていなさそうな代表さま。竜の意識と聖樹さまの意識を分けることなんて出来るのか。魔術や魔法がある世界だし、可能なのかもしれない。それにエルフのお姉さんズやお婆さまに副団長さまも居るのだから。
『あ、えっとね――』
お婆さまが代表さまたちが来る前の経緯を説明する。リーム王国の聖樹が私の魔力を取り込んで逃げたのではなく、以前から計画してたものを実行に移しただけ。
本来、そのまま枯れてしまう聖樹が、聖樹としての役割を放棄したのは、聖樹の核となっている魔石の所為。しかも五千年くらい前にご意見番さまに喧嘩を売った、お馬鹿な竜が逆恨みで『人間嫌い』『ご意見番さま嫌い』状態なので、聖樹に悪影響を及ぼしていたと。
「――……ほう。彼の話で聞いていた竜か」
ご意見番さまに喧嘩を売ったことが気に入らないのか、代表さまの魔力が迸る。
『っ!』
びくっと聖樹さまの身体が撥ねて、驚き震えている。代表さまがキレるだなんて珍しいけれど、手を出す気はないらしい。
じーっと聖樹さまを見つめて圧を掛けているだけだ。聖樹さま以外にも怯える面々が複数居るけれど、敵意はそちらへと向いていないのは明らかで、向けられている本人よりは落ち着いている。
「代表、待って、待って~」
「核はその時の竜かもしれないけれど、目の前の妖精は別。魔石の意識が強くて影響を受けているから、そう怒らないで」
「む。すまん」
迸っていた魔力が抑えられて、空気が弛緩する。聖樹さまはほっとした息を吐き、代表さまを見上げる。
『肝が冷えた……』
中身あるんだ。
「すまない。彼のお方のことになるとな……」
竜の皆さんの間では昔話として語り継がれていたそうで、馬鹿なことはするものじゃないと教えられ受け継がれているそうだ。
「気持ちは分かるけれど、過激よね」
「仕方ないよ。竜だもん~」
代表さまへとエルフのお姉さんズが突っ込みを入れているけれど、反論する気はないらしく無言で受け入れていた。
どうやらご意見番さまに対しての事に過激になるのは事実で、代表さま以外の竜の方々も同じなのだろう。私の肩の上に乗っかっているアクロアイトさまを撫でると、顔を擦り付けてきた。
「あの、少々よろしいでしょうか」
「げ」
「あ」
『……』
副団長さまが小さく手を上げてお婆さまとエルフのお姉さんズへ話しかけたけど、三人とも『ヤベー奴が来た』という顔をありありと出してる。魔術に関してのことなので張本人である彼は気にも止めず、口を開こうとしていた。
「魔石の意識と聖樹さまをどうやって分けるのか気になりまして。後学の為に見学させて頂ければと」
「構わないけれど、浄化儀式の応用みたいなものよ」
「おや、そんなことが出来るのですか?」
「うん。一点狙いってヤツだよ~」
「ああ、なるほど。確かに一種の呪いのようなものではありますね。ならば納得です」
何がなるほどで、何が納得なのかさっぱり分からないけれど、四人の視線がこちらへと向けられた。ニコニコ、ニヨニヨしてる四人にはあと溜め息を吐く。
「待ってくれ。その竜の意識は消え去ってしまうのか?」
私が口を開くより前に代表さまが四人へ言葉を投げた。四人も邪魔されたとかは考えていないようで、彼の目を見て言葉を咀嚼している。
「ええ、そうなるわね。浄化儀式の応用なのだし」
「呪いは消さないとねー。でも、代表どうしたの?」
「いや、その竜の意識を何かに閉じ込められんかと思ってな」
「閉じ込めてどうするの~?」
「若い者たちの教訓にしようと思ってな」
「過激な教育方法ねえ。まあ、出来なくもないけれど……純度の高い魔石を用意出来る?」
生き物由来の魔石ではなく、自然由来の物が適当だそうだ。となると魔素量の高い場所で、鉱石へと取り込まれたものとなるけれど、かなり貴重で高値が付くと聞く。
「無理だな、諦めるか」
「代表殿、こちらは如何でしょうか?」
副団長さまが内ポケットから取り出し、代表さまへ見せた物は魔石だった。
「へえ。良い物を持っているじゃない」
「本当だ~。良く手に入れられたねえ」
「僕がコレを手に入れられたのは偶然ですよ。魔術具作成の為に使おうと考えていたのですが、こちらの方が面白いものが見られそうなので、気兼ねなくお使い下さい」
副団長さまは魔石の価値を無視しても良いくらいに、今回の件には興味があるらしい。凄く明るく楽しそうな雰囲気で、代表さまへ魔石を渡そうとしている。
「しかし……何も対価がないまま譲り受けるというのはな」
「おや。では叶うならばで良いのですが――」
もちろん僕の我儘なので駄目ならば断わって下さいね、と前置きした上で『竜の血が欲しいのですが、譲り受けることは可能でしょうか?』と代表さまへと乞うたのだった。副団長さまは竜の血を手にして一体何に使おうというのか。魔術師よりも、呪術師や他国に存在するという錬金術師が欲しがりそうだけれど。
「そんなもので良いのか? ならば私の血を取れば良いだろう。但し、条件付きだ――」
自然破壊や大陸国家を危機に晒すようなことはしてくれるなよ、と代表さまが告げる。その言葉に大陸の覇者になるつもりなど毛頭ありませんし、そのような面倒なものは欲しくありませんのでと副団長さまが言い放つ。
竜の血ってそんなことが出来るレベルでヤバいものだということ、やろうと思えば実行できるという副団長さまの実力に唖然としつつ、聖樹さまを見る。
「聖樹さま、聖樹さまはどう考えますか?」
どんどん話が進んでいるけれど、勝手をする訳にはいくまいと聖樹さまに確認を取った。
『オレか? そりゃ邪魔な竜の意識が無くなるのならば有難いことだ。この場所で木としての役目と天寿を全うしたい』
一瞬考える素振りを見せる聖樹さまは、自身の希望を口にした。聖樹という役目を果たさなくても良くなったが、植物としてちゃんと天寿を全うしたいそうだ。ならば、ちょっと先手を打っておくべきか。
「ギド殿下」
「どうした聖女殿」
「この一帯をリーム王国が管理することは出来ませんか? 立ち入り禁止措置を取って人の流入を抑えれば、聖樹だと気付かれることはないでしょうから」
気付かれて崇められるとまた聖樹として生きなければならなくなる。聖樹から自立すると決意しているのだから、それくらいのことはやって欲しい。周辺の村の人たちには狩猟場が無くなって不便かもしれないが、農業改革がこれから起こるのだし王家もその辺りは考慮してくれる……一応、伝えておくか。
「名案だなっ、聖女殿! 王太子殿下に進言すれば必ずや聞き届けてくれる」
「有難うございます。あと森の近辺に住む方々に立ち入り禁止措置を取ったご迷惑が掛からぬよう、何か対策を。狩猟の場が狭くなりますし、食糧を確保できないとなると問題ですから」
「勿論だ! 直ぐにこうして案が思い浮かぶ聖女殿は凄いなっ!」
カラカラと笑う第三王子殿下に苦笑する。誰だって思いつくことだし、そう難しい事でもない。聖女が言ったからと伝え、行動にしやすくなるならそれで構わないけど。
「じゃあ、やっちゃいましょうか。浄化儀式を応用して魔力の移行作業ってだけだから、直ぐに済むはずよ」
お姉さんAが私に顔を向けてにっこりと笑った。どうやらこの場で済ませてしまうようだ。ならば私一人だけではなく、アリアさまとロザリンデさまにも加わって貰おう。報告の義務があるから、彼女たちの報酬上乗せになるだろうし。
一人でやるよりも三人でやった方が、効率が良くなる可能性だってある。お姉さんズやお婆さま、副団長さまに私の考えを告げると『まあ、失敗しても問題はないのだし、やってみれば良いわ』と気軽に頷いてくれるのだった。
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