第263話:妖精さんと第三王子殿下。
何か思いついたらしいお婆さまが姿を消した。聖樹さまとの対話をどうしようかと、頭を悩ませるが何も思いつかない。会話、会話、何か糸口をと探してみるものの、常日頃から会話は得意な方じゃないんだよなあと、溜息が出そうになる。
「聖樹さまと、お見受けするっ! 私はこの国の第三王子のギド・リーム。長年、貴方が我が国に尽くしてくれた事誠に感謝する!」
かなり気合の入った大きな声でそう言い放った第三王子殿下に回りが引くけれど、そう言えば聖樹さまに対してこうしてお礼や謝罪を伝えていなかった。
「俺の……私の兄である王太子殿下から聖樹としての役目は降りて頂いても問題はないと言付かっている。聖樹さまが我が国に齎して頂いた恩恵は多大な物だ」
膝を突き騎士としての礼の恰好をし、そう言うことだからもう降りてしまって自由に生きて頂いても構わないと告げる第三王子殿下。王太子殿下から話を貰っているのなら問題はないし、彼に任せてしまっても良さそうだ。そしてリーム側の騎士の皆さんも第三王子殿下に倣って、膝を突いている。
「ですが、リームは聖樹さまの依存から脱却し、正しい未来を掴み取るべきだと我々は判断しました」
切り株の上に座って第三王子殿下の言葉を静かに聞いている聖樹さま。聖樹に頼るだけの愚かなまま長年過ごしてきたリーム王国を少しずつでも変えていき、皆で手に手を取り合い良い国にしていくそうだ。
若く将来有望な人たちは研修として留学をさせ、農業を発展させるため技術者を招聘し、教育と技術普及。やるべきことは沢山あるが、きっとこれまでよりも充実した生き方が出来るであろうと、第三王子殿下。そんな彼の言葉に感化されたのか、聖樹さまが切り株の上に立ち上がって真剣な顔をする。
『聖樹として役目を果たせなかったことは済まないと思っている。許せ、人間』
「有難きお言葉。聖樹さまほどのお方です。私のようなちっぽけな者よりもリームをこれからも長きに渡り見るのでしょう。この国に価値がないと判断されれば、我々王族を滅ぼして頂きたい」
民にその責任はなく、リーム王国の頂点に立つ王族が悪いのだと。ただ直に新たな王が誕生するはずなので、今少し時間を下さいと更に頭を下げた。
王太子殿下たち現王さまを引き摺り下ろすつもりなのだろう。理由は適当に付けておけば良いしなあ。能力の限界を悟った、病気、王さま業に飽きた、まあ何でもいい。聖樹派を黙らすことが出来るなら、無理矢理に幽閉することも出来るだろうし。
『その言葉、信じるぞ』
「は。――必ずや成し遂げてみせましょう」
第三王子殿下は少し顔を上げて、聖樹さまの顔を見てにかっと笑う。そんな約束をしても良いのかと思うけれど、第三王子殿下を始めとした王太子殿下方たちリーム王国聖樹脱却派の決意表明みたいなものかなあ。竜の意識に染められなければ、聖樹さまは聖樹さまらしい言葉である。
『ただいまー! みんなを連れて来たわよっ!』
「お婆さま、何も告げずに転移は不味い」
代表さまがお婆さまに苦言を呈している。どうやら、何も告げずに転移を実行したようだ。本当妖精さんって気ままである。巻き込まれても『やれやれ』くらいにしか思っていない彼らも彼らだけれど。
「あら、リーム王国に行ったんじゃなかったの?」
「あ、やほ~」
エルフのお姉さんズが私に向かって手を振っていた。この状況を妙だと思わない辺り、本当に羨ましいレベルで肝が据わっているというか。切り株の上に立った小さい小人の聖樹さまと、その前に騎士として膝を突いたままの第三王子殿下にリームの騎士さまたち。
アルバトロスの面々はリームの面々を見守っている感じだし。というか不法入国と言われかねないような。リームの法に詳しくないので、分からないけれど。
「お婆さまが我々を転移させた理由は君か」
「代表さま、皆さん、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
「いや、気にするな。――しかし、ここは何処なんだ?」
代表さまがお婆さまから視線を移し、苦笑をしながら私に話しかける。背丈が全然違うので首が痛かったり。
「リーム王国の王都付近となります」
「そうか。不味いな、これでは勝手にこの国へ入ったと責められかねん」
「あ、貴方たちは?」
いつの間にか立ち上がって第三王子殿下がこちらへと歩いてきた。勿論、護衛の騎士の方々も一緒で、少し緊張感が走っている。
「誰だ?」
「リーム王国のギド・リームさまです」
家名が国名と一緒なので彼が王族であることは簡単に気付くことが出来るだろう。そう言えば、家名被りの家って存在していないなと頭をよぎる。もしそうなると紛らわしいから、普通は改名するかと一人で納得していると代表さまが第三王子殿下と向き直る。エルフのお姉さんズは、代表さまの後ろで控えていた。
「そうか。――勝手に貴国へと参ったこと、真に申し訳ない。亜人連合国で代表を務めている者だ。名を明かす風習がない故、ご理解願いたい」
代表さまは、出自については我々の風貌を見れば理解できるだろうと付け加えた。
「まさか亜人連合国の方々にお会いできるとはっ! リーム王国第三王子、ギド・リームと申しますっ!」
あれ、顔と名前が売れているから気にしないのだろうか。不法入国を問うよりも、ここで仲間というか味方になってくれるならば、第三王子殿下や聖樹脱却派にとって益は後者になるのか。
取りあえず、話し合いの末に代表さまたちがリーム入りしたことは不問となった。問題がないなら良いかと、お婆さまたちの話を聞く態勢に入る。
「それで、この子が聖樹の補填にリームに行ったってことは聞いてたけれど、どうしてこんな森の中なのかしら」
「だよね~。王城横の神殿だったよね。何かまた面倒事にでもなったの?」
お姉さんズに『また何かやったの』と問われているような気もしつつ、口を開く私。
「魔力補填の儀式を執り行ったのですが、枯らしてしまいまして……」
私だってやりたくてやった訳じゃないのだ。何年かの延命だろうと軽く考えていたら、なんでか枯れてしまったのだから。
「え……どれだけ注いだのっ!?」
「適当に、こう、息を吹き返さないかなあと……まあ、割と多め? に……」
正しい量なんて分からないんだよねえ。いつもふわっとした感じでこんなものかなあって魔力を放出しているだけだし。治癒や防御魔術にバフや祝福の感覚は教え込まれたから問題はないけれど、儀式魔術は一生に一度使うかどうかというレベルなので、限界まで突っ込んでおけというのがセオリーらしい。
で、儀式の後は疲れ果てて倒れるのが普通らしい。そういえば浄化儀式の時の方が魔力を多く消費して、脱力してリンに抱えられたなあ。今回はその時よりもマシだったので、こらえたけれど。
「あー……だから聖樹が妖精化しているのね。呆れた」
『そそ。妖精化は時間を長く生きた所為もあるのでしょうけど、決定打はこの子の儀式が原因ね。で、枯れた聖樹から注いだ魔力が霧散するでもなく、地面を伝って逃げて行ったらしいの』
あとは以前から魔力をこちらへと流していたようだし、定着化出来ていたのでしょうねえ、と。切り株を探れば魔石が出て来る筈だとも。それが分かったのはソコに居る目が見えないシスターのお陰よ、とお婆さま。
「視覚が取られて、魔力感知が先鋭化したのね」
ままあることらしい。人間の重要器官である視覚から得られる情報は、聴覚、嗅覚、触覚等の情報より随分と多く七割程を占めると言われている。
七割失ったことによる、本能的な人間の補填行為が魔力に頼ったものとなったのだろうと、お姉さんズ。盲目のシスターはエルフのお姉さんたちの気配を察知しているのか、頭を軽く下げる。
「で、お婆さま。なんで私たちを呼んだのかしら?」
お姉さんAが本題へ入る為に、お婆さまに問いかけるのだった。
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